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3-2 由依香の回想

 小学生の時、アタシたち四人は家も近所同士で、よく一緒に色んな所に遊びに行っていたよね。


 特にイオリンのおじいちゃんは多趣味な人だったから、天体観測をしに鎌北の天文台に連れて行ったり、バードウォッチングをしにカマタ池まで沢登りに行ったりしてくれたっけ。


 天体観測はみんな好きだったけど、沢登りの方は歩くのもきついし虫も居るから、アタシは正直あまり好きじゃなかった。

 だけど池に着いた時の達成感と、かわいい鳥たちの観察ができるワクワク感が最初のうちはまだあってさ、小学生の間はいつも参加してた。


 シートを敷いてみんなで食べたお弁当の味は今でも忘れられない。

 食べた後に広い空地でやる鬼ごっこや缶けりも楽しかったな。



 だけど、中学生になったら、だんだんイオリンのおじいちゃんと会ったり、一緒に何処かに出掛けたりすることも無くなっていった。

 京ちゃんが転校しちゃって、イオリンも、キヨちゃんも、そしてアタシも、色々とやることが増えて、徐々にすれ違うことも多くなった。


 それで、当のアタシはというと、幼稚園の時から続けていたピアノにさらに没頭した。


 誰よりも上手くなりたい。

 誰からも認められたい。


 そう思う一心でピアノに打ち込んだ。


 そして、中学生最後の年、ピアノコンクールの県予選が鹿児島市で行われた。

 親の運転する車に揺られながら、アタシは自分史上最高の演奏になる予感をひしひしと感じていた。


 自分はきっとどこまでもやれる、その時は本気でそう信じてやまなかったの。


 だけど、入賞はできなかった。

 全力を出し切って、それでも夢はかなわなかった。


 だから、これでアタシのピアノは全部終わり。

 アタシにはピアノをやる意味なんて最初から無かったんだ。


 結果を聞いた時って、意外と全然泣かなかったんだよ。

 むしろ辞める決心がついて良かったんじゃないか。


 あの時のアタシは心からそう思った。


 でもそれは嘘っぱちだった。


 学校帰りに公民館の前を通った時、ピアノ教室の音色がふと耳に入ってきちゃったんだ。

 それでアタシは耐えられなくなって、広場でうずくまって泣いた。


 あんなに泣いたのは初めてだった。

 しばらくその場で泣き続けて、ちょっとだけ落ち着いた時、アタシはある人に呼びかけられた。


「……君は、由依香ちゃんだね? 一体どうしたんだ?」


 その声の主はイオリンのおじいちゃんだった。


 アタシは泣き顔を見られたと思って急に恥ずかしくなって、黙ってその場を立ち去ろうとした。


 でも、やっぱり無視はいけないかなって思い直して、ベンチに座っておじいちゃんに、コンクールの事やピアノへの未練がまだ捨てきれない事を全部話したの。


 おじいちゃんは黙ってアタシの話を聞いてくれた。

 そして、おじいちゃんはゆっくり頭を上げると、アタシに向かってこう言ったんだ。


「カマタ池に白鳥を見に行こう」


 アタシは驚いた。

 なんでここで白鳥が出てくるのだろう。


 とてもじゃないけど、今更カマタ池に行くのは気分的に乗らなかった。

 だから、悪い気がしたけど私は断った。


 すると、おじいちゃんは少しだけがっかりしたように見えたけど、もう一度アタシの方を見て静かに言ったんだ。



「君は、白鳥になりなさい」



 そして、茫然とするアタシをおいて、おじいちゃんはお家の方角へと歩いていった。


 その一か月後に、おじいちゃんはこの世からいなくなった。




 ねぇ、あの時イオリンのおじいちゃんの言った事って、一体どういう意味だと思う?

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