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3-1 陽気な帰国者

3. 白鳥の歌



 八月三日。


 僕と京介は町の中心地にある鎌田町公民館前のバス停に居た。

 といってもこれから何処かに出掛けるわけではなく、きたるバスの乗客を待っているのだ。


 昨日の夕刻に僕宛てに送られてきたメールは、送り主の()()が昼頃そこに着くので、もし居たら迎えに来て欲しいというものだった。


 なぜ僕が今鎌田町に居るのが彼女にわかったのか不思議に思ったが、おそらく彼女は単に僕がまだこの町に住み続けているものだと思いこんだのだろう。


 なにしろ彼女が親と共にイギリスへ移住するためここを去ったのは、丁度僕が高校に入る前の事だったから。


 予定時刻に十五分遅れてバスはやって来た。

 こんな田舎町で降りる人は滅多にいないから、目立つ彼女の存在はすぐにわかった。


 僕は彼女の名を呼んでみる。


「お帰り、由依香」


「ただいまー!」


 田中由依香はカールの入った明るめの茶髪を肩くらいまで伸ばして、海外の人が着ているような派手目な服と帽子をものの見事に着こなしていた。


 もともと明るい娘だったが、あちらの生活が長かった事でより感情表現が豊かになったのだろうか。

 乗客の視線を気にせず僕に右手を大きく振って、もう片方の手で大きな鞄を抱えながら、由依香は意気揚々とバスを降りた。


「キヨスケ、お久―! 見ないうちに大きくなったねー」


「清彦だよ」


「冗談冗談。きよぴー、だよね?」


 僕の頭を犬みたいにポンポンしながらおどけた様子の由依香だったが、ふと視線を横に向けると、みるみる驚いた表情になった。


「……もしかして、京ちゃん?」


「そうだけど」


「あ、ええと、お久しぶり、です」


 京介を前に何やらモジモジして落ち着きのない様子の由依香。

 まさか京介まで鎌田町に居るとは思わなかったのだろう。


 京介がひそひそ声で僕に聞いてくる。


「もしかして、俺って嫌われているの?」


「まさか。大丈夫だと思うよ」


 ……多分、ね。



 今日も外は暑いので、冷房の効いた公民館の憩いスペースの方に向かって、大きなソファに僕たちはどすんと腰を下ろした。


 落ち着くなり由依香が派手にため息をついた。


「ふはー。ロンドンの大都会とか、コッツウォルズみたいな田舎町も素敵だけど、やっぱり日本の田舎が一番肌に合うねぇ」


 そんなセリフ、一度でいいから言ってみたいものである。

 僕は尋ねた。


「由依香はここに来るのは中学生ぶりだっけ」


「そうだよー。鎌田どころか日本にすらあまり戻って来れないんだもん。ここは相変わらずだね」


「ここだってちょっとずつ変化はしているけどな。もうあっちの大学も終わりなのか?」


 京介が由依香に尋ねる。


「うん。卒業後は日本で働きたいと思っているから、久々の挨拶も兼ねてしばらく親戚の家にお世話になるんだ。少しは時間あるし、折角だからまたみんなで遊ぼーね!」


「だね。それにしても由依香、ちょっと見ない間に随分キレイになったよね!」


「ホント!?キヨちゃんお世辞うまいねー」


 由依香が僕の肩をバシバシ叩いてくる。

 正直かなり痛い。


 京介も僕に続く。


「確かに、よく見ると案外美人だな」


「あ、えっと、その、…アリガト」


 ん? おいおい。これはひょっとして……。


「あー、えーっと、うん、そうだ! そういえばイオリンは今どうしてるの」


「俺はあまり詳しく知らんから、清彦に聞いてくれ」


 ぼやけた視界から由依香がぐっと眼前に詰め寄ってきたので、慌てて僕はまず彼女を座らせた。


 そしてに、ゆっくり言葉を選びながら彼女の問いに答える。


「伊織は、多分、元気でやっているよ。今は少し忙しそうで、なかなか顔を出せないみたいなんだ」


「なーんだ。残念。イオリンにも会えると思ったのになぁ」


 そう由依香は呟くと、掛けていたポーチから携帯を取り出し、京介と同様に中の画面を見せた。


「驚いたよ。だってロンドンに居る時急にイオリンからメールが来たんだもん。気になって開けてみたら、『失くしたものを取り戻して欲しい』って。

 クールなこと書くなぁイオリンも、って思った」


 京介の時と同じように僕は今まであった事を由依香に話す。

 ちなみに由依香は、他人の話は好きでも嫌いでもなく普通のタイプだ。


 今までのテンションとは打って変わって真剣な表情で聞いていた由依香は、僕の話が終わるや否や、元に戻って明るく切り出した。


「じゃあ早速、次のヒントの『白鳥の湖』に行ってみようよ!」


 それを聞いて僕と京介は慌てた。

 京介が由依香をたしなめる。


「お前、白鳥の湖が何処の事なのかわかってて言っているのか」


「もちろん! 鎌田山にあるカマタ池の事でしょ? 白鳥を見に小さい頃よく行ったよねぇ」


「だったらわかるはずだ。あそこに至るまでには結構な距離を歩かなきゃいけない。今日鎌田に着いたばかりで疲れているお前を連れていける訳がないだろう」


「えぇー! 別にいいのに。ほら、アタシって結構昔より体力あるし。それに、善は急げ、っていうじゃない」


「ダメ。今日は大人しく家に帰りなさい」


 その後も京介にブーブー文句を言っていた由依香だったが、ふと僕たちの方に向き直ると、少し真面目な面持ちで語り出した。



「そういえばさ、白鳥で一つ思い出す話があるんだけど……」

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