表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/34

0-2 突然の邂逅

「伊織の失くしたものを取り戻して欲しい?」


 散らかった部屋に僕の叫び声が響き渡った。

 電話の向こう側で相手がたしなめる。


「ちょっと。急に大きな声出したらびっくりするじゃん」


 慌てて僕は口元に手を当てた。



 時は流れ、小学校のお泊り遠足から丁度十年後の七月七日。

 僕は生ぬるい湿気のせいなのか、何となく気怠いような、そんな眠気にそれとなく抗いながらベッドに横たわっていた。


 すると、突然無料通話アプリ「RINE」の通知音が突然鳴った。

 電話の相手を確認すると、まさかの伊織からだった。


 出るなり彼女は妙にノイズ混じりの声で、

「お久しぶり、今大丈夫?」

と聞いてくる。


 急な出来事と耳をくすぐるようなその声に、慌ててベッドの下にスマホを落としてしまった。


 たかぶる心をゆっくり落ち着かせつつ、そっと隙間から拾い上げる。



 僕は進学を機に、生まれ故郷の鎌田町を離れた。

 鹿児島市内の大学に通い始めて今年で四年目になる。


 近くのアパートで独り暮らしをしているが、これといって特筆すべき事はない平凡な学生生活だ。

 前期の授業もあと数回を残し、レポートにテストにてんやわんやし始めるそんな土曜日の朝、僕は電話口で伊織から、予想の斜め上を行くお願い事を聞かされる事になったのである。


「…で、一体どういう事だってばよ」


 ついおどけて答えてしまったが、彼女は特に反応する事なく話し出した。


「七年前におじいちゃんが亡くなって、それから何日か経った日の夜、おじいちゃんの家で遺品の整理をしてたらね、私宛てと思われる手紙と、鎌田町の白地図が見つかったの。

 手紙には、『伊織の失くしたものは、いつかきっと取り戻せる』と書いてあって、その下には五つのキーワードが記されていたよ。先に言っておくけどおじいちゃんの言う失くしたものは、全く見当がつかないの」


 ここまで淡々と一気に話したところで、伊織は急に黙り込む。

 そうかと思えば、急に声のトーンを上げ、昔の頃のようなあどけない口調で言った。


「どう?面白そうでしょ?」


 うーん。確かに宝探しみたいで面白そうな趣はある。

 しかし、大学生の今になって宝探しに精を出すというのはどうだろう。


 一瞬だけそう思ったが、気づいたら僕は声に出していた。


「仕方ないな。じゃあその手紙とやらを後で写真で送ってくれよ。気が向いたら考えてやるから」


 すると彼女は少し間を置いた後、申し訳なさそうに答えた。


「――――」


「え、何だって、ざわざわ言っててよく聞こえない」


「だから、なくしちゃった」


 あ然とする僕に、彼女はその後何故か意気揚々と続けた。


「だってさ、一気にキーワードを見せてしまってもつまらないじゃない? 私、手紙の内容はちゃんと覚えているから、一つずつそれを小出しにして言っていく。

 それでキヨくんはそのキーワードが示すものの写真を撮ってきて、RINEで私に送ってほしいの。どう?」


 どう、って。

 突然の無茶な申し出に頭が痛くなり、どうしたものかと考え始めた僕に、彼女はあの猫なで声でせがんできた。


「ねぇ、お願い。キヨくんの力がどうしても必要なの」


 やっぱりダメだ。今回ばかりは手を貸さないぞ。

 ……そうだ、学生にとって夏季休暇は貴重な時間なのだから。


「ねぇったら。……そうだ、またアイス奢ってあげる!」


 またしても僕は伊織に屈してしまった。

 女性の誘惑とアイスには、人類はいつまでも勝てそうにない。


「わかったよ、宝探しやってやるよ。ただし、七月はテストでずっと忙しいから八月に入ってからな。元々七月の終わりに実家に帰るつもりだったから」


 そう僕が妥協案を出すと、彼女は一瞬戸惑った様子で言った。


「え、今すぐじゃダメ?」


「ダメ。こっちだって色々忙しいんだから」


 すると伊織はちょっとだけ悲しそうに、

「どうしてもダメかな」

と言った。


 改めて無理だと告げると、彼女は少し考えた後元の明るい声に戻って、

「分かった。いいよ」

と頷いた。



 その後、蒸し暑い部屋の中で僕は彼女ととりとめのない話をした。

 いつしか話題は数年前一世を風靡したテレビドラマの事になり、彼女は脚本の出来や主演俳優の格好良さについて熱く語っている。


 そんな伊織のはしゃぐ声を聞いていると、小さな頃と何一つとして変わらないなとふと感じる。

 その事に安堵する一方で、ここ十年で相対的に大きく変わってしまった僕の姿が、彼女の声で浮き彫りにされてしまったようで、少し胸がきゅうとした。



0. 序章 おわり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ