0-2 突然の邂逅
「伊織の失くしたものを取り戻して欲しい?」
散らかった部屋に僕の叫び声が響き渡った。
電話の向こう側で相手がたしなめる。
「ちょっと。急に大きな声出したらびっくりするじゃん」
慌てて僕は口元に手を当てた。
時は流れ、小学校のお泊り遠足から丁度十年後の七月七日。
僕は生ぬるい湿気のせいなのか、何となく気怠いような、そんな眠気にそれとなく抗いながらベッドに横たわっていた。
すると、突然無料通話アプリ「RINE」の通知音が突然鳴った。
電話の相手を確認すると、まさかの伊織からだった。
出るなり彼女は妙にノイズ混じりの声で、
「お久しぶり、今大丈夫?」
と聞いてくる。
急な出来事と耳をくすぐるようなその声に、慌ててベッドの下にスマホを落としてしまった。
たかぶる心をゆっくり落ち着かせつつ、そっと隙間から拾い上げる。
僕は進学を機に、生まれ故郷の鎌田町を離れた。
鹿児島市内の大学に通い始めて今年で四年目になる。
近くのアパートで独り暮らしをしているが、これといって特筆すべき事はない平凡な学生生活だ。
前期の授業もあと数回を残し、レポートにテストにてんやわんやし始めるそんな土曜日の朝、僕は電話口で伊織から、予想の斜め上を行くお願い事を聞かされる事になったのである。
「…で、一体どういう事だってばよ」
ついおどけて答えてしまったが、彼女は特に反応する事なく話し出した。
「七年前におじいちゃんが亡くなって、それから何日か経った日の夜、おじいちゃんの家で遺品の整理をしてたらね、私宛てと思われる手紙と、鎌田町の白地図が見つかったの。
手紙には、『伊織の失くしたものは、いつかきっと取り戻せる』と書いてあって、その下には五つのキーワードが記されていたよ。先に言っておくけどおじいちゃんの言う失くしたものは、全く見当がつかないの」
ここまで淡々と一気に話したところで、伊織は急に黙り込む。
そうかと思えば、急に声のトーンを上げ、昔の頃のようなあどけない口調で言った。
「どう?面白そうでしょ?」
うーん。確かに宝探しみたいで面白そうな趣はある。
しかし、大学生の今になって宝探しに精を出すというのはどうだろう。
一瞬だけそう思ったが、気づいたら僕は声に出していた。
「仕方ないな。じゃあその手紙とやらを後で写真で送ってくれよ。気が向いたら考えてやるから」
すると彼女は少し間を置いた後、申し訳なさそうに答えた。
「――――」
「え、何だって、ざわざわ言っててよく聞こえない」
「だから、なくしちゃった」
あ然とする僕に、彼女はその後何故か意気揚々と続けた。
「だってさ、一気にキーワードを見せてしまってもつまらないじゃない? 私、手紙の内容はちゃんと覚えているから、一つずつそれを小出しにして言っていく。
それでキヨくんはそのキーワードが示すものの写真を撮ってきて、RINEで私に送ってほしいの。どう?」
どう、って。
突然の無茶な申し出に頭が痛くなり、どうしたものかと考え始めた僕に、彼女はあの猫なで声でせがんできた。
「ねぇ、お願い。キヨくんの力がどうしても必要なの」
やっぱりダメだ。今回ばかりは手を貸さないぞ。
……そうだ、学生にとって夏季休暇は貴重な時間なのだから。
「ねぇったら。……そうだ、またアイス奢ってあげる!」
またしても僕は伊織に屈してしまった。
女性の誘惑とアイスには、人類はいつまでも勝てそうにない。
「わかったよ、宝探しやってやるよ。ただし、七月はテストでずっと忙しいから八月に入ってからな。元々七月の終わりに実家に帰るつもりだったから」
そう僕が妥協案を出すと、彼女は一瞬戸惑った様子で言った。
「え、今すぐじゃダメ?」
「ダメ。こっちだって色々忙しいんだから」
すると伊織はちょっとだけ悲しそうに、
「どうしてもダメかな」
と言った。
改めて無理だと告げると、彼女は少し考えた後元の明るい声に戻って、
「分かった。いいよ」
と頷いた。
その後、蒸し暑い部屋の中で僕は彼女ととりとめのない話をした。
いつしか話題は数年前一世を風靡したテレビドラマの事になり、彼女は脚本の出来や主演俳優の格好良さについて熱く語っている。
そんな伊織のはしゃぐ声を聞いていると、小さな頃と何一つとして変わらないなとふと感じる。
その事に安堵する一方で、ここ十年で相対的に大きく変わってしまった僕の姿が、彼女の声で浮き彫りにされてしまったようで、少し胸がきゅうとした。
0. 序章 おわり