あなたを見送るための
終始、仄暗いです。
歓声が、私の最初の記憶だ。
「これで、おわるのよ」
母の嬉しそうな声が。
「いなくなってくれてよかった」
ほっとしたような父の声が。
なぜか、ものすごく、不安を呼ぶもので。
「ねぇ、ほんとに?」
小さい私の声は、歓声にかき消された。
エウェラ歴369年6月。後にエイディールの乱と呼ばれたものが終結した。
そして、王政が終わりを迎えた。
ただ一人の王が、いなくなったから。そのあとを継ぐべきものも、もう、誰も残っていない。
だれも、いなくなった。
そこからは、国内が乱れた。王が決めていたことを皆で決めようとして、誰も決められなくなったのだ。誰かが決めようとすれば、お前が王に成り代わるのかと言われ、ならば多数決をとろうとすれば少数派を無視するのかとなじられた。
誰もが、何かを決めることを恐れ、なにもなさぬままに国は国としての形を失いつつある。そのうちに他国に侵略され、存在すらなくしてしまうだろう。
貴族でもなく、ただの町人Aの娘として生まれた私には関わり合いのないことだ。私は毎日のことで忙しい。
前世とか、ゲーム知識とか、そういうのは役に立たないし、もう、役に立てようとも思わない。
私は、遅すぎたのだ。
好きだった人がいた。
でも、私の物心がついたころには死んでいた。最初の記憶の歓声は、彼の死を喜ぶものだったのだ。
誰よりもこの国を大事に思っていた彼は、間違えた末に亡くなった。
そして、この国は、彼を失って道連れだ。そこに仄暗い喜びがある。大事なものをその葬列に加えても構うまい。
とは思っていてもやはり、私は町娘Aなのでなにもできない。憂鬱になるような日常をこなしていくほかない。
朝になれば両親は働きに行き、私も同じように工場に出勤し織物をする。指先の細い子供のころからの仕事だ。大人になって繊細なものが作れなくなると用済みとばかりに縁談を持ってこられる。それは先輩の女性たちを見ていればわかる。
そして、生まれた小さな子をもう一度ここで働かせるのだ。ここには男女の違いはない。
ただ、大人になった男はここを仕切る立場になり、工場で好みの女を見つけては手を出したがる。それも親方がそうするからだ。
それ以外の世界などないと言わんばかりに繰り返されるそれを私は冷ややかに見ていた。
幸いというべきか私はがりがりで女性的魅力に欠ける。そしてまだ指が細かった。図案を思いついたと皆が知らないようなものをいくつか提案したこともあり、まだ使えるものとしていた。
ところが、ある日、工場がなくなった。ぼやで工場が半分焼けたのだ。しばらくは動くこともないが、そのうちに再開するであろうと思っていた。
残念ながら、工場で親方が亡くなっていたのだ。それだけでなく、奥方とは違う女と。どうもメンヘラちゃんに親方は捕まってしまったらしい。ぼやが心中騒ぎになり、再建はできなくなった。奥方は権利を他の者に売り、ここは工場ではなくなる。
それでおしまいだ。働いていたものの保証もなにもない。前世では使ったことはないが、今ほど雇用保険があればなと思うことはなかった。
失業した私を両親は持て余してしまった。両親と私で家族を養っていたのだ。一人減れば、生活はもっと苦しくなる。次の仕事というのもすぐには見つからない。国が乱れつつある中で、徐々に仕事は減り続けている。
何もせずにいることもできず、兄弟の世話や家事、日雇いの手伝いなどに行くも働いていた時ほど稼げるものでもない。
今となっては嫁に出せないほどに器量が悪いのが問題だった。
口減らしに売るにも良い値がつかないと嘆く両親の声を夜に聞いたことがある。
そのうち二束三文というやつで売られるだろうなとため息が出る。その前に何とかしたいが、売られるのと結婚することのどちらがましかはわからない。男女平等など程遠く、嫁など使える労働力か子を産むだけのもので。
いっそしがらみがない売られたほうがましかもしれない。
そう思う日々を送っていた時。
知らせが出た。
広場に看板が立てられ、何時間か置きにそれを読むものが現れる。この町にもあまり字を読む人がいない。私は幸いというべきか、文字が読めた。習ったわけでもなく、勝手に。おそらく転生特典というやつなんだろう。
文字が読めて書けるというのは特殊技術だが、それを売りに仕事はできなかった。ああいうものはきちんと師事したものがいないと信用を得られない。
ただの町娘が読めると言ったところで、でたらめをいわれているのではないかと疑われるのが関の山だ。
誰もいないときに見た看板にはこう書かれていた。
『先代の王の墓守を求む』
今まで、あの男、あの疫病神、あの間抜けといいように言われていたあの人を。
いまさら、王と。
笑いがこぼれた。
押し殺しても零れる嘲笑。
私はそのまま看板の下で待った。読み上げる人は応募を受け付けている人でもある。売られる前に良い売却先が見つかってよかった。
家族も安堵するだろう。しばらくの間は、暮らしが楽になる。
私以外、誰もこれに応募する者はいなかった。読み上げの人はそこそこ偉い役人だったらしく、見つけるまで帰るなと言われていたらしい。
両手を握られ、感謝された。
で、監禁もされた。
悪く思うなよと言われても、別に逃げもしないのに。
そう思って聞けば、報酬を払い、数日後に逃げ出した娘がいたそうだ。したたかである。もちろんしかるべき対処をしたと神妙な顔で言われた。
内容を言われなくとも大体察しはつく。
檻のような馬車に揺られて約10日。山のふもとの小屋にたどり着いた。
半日ほど役人は家の掃除などを手伝ってくれた。ここに来るまでに私の身の上を雑談で話したらやたら同情的になったからだろう。
そんなのどこにでもある普通の不幸だ。
そんな彼も夜になる前に帰っていった。
ここに夜になると化け物が現れるそうだ。最初にそれに気がついたのは山小屋を使っていた猟師。食われるのかと思われたそれはただ唸っているだけだった。猟師の話を信じなかった仲間たちも泊まりに来て、同じように唸り声を聞いた。怯える猟師を笑ったものが肝試し気分でやってきては震えが上がって帰っていく。バカなのだろうかと首をかしげるが、そんな状況が一年ほど続いたのだそうだ。
誰かが先王の無念がここに現れたと言いだした。それはひそやかに確実に感染でもするように国に広がりついに王都であった場所までたどり着いた。
そのころ、その元王都は呪いに苦しめられていたそうだ。感染源の見つからないささやかな病。伝染するでもなく、一人、また一人とその病に感染した。不思議なことに治るものもいたが、それというのも先王への謝罪をしたことであったらしい。
それも心からの謝罪でなければ効かなかった。
そのことからこれもまた先王の呪いと言われている。
また、ほかの町では水が腐り、土地が枯れた。これもまた、呪いというわけである。
困った結果、とりあえずはその地で弔っておけばいいんじゃないかと墓守が募集された。私は10人目だそうだ。かなり前任者がいるが、誰もかれもが一月ももたず逃げ出すか、帰してくれと懇願するか、正気を失ったそうだ。
ハードである。
おかげでその噂の出回っていない町で生贄をさがしていたそうだ。
イケニエとはっきり言いやがった。睨めば逃げれば家族はどうなるかわかってるでしょ? と軽く返された。家族は皆殺し、町は逆らったとして処罰。追加の税と言ったところだろう。
上手い話には裏があるのだなと思いはすれど、私がここから去ることもない。
ただ、従順だけでは疑われもするとわかっているとふてくされたように返答するにとどめた。
それにしても祟り神という思想はこの世界では聞いたことがないが、もしかしたら知識人にはあるのかもしれない。
そんなことを思いながら、夜に外に出てみた。
白いなんかが浮いてた。
私にも悲鳴を上げるほどのかわいげが残っていたようだ。
その白いものはびくっとしたように山のほうに逃げていった。山に何があるのだと視線を向けても闇があるだけだった。
翌日、山へ向かうことにした。週に一度、誰かが見回りに来る。食料も一緒に持ってきてくれるそうだ。その時に家にいなければ逃げたと判断されるとは聞いている。さすがに昨日の今日では来ないだろう。
そう思ったが、不安になったので扉に山に出かけてくると書いて貼っておいた。文字が読める程度の人が来る、と思いたい。
山は山だった。
都会とは言わないが、生まれてからずっと町育ちの私が歩き方をマスターしているわけもなく、10分で転んだ。森すら行ったことのない。いや、町を出たことすら、ない。そんなことを考える暇すらなかったのだ。
渇いた笑いがこぼれる。こんなことがなければ、一生、外に出ることすらなく生きていた可能性すらあった。
夢も希望もない異世界転生だ。なんのために、ここにいるのか、わからない。どうせなら記憶も何もなければ幸せにもなれたかもしれない。
しかし、私が彼を忘れるのは無理だ。
彼を殺した世界を呪いながら、生きていくしかない。そんな前世、関係ないと言えないままに。
だから、この墓守は幸せと言える。
「幽霊でもいいから、出てこないかな」
そう呟いてもなんにもならない。亡くなったところはおそらくこの辺りなのだろうなと思うけど。
首を落とされて、頭は王都に。
体は焼かれた。別の場所に埋葬はされている。
そう言う意味ではここで墓守などおかしな話だった。
現場に行けば骨の一つで残っていないかなと思うくらいには、私は狂人だ。暇なんだから、探そうかなと思い立つのもそれほどおかしくもなかっただろう。
まあ、それもあとにしよう。謎の白い浮遊物をさがしに山に入ったのだ。10分でこけて心折れそうだけども、完遂はしよう。
そう思って山歩きを再開する。
山というのは木だけでなく草も生えている。もちろん、虫もその他生物もいた。
追加5分で断念した。
私は都会の女なんで、と心の中で言いわけし、撤退する。白いものも夜にはまたやってくるだろう。その時に捕まえればいい。
墓守するお仕事がある。……とはいったものの墓守はここにいることがお仕事らしいので他にすることがない。
びっくりな仕事だ。
しばらくの間は、生活をすることに注力した。驚くほどにあたりには何もないのだ。油断したら死ぬ。食料はまじめに管理した。山に入って何かを狩猟できる技術があればよいがなにもない。
スローライフする前に死ぬ。
きっちり一週してやってきた役人に畑を作りたいと打診した。えぇ? と嫌そうな顔をされながらも一週間の食糧事情を説明したら前向きに検討してくれるそうだ。
雑談ついでに白いものを見たのも変な音を聞いたのも初日のみで、平穏であったと伝えれば驚かれた。山に入ってみたいが、山歩きの服も欲しいと要望をだしておいた。
半信半疑の役人は怖いもの見たさなのか、泊まっていった。その夜、見事に変な音を聞いてしまったらしく朝に逃げるように帰っていった。
ちゃんと来週来るか不安になってきた。
なるようになるさと楽観できない。山に入れば野草や果物くらいあるだろうと思うが、山歩きで転倒してケガをする危険のほうが高い。前世の登山知識なんて道具メインで歩き方なんてのはなかった。
全く役に立たない知識だ。
ただ、全く役に立たないというわけでもない。
翌週、やってきた役人はびびっていた。荷物を置いてすぐに帰りたがる彼を引き留め、あるものの許可を求めた。
祭壇をつくることである。
墓守だというのに墓はない。何を守って祈ればいいのか。存在意義に関することを言えば、気味悪そうに見られた。
本気で、ここで墓守などする人がいると想像もしたことがないのだろう。
好きにしていいと言う投げやりな同意をもらい、好きにすることにした。
推しの祭壇。
前世で泣きながら作ったものである。あれはガチの祭壇だったが。少ない材料でなんとか、それっぽいものを用意した。毎日とはいかないが、見かけたら花でも飾ろう。
どうか、安らかにお休みくださいと祈ることから始めた。
それから一週間後、またしても役人がやってきた。二人ほど連れがいる。同行者は畑つくるんだろとぶっきらぼうに言って、ざっくりと耕してもらった。元々このあたりは村があったそうだ。過疎化の末になくなったそうで、一から開墾しなくても畑ができた。細かい石だの草だのは自分でやれと言うことらしい。
そのうえで、簡単な作物の作り方を教えてもくれた。
感謝していると末長くここに住んでほしいと言われる。私がここにいてから、少しずつ王都の病が落ち着いてきたそうだ。偶然だろうが、それでも蔑ろにしないほうが良いと思ったらしい。
悪化しても私のせいではありませんよと釘は刺しておいたが、どうなることやら。
結局一か月がたち、私はぴんぴんしている。
役人が号泣していた。これで故郷に帰れるらしい。引継ぎはご近所の方となり、そちらはかなりビビったように私を見ていた。大丈夫か、これ。
案の定、三週目から来なくなった。それを考えると前の役人、まじめだった。まじめだったから貧乏くじ引いたんだなと思う。
どうしたものかな。そう思いながらもあせらないのは畑から収穫物でしばらくはしのげるからだ。イモ類と葉っぱ系。肉類が欲しいが元々そんなに食べていなかったし、保存性のある干し肉はケチっていたので残っている。
感謝しているならもっとましな引継ぎ相手を用意しなさい。祭壇に怨念を込めて祈っておいた。食い物の恨み忘れるべからず。
さらに次の週も誰も来なかった。代わりに畑が大変になってしまった。大きく育っておくれと世話をしたが、予想を超えての収穫量。
保存にも限界がある。売るほどあるが売る先がない。
近くの村の近くは近くない。田舎の人の言う近くと同じくらい近くない。車ではないが荷馬車とか使うから。
ここには馬もいないのだから、どこかに行くのにも向いてない。ほんとにどこにも逃げるなよという固い意志がある。
運べない以上、かわいそうだが廃棄するしかない。肥料にでもすればいいかな。
さて、ここにきて二か月。
役人が戻ってきた。
怒鳴りこむくらいの勢いで扉を開けられた。きょとんと見返すとはぁと息をついて、肩を落とす。
なんでも、王都の病がぶり返したのだそうだ。それも驚異的な勢いで。まさしく何が起こった!? と調査されて、もしや、私のところで? と気がつくまでに半月とちょっと。王都から強行軍してついたのが今だそうだ。
おつかれさまと労って、愚痴を述べておいた。食料調達に少しばかり問題があると。肉が切れる前でよかったと言えば、のんきだなと呆れたように言われた。
彼が言うには私に配達を依頼していた村の井戸の水が腐ったそうだ。三つあるうちの二つが使えず、三つ目も変な匂いがしだしているらしい。
呪いだと村では大騒ぎで、私が来たからだと殴り込みをかけようとしていたようだ。ほかの同行者が今は宥めているところだそうだ。
いつから水が腐ったのかと言えば、三週前。一週ごとに使えなくなっている。
おや、お願いが効いている?
どうして? と祭壇を見ても質素なそれはいつも通りだ。最近、花がよく咲くので花に埋もれているように見える。
今までこんな異常事態おきたことがない。もし、起きていたらアレコレがもっと大変であったであろう。工場でとかね。あそこも最終的には焼けたけど。
何か変なことがなかったかと役人に聞かれたので、畑がすごいことになったと伝える。
畑?と怪訝そうに家を出ていった役人が爆速で戻ってきた。なんだあれって私も聞きたい。私は知らなかったのだが、作物が生る時期が違うものが同じように収穫できる状況であるらしい。
不審に思わなかったのかと言えば、町生まれなのでよくわかりませんと正直にいっておいた。
ああ、マジかと頭を抱える役人を心配したら、お前のせいだと言われた。
心外である。
遅れてやってきた同行者がそのあたりで小屋についた。
以前畑を作ってくれた二人と白い人が一人。
目があった途端に指さされた。
これ! 聖女!
……は?
それからの怒涛の説明によれば、宣託があったそうだ。聖女が覚醒したと。望みをかなえれば、良いことを、望みを絶てば滅亡を呼ぶ。そこから一年、各地をさがしまくっていたそうだ。その一方でのこの呪い騒動であったらしい。
この二か月で連動して色々起こることに気がついたものがいて、私のところに神官が派遣されたそうだ。
で、聖女認定された。
どうか、王都へおいでくださいと言われたのを却下した。何なら食い気味で。
誰がそんなところに行くか。
欲しいものがないかとも尋ねられた。
ある。
一つだけ、望んでしまえば、人として終わってしまいそうなもの。
ないと穏やかに言って、彼らを追い出すことにした。役人はそうだろうと思ってたと説得するまで帰れないから外に野営するなんて言っていた。わかってるじゃないか。
かわいそうなので、肉と野菜の物々交換と燃料としての薪を提供してあげた。
なんか、拾った薪がすぐ使えるものだと思っていたら勝手に乾燥されて、使いやすいようになっていたらしい。
無知が怖いのか知らない間に発揮される能力が怖いのか。
その夜。白い化け物が現れた。
それは私を呪いの魔女と呼んだ。
そして、私は思い出した。
このゲームは連作ではあるものの主役を変えてリリースされた。彼が亡くなったのは、ゲームの三作目。四作目は歪む王国を立て直す話ではあるが、重要なのは本筋ではない。
このゲームには裏ボスというものが存在する。
ラスボスより強い。しかし、必ず戦う必要はない。
この4作目には、祈りの聖女、あるいは、呪いの魔女がいた。背景も語られず、欲しがるのは一つの宝箱。王都にあるそれを持ってきてくれれば、強力な武器や防具を提供し、魔法すら与えてくれる。
しかし、偽りのものを持っていったり、他者に奪われたり、壊れたりすると彼女は正気を失ってしまう。
あるいは、正気でいるように見せる必要すら無くす。その狂乱は暴虐の限りを尽くし、大体は全滅である。初見殺しもいいところの技も使う。連作内の最凶の裏ボスなどといわれる。
それほど重要な宝箱の中身は明らかにされることはない。
ただ、彼女にそれを無事に届けると、こう言う。
『おかえりなさい。そして、おやすみなさい。良き眠りを』
その宝箱は、跡形もなく燃えてしまう。
なんだか、その宝箱の正体が、わかってしまった。
そして、なんてものに転生してしまったのかということも。
白い化け物の正体も察しがついた。
祈りの聖女には謡う精霊が、呪いの魔女には嘆きの魔物がついていた。
いまはどちらでもないこれの正体だけは判明している。あの人の契約精霊だ。主を失い彷徨っていたものを彼女が拾った。それだけは明確に書かれていた。
うちに住む? と問えば困ったようにうなずいて、小さい犬に化けた。
ああ、あの人は犬が好きだったなと思い出して、泣いた。思えば一度も彼のために泣いたことがなかったように思える。
前世はともかく、今世で彼をよく言うことはできなかった。その死を悼むことも。
私は、私のすることがわかった。
私は誰かに期待なんてしない。望むなら、私が自分で手に入れるまでだ。
まずは、もっと偉い人を釣り上げておかないと。せいぜい焦らして、価値をあげて、城に招いて、そこにいてもいいと思えるほどに。
そこから、ようやく、探すことができる。
その日から二か月足らずに私は城に呼ばれた。
議会に呼ばれ、皆の健康を祈った。穏やかに笑う私に役人が心配そうな顔をしていた。そのころから大丈夫?と問われることが増える。大丈夫と笑うが、それに顔をしかめられるのだ。
ならば聞くなと言いたいところをこらえる。私の後見としているのは彼だから。本当に偉い人だったのだ。宰相付きの第一秘書とかなにしてんの?と言えば、逆鱗に触れて左遷と返ってきた。
なるほど、左遷と納得する。当の彼はなぜ納得したし、と不満そうだった。
皆が快癒し、気をよくした議会が私への褒美を決めた。
私は宝物庫にある宝を一つだけと願った。
そこに、いるから。
台座にいる彼を選ぶことは誰も予想していなかっただろう。
ただ、役人の彼だけが、立ちはだかるようにその前に立っていた。
これはダメだという彼のやさしさを私は踏みにじる。
それを選んだら、私は聖女という名を捨てるに等しい。聖女が先代の王を肯定するならば、今議会に残るものは裏切者になる。そんなことは許されない。
最初から、なにもなかったの。
そう。
物心ついたころには、大事なものはなくなっていた。
最後に残った思い出をちゃんと埋葬したい。
聖女としての力は反転すれば呪いになる。皆に与えた祝福を反転させる。それだけで、動けなくなる。
ただ一人。そんな祝福いらないと断った変わり者以外。
彼はため息をついて、私に宝箱を押し付けた。
行くよと私の手をとる。
戸惑う私に君には振り回されてばかりだけど、付き合ってやるよと自棄のように宣言された。
意味が、わからないと押し問答する時間もなく、外へ逃げ出す。上へ上へと追いつめられたように見せかけて、外で白い化け物を呼んだ。今は、竜に変じられる。逃げるにはもってこいだ。
役人もついてきてしまった。
出世したのになと嘆きながらも今更戻れはしないだろう。
どうするのかと聞けば、危なっかしいからついてくるという。元の小屋には戻れない。それに家族もと言えば、ああ、それならと家族の話を聞いた。簡単に言えば、隣国に引っ越しているそうだ。
私を売った金で親戚を頼って移住している。色々察したところがあるのだろう。したたかでほっとする。
嘘かもしれないが。疑わしげな雰囲気を察したのだろう彼は会いに行けばいいだろうとふてくされたように言った。
どうも本当らしい。ちゃんと調べていたのかと思うとなんだか、温かい気持ちが生まれた。
元の小屋に戻れないとは言え、いろいろ役に立つものもある。一度戻ったら、小屋を中心とした森ができていた。
白い化け物が言うには、結界もあるという。
いつの間にと言えば、最初からと言われた。入り込むのが難しかったと。なるほど、私一人が健やかに生活できたわけだ。
結局、結界の中までは誰も入ってこれないことがわかり、そのまま住むことになった。
その前にすることがあった。
ちゃんと、埋葬することにした。亡くなった場所でもなく、山の見晴らしの良いところに。
この国を見ていてほしいと私が願うから。
そして、まあ、多少は、この国をどうにかしようと思うことにしたから。
『おかえりなさい。そして、おやすみなさい。良き眠りを』
さようなら。私の好きだった人。
なぜ、首が宝箱の中で宝物庫にあるのか。
先代の王それなりに強い霊力をお持ちで、体の一部でも霊遺物として扱われた。残りかすになるまで、城の防衛とかに使われる予定だった。
なお、中身を知っている人はよほど高位か、現場にいたもの。
ということを踏まえると役人もかなりきな臭いが、彼女も承知の上でお付き合いしていく。そして、彼女がひっそりとした→に気がつくことがあるのかは不明。永劫、推しだけを愛していてもいいじゃないかと思う。そうじゃなくても、いいけれど。
なお、続きません。
好きキャラが、次作で敵で出てきて味方にならず死んでという経験が生きてます……。何年たっても引きずるからやめて……。うあぁというあれが、な。