死にかけた子猫の運命を変えるためだけの都合の良い能力。
1.とある子猫の物語
気が付くと、猫の赤ちゃんになっていた。
何がなんだかわからない。
生まれたばかりで、手足に力が入らない。
視界もぼやけて定まらない。
生まれたばかりの子猫だけど、何をしたら良いかは知っている。
必死になって、お母さん猫のぬくもりと、甘いお乳の香りにすがりついた。
きょうだい子猫と一緒になって、先を争うようにお乳を飲んだ。
毎日、お腹が空いたらお乳を吸う。
お腹がいっぱいになったらお昼寝をする。
目が覚めたらきょうだい子猫と遊ぶ。
そんな幸せな生活が、ずっとずっと続くと信じていた。
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そんなある日。
目が覚めると段ボール箱に入れられて、寒空のしたに放置されていた。
どうして自分ひとりだけが捨てられたのかわからない。
もしかしたら、近くにお母さん猫がいるかもしれない。
もしかしたら、きょうだい子猫が力を合わせて迎えに来てくれるかもしれない。
そう考えて、お母さん猫ときょうだい子猫たちに呼びかけた。
何度も何度も、自分はここにいるよ。と必死に声をあげ続けた。
日が暮れて、雨がしとしと降ってきた。
誰も助けに来てくれなかった。
ずっと叫び続けていたせいで、喉がいたくてたまらない。
お母さん猫ときょうだい子猫たちは、自分のことなど忘れ、元気に楽しく暖かい部屋で暮らしているのだろうか。
今日は何も食べていない。
疲れ果て、身体に力が入らない。
自分は、このまま死んでしまうのだろうか。と、考えたらこわくなった。
あたりが暗くなって、さらに気温が低下している。
雨に濡れ、身体がどんどん冷えていく。
ふわふわだった黒い毛は、全部雨に濡れてしまった。
ぐっしょりと雨を吸い、まったく寒さを防いでくれない。
身体を丸めているだけなのに、芯から震えが来て止まらない。
寒くて、空腹で、冷たくて、寂しかった。
このままではいけない。
それはわかっているけれど、身体がほとんど動かない。
助けて。と、叫ぶ体力すらも残っていない。
それでも、最後のちからを振り絞って、声にならない声をあげた。
誰か、誰か助けて――。
その段ボール箱は、人通りの無い森の奥に捨てられていた。
偶然通りがかった親切な人に発見される可能性は皆無である。
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2.幕間(1)
『現実』とは、非情なものである。
その段ボール箱は、人知れず朽ち果てて、やがて自然に還ることになるだろう。
これは、何者にも覆すことのできない確定事項である。
いや、本当にそうだろうか。
何かが、おかしくないだろうか。
実は、たったひとつだけ、死にかけた子猫の運命を変える方法がある。
それに気が付いた者だけが、この残酷でつまらない物語の結末を変える資格を持っている。
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3.とある作者の物語
僕は、その小説を読んで憤りを覚えた。
その小説の内容は、生まれたばかりの子猫が捨てられて、寒空のなか弱っていくだけの物語である。
僕は、こんな残酷で中途半端な結末では納得ができなかった。。
僕ならば、今すぐにでも家を飛び出して、その子猫が捨てられた森に駆け付ける。
雨に濡れた段ボール箱を探し出して、死にかけた子猫を救助する。
冷え切った子猫の身体を温めてあげないといけない。
体力が回復したら、消化の良い食事を食べさせよう。
いや、はじめに動物病院に連れて行った方が良いだろうか。
いずれにしろ、その子猫は死なせない。
僕は、この死にかけた子猫の運命を変える方法を知っている。
この残酷でつまらない物語の結末を変えてやろう。
この子猫は、無事に生き残って成長して恋をする。
やさしい飼い主さんと一緒に、元気に楽しく暖かい部屋でぬくぬくと暮らす。
僕は、そんな物語を書き始めた。
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4.幕間(2)
『現実』とは、非情なものである。
だからこそ、創作は面白い。
想像は、自由だ。
気に入らない結末のその続きを考察して、新たに都合の良い物語を創作してもいい。
それが、二次創作なのか、それとも新たな世界の創造なのかはどうでもいい。
それに気が付いた者だけが、この残酷でつまらない物語の結末を変えることができる。
それが『死にかけた子猫の運命を変えるためだけの都合の良い能力。』である。
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5.気に入らない結末のその続きを
誰か、誰か助けて――。
意識が遠くなってきた。
助けを求める声はどこにも届かず、降り続ける雨が熱を奪う。
眠ったら楽になれると知っている。
最後の意識を手放そうとしたとき、人の声が聞こえた。
「あったぞ。見つかった!」
優しく抱き上げられて、そっと抱きしめられた。
「こんなに冷え切って可哀想に。すぐに温めてやるからな」
この場所を知っているのは、段ボール箱を捨てた犯人のみ。
だが、その少年は、犯人を問い詰めてこの場所を特定したのだった。
救助されたこの子猫は、なんとか無事に生き延びた。
今は、やさしい飼い主さんと一緒に、元気に楽しく暖かい部屋でぬくぬくと暮らしている。
ペット(犬・猫等)を捨てるのは犯罪です!
捨て猫はダメ! ゼッタイ!