春の約束
ドキドキ
見えてきた校門に私の鼓動は早くなっていく。
校門では早速写真を撮っている人がいた。
撮られている男子は緊張しているのか、直立不動で学校名の書かれたプレートの隣に立っている。
「由宇、あなたも撮っておこうか」
隣にいる母がそう言った。私たちが校門に着くまでに彼らは学校内へと入って行ったので、他に人はいなかった。
断り切れずにさっきの男子と同じ様に学校名の隣に立って撮られることになった。
「ほら、笑って」
ぎこちなく微笑んで何とか写真を撮り終る。
「えーと、この写真を送るのって、どうすればいいんだったかしら」
相変わらずスマホの機能を把握してない母が困ったように私のことを見てくる。
「貸して」
ため息交じりに受け取ると家族ラインに写真を送った。これで今日入学式に来られない父も見ることが出来るだろう。
「まあ、ありがとう」
母と共に案内に従って体育館の前に行った。ここに受付が出ているから。
受付を済ますと、「新入生は教室へ、保護者は体育館内へ」と言われたので、母と別れて校舎内へと向かった。
先ほど渡されたクラスの書かれた紙を見て下駄箱を探し出し、上履きへと履き替えようとした。その時、風が少し強く吹いた。
ヒラリ
白いものが目の前を過ぎていった。そのまま視線を外へと向けると、私が入ってきた反対側へと抜けられるようだと気がついた。
上履きに履き替える前だったので、そのままそちらへと行ってみることにした。
扉を出ると、そこは中庭のようだった。そして予想に違わずにかなり立派な桜の木があった。
「きれい」
「この学校の自慢の一つだよ」
呟きに言葉が返ってくるとは思わなかった私は、目を丸くした。
そして、桜の陰から現れた人に、私はもっと目を丸くした。
「入学おめでとう」
「あ、りがとう、ございます」
変なところで言葉を切りながらもお礼を言う。
彼はゆっくりと近づいてきて、あと二歩で触れ合うというところまで近づいた。
ふわりと笑った顔は、一年前と変わっていなかった。
ううん。一年前と変わっているところもある。
彼は一年の間に背が伸びて顔つきも少年から青年へと変わりつつあった。
「久しぶり」
「あっ、はい。お久しぶりです」
私の固い言い方に彼の口元に苦笑が浮かんだ。
「嫌だなー。もっと砕けた言い方をしてくれていいのに」
「いえ、先輩にそんな言葉づかいできませんから」
彼は先輩と言われて、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「約束、覚えてる?」
「はい、もちろんです!」
彼の問いかけに強い言葉で返事をした。
そう。私は一年前に彼とある約束をした。その約束を果たすためにも、この高校に受からなければならなかった。
中三の始まりの時点では、私の成績的にはスリーランクも上の学校で。教師だけでなく親や友人からも、無謀なことを考えるなと言われた。
けど、そんな言葉は聞こえないとばかりに、休み時間も惜しんで参考書と睨めっこしていたら、成績優秀な学級委員長がわからないところを教えてくれるようになった。
気がつけばクラス内の成績上位者……だけでなく、クラス中が私の勉強に協力してくれるようになっていた。そのおかげか、我がクラスの成績は中間テスト、期末テスト、間に行われる小テストなどで、高得点を取る生徒が増えていった。
この頃には教師も協力してくれるようになったし、我がクラスの取り組みを他のクラスでも行うことになり、それにより学校全体の成績が上がったとか……。
そんなわけで、十月の考査でこの高校のボーダーラインを超えることが出来たと知ったクラスメイトが、我がことのように喜んでくれた。
そしてこの高校の受験当日、私と一緒に受けるクラスメイトが、私よりも緊張していたことで彼らのことが心配になってしまった。けど、教室に入るまでに試験の心得を言い聞かせてきたので、彼らは大丈夫だろうと思うことにした。
合格発表。高校に張り出しもあるけどネットでも発表するとのことで、我が校は高校まで行かずに学校で結果を見ることになった。
担任が教室に持ち込んだパソコンを囲むあの高校を受験した生徒たち。担任の前には受験番号が書かれた紙が置いてある。
発表の時間になり、合格番号が表示された。
ゴクリ
誰かが生唾を飲み込む音が、大きく聞こえた。
「あった!」
誰の声だったのか。その声を聞いた周りが私の肩や背中を叩いてきた。番号を指さしている。
私は合格したのだ。
教室にいた皆が喜んでくれた。中には同じ高校を受験したけど、落ちた人もいたのだけど。
そんな一年間のあれこれが浮かんでは消えていった。
でも、これは予想外。まさか入学式の当日、それも入学式前に彼と会えるとは思っていなかった。
彼はそっと手を差し出してきた。私は躊躇いながらも、その手に自分の手を乗せた。
「僕の名前は小此木拓翔。君の名前は」
「私は山郷由宇」
彼は私の目を真剣な目で見つめてきた。
「一年間、君のことが忘れられなかった。これから君のことを知っていきたいと思う」
「私もあなたのことを考えない日はなかったの。これから……よろしくお願いします」
ふわりと微笑んだ顔が、一年前の顔に重なった。
「うん、よろしく」
風がまた吹いて、祝福するかのように桜の花びらを降らせてきた。お互いの髪に花びらがひとひら舞い降りた。
お互いに笑いながらそれを取った。
あの日と同じに。
一年前、ここではない桜の木の下で、彼と私は出会った。
彼は高校の入学式の後。私は中学の始業式の日で。
それぞれ家族と小さないさかいを起こし、家を飛び出した。
夕暮れの迫る時間帯。
一緒に居たのはほんの一時間ほど。
お互いの名前も詳しい事情は知らない。
話さなかった。
何かがあるわけでもない、ただの行き過ぎるだけの関係のはずだった。
だけど……
何かが強烈に印象に残った。
だから、約束をした。
一年後、この高校で会おうと。
その時は……ううん、今もわからない。
これから先、私たちの関係がどうなって行くのかなど。
約束通り再会を果たした私たち。
新しい生活に期待をする。
だ・か・ら・
私は思いもしなかった。
彼が去年、一年生にして生徒会長に立候補して、本命の二年生を押さえて生徒会長なったとか。
成績優秀、スポーツ万能で、完全無欠超人だと言われているとか。
勿論女子だけでなく男子からの人気も半端ないとか。
彼のお気に入りということで、私も注目を浴びることになるとか。
だけど、誰かに何かを言われることがなくて平穏に過ごせたのが、彼の暗躍によるものだったとか。
高校を卒業した数年後の同窓会で知らされることになるなんて。