第65話 試行錯誤の結果
大量のドローンが町中を飛び交った。
その一つ一つには、ある音声データが収録されていた。
『私はこの町の技術開発責任者、ナガオカ・ミアと申します。突然ですが、あなたにお伝えしたいことがあります。生き方を縛る首輪を作ったのも、犯罪が横行する町を放置し続けたのも、全て私の責任です。本当にごめんなさい。こんなことを言うのは身勝手だと分かってます。ですが、どうか、私に贖罪の機会を与えてはいただけないでしょうか』
謝罪から始まる異例の声明は、人々をある場所へと駆り立てた。
◇◇◇
カジノ前。
「すごい……。目標額の三分の二まで集まってる」
計測器でヴィータを数えるエレナは、驚きの声を上げる。
「当然っすよ。うちの母さんは、すげぇんすから」
するとメリッサは、まるで自分のことのように、誇らしげに語っていた。
(上手くいったんだな。良かった……)
目標額が前進したのもそうだけど、親子関係が改善されたみたいで嬉しかった。
「……で、でも、た、足りてません」
「やはり必要か。タイムローンによる資金のかさ増しが」
ただ、アザミとパオロの言う通り、金の問題が解決したわけじゃない。
「手の内を晒せばやってくれそうですけど、運営側にバレたら終わりですからね」
ここまでは、勝つ算段はあるが説明できない。でも、賭けてくれ。
という、具体性に欠けた頼み方しかしていない。ドローンの説明も同じだった。
「信用できる味方にだけ、伝える手段がありゃあ、いいんだがなぁ」
ルーカスはそう結論付け、場は静まり返り、各々が神妙な顔をしていた。
「……秘匿通信だ。この首輪を使えば、相手に知られずに済むんじゃないのか?」
そこでふと、マクシスが閃いたように、案を投げかける。
「「それだ!」」
ジェノとパオロが、その案に食いついたのは、ほぼ同時だった。
◇◇◇
娼館内、二階、個室。
「――以上です。この方法を信用できる人だけに、伝えてもらえませんか?」
ジェノは首輪のケーブルを通じ、カモラに勝算を伝えた後だった。
他の仲間も同様に、知り合いを片っ端からあたっている頃だろう。
「信じられん。本当にあの時と同じ小僧なのか?」
カモラは、自身の首輪に手で触れ、外しながら、そう問うた。
どうやら、納税できているキャストは、生体認証で首輪を取り外せるらしい。
「全員で出した案です。俺一人の力じゃありませんよ」
「だとしてもだ。……何があったかは想像できんが、末恐ろしいな」
「褒め言葉として受け取っておきます。――じゃあ、さっきの件、頼みますね」
用件は済んだ。後はカジノに帰って進捗を報告しないと。
「待て。サーラの件で話がある」
すぐに帰ろうとしていると、なぜか、呼び止められ、そう話を切り出される。
「……彼女の身に何か、あったんですか?」
嫌な予感がした。万が一のことを考えたら気が気じゃなかった。
「体に問題はない。今朝はXLサイズのピザを一人で平らげた」
「ふっ、相変わらずですね」
だけど、思い過ごしだったみたいだ。いつもと変わらないみたいでほっとした。
「……お前は、馬鹿なのか、賢いのかよく分からんな」
「ん? なにか、変なことでも言いました?」
「ああ言った。よく知りもしない相手に、相変わらずとな」
心臓がどきりと跳ね上がる。
やられた。鎌をかけられていたのか。
「サーラは、お前の妹なんだろ。いや、エリーゼと呼んでいたか」
言い訳を考える暇もなく、突き付けられる真実。
そこまで分かっているなら、隠すより認めた方が早そうだ。
「……隠しても無駄みたいですね。おっしゃる通り、あの子は俺の妹です」
「やはりか……。どうして隠していた」
「言えば、妹に危険が及ぶ可能性があったからです」
「そうか……。これから話すことはその真逆、かもしれんな」
その言い方からして、妹かどうかの確認は、本題じゃなかったみたいだ。
「聞かせてもらえますか?」
だとしたら、余計に気になる。この人が何を画策しているのか。
「サーラに適性試験を受けさせても構わんか? 無論、俺も同行する」
そうきたか。確かに、今の状況より危険になるのは間違いない。――だけど。
「構いません。彼女がそうしたいと望むなら」
「意外だな。反対すると思ったが」
「今の俺に止める権利はありませんよ。ただ、一つだけ条件があります」
「なんだ、言ってみろ」
「……俺に何があっても、彼女に兄がいたことだけは言わないでください」
◇◇◇
噂が広がり、町は熱狂していた。
カジノ前にあるのは、計測器とチップホルダーに入った、ヴィータの山。
「万枚達成! 目標到達まで、あと2000枚!」
エレナが、活気よく声を上げる。
「俺も、俺も、賭けさせてくれ」
「こいつの倍払う、だから、こっちを先に」
「うるせぇ、だったら、俺はこいつの三倍払うぞ」
「はーい、はい。全員回収してあげるから、落ち着いてね」
噂が噂を呼び、人が押し寄せる。
確実に勝てるのなら、賭けた分だけ、儲かる。
その集団心理が働き、住民の理性を奪って、賭け狂わせていた。
「――目標額達成! 皆、賭けてくれてありがとう!」
熱狂の渦に支配される中、賭けを取り仕切るエレナは一人、歓喜していた。
「んなことは、いい。まだ、賭けられるよなぁ?」
「そうだ。そうだ。後ろがつかえてんだ。早くしろ」
だが、住民にとっては目標額などどうでもいい。
賭けるだけ儲かるなら、より賭けたい。ただ、それだけだった。
「え? 待って、待って。目標額に達したら終わりじゃなかったの――っ!!」
嬉しい悲鳴と共に、ヴィータを数える計測器の数字はさらに増え続けていった。
◇◇◇
夜。宿屋の一室。
「……」
タブレットを持った、ジェノはある画面を見つめていた。
『盗賊の能力を誰に使用されますか?』
能力は、他人の役職を盗むこと。盗賊だけが持つ、唯一の特権だった。
「ごめんね」
謝罪に意味はない。
だけど、言っておきたかった。
これからするのはきっと、悪いことだから。




