第55話 感染症
マーレボルジェ。中央広場。昇降機前。
そこに最後に降りたのは、魔物の卵を持ったジェノだった。
「あの! 急いで、お医者さんを!」
「ええ、すでに呼んでおりやすので、ご安心を」
それに答えるのは、黒いローブを着た白髪の男――グレゴリ。
辺りには黒ずくめの看護婦が数人いて、怪我人の処置をしている。
そこには、かばってくれた冒険者や、魔眼を失った洞窟男の姿もあった。
「良かった……ありがとうございます、グレゴリさん」
「それが、仕事でやすから。それより、ちょいと検査をさせてもらいやすね」
そう言って、グレゴリは小型の杖を取り出し、検査が始まった。
◇◇◇
次々と検査を終える冒険者たち。
「……その杖、なんのためのもんなんだ?」
最後となったルーカスは、不安げに杖を見つめ、問いかけていった。
「異物検知と体温検査でやすね。感染症の水際対策も兼ねてやす」
「へぇ……。もし、仮にだが、何かに感染した場合どうなるんだ?」
「良くて半殺し、悪くて殺し。でやすね。症例次第といった感じでやす」
「……」
「どうした、ルーカス。お前、顔色が真っ青だぞ」
変に言い淀むルーカスを見て、パオロは真っ先に異変を察知し、指摘していく。
「――っ」
次の瞬間。ルーカスは駆けた。人通りの多い、商店街へ向かって。
各々が驚いている間にも、人混みに紛れて、姿が見えなくなっていく。
「くっ、メリッサは卵を見てて、俺が追いかけるから!」
こうしちゃいられない。必要最低限の指示を残し、追いかけようとする。
「ご心配なく。ここは、監視者のあっしにお任せください」
すると、目の前にはグレゴリ。
懐からは大きな鉈を取り出し、静かに言った。
◇◇◇
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
どくんどくん、と心臓が馬鹿みたいにうるさい。
ただ、ルーカスはひたすら走り続けた。息と体力が続く限りに。
「……………はぁ……はぁっ……。もう限界だ」
たどり着いた先は、見覚えのある袋小路。
皮肉にも、ジェノを追い込み、策にハメた路地裏だった。
「逃げられると思いやしたか?」
そこには黒いフードを被り、右手に鉈を持つ怪しげな男。
監視者――グレゴリの姿がそこにはあった。
「罰が当たるってのは、こういうことを言うのかねぇ」
為す術のないルーカスは、天を仰ぎ、嘆く。
視界には、朱色に染まる雲と、赤い空が広がっていた。
「……」
その間にも、グレゴリは、一歩、また一歩と近付いてくる。
「見逃してくてくれたりは、しねぇか?」
ダメ元だった。もう腹はくくってるが、最後まで諦めたくはなかった。
「残念ながら、監視者としての責務でやすから」
「だよな……。これだろ、あんたたちが監視してる理由は」
もう逃げ道も逃げる体力もない。
観念して、左足をめくり、黒く染まる患部を見せた。
「やはり、感染しておりやしたか……」
「答えになってねぇ。はっきり言ってくれ」
「亡者の蔓延阻止。それが、あっしの役目でやす」
「つまり、ここであんたに殺されるってわけか……」
「ひひっ……。殺されるか、半殺しにされるか、どちらがいいでやすか?」
グレゴリは怪しげに笑い、提示されたのは、不愉快な二択だった。
◇◇◇
遠くから、叫び声が響き渡ってくる。
「今の声って、まさか……」
最悪の想像が働き、背筋がぞっとしてしまう。
「し、死んだ……?」
「事前に相談しろよ。あの馬鹿」
「詐欺師の末路としては妥当じゃないっすか」
他の人も思ったことは同じだったみたいだ。
各々が死を察し、自然と場は静まり返っていく。
「――ご心配おかけしようで、申し訳ねぇです、兄貴」
その時。聞こえてきたのは、死んだはずの人の声だった。
「「「「――えっ!!?」」」」
見事に声が重なり、ぞっとした様子で、全員が声のした方へ振り返る。
そこには、グレゴリに肩を支えられ、左足がなくなったルーカスの姿があった。
「検査は問題なしでやした。ここからは納品場所まで先導いたしやす」
何事もないようにグレゴリは話を進め、歩み始める。
その左手には、さっきまでなかった黒色のアタッシュケースを持っていた。
「絶対何かあったと思うけど……問題ないなら、行こうか」
「待つっす。なんかアザミが、ついてきてないみたいっすよ」
嫌な予感がする。まさかとは、思いつつもゆっくりと顔を覗き込んだ。
「立ったまま、気絶してる……っ!?」




