第50話 地獄絵図
赤青黄の特殊弾薬の薬莢が、地面に転がっている。
「……う、ぐっ」
弾薬を全て使い切るも、抵抗虚しく、ジェノは膝を折っていた。
「息巻いていた割には、実にあっけない結末でしたね」
勝負を決めたのは、たったの一撃。短剣の柄による、腹部への打突だった。
「……ま、まだ……終わって、ない……」
「ええ。確かに、まだ終わってはいない。――さぁ、こちらを召し上がれ」
すると、セバスは懐から黄色い草を取り出し、無理やり口に突っ込まれる。
「んぐっ!?」
独特の酸味が口一杯に広がり、体が反射的に吐き出そうとする。
「いけませんよ。頂いたものを吐き出しては。よく噛んでお食べ下さいませ」
でも、手で口を抑え込まれ、顎を上下に動かされ、無理やり飲まされてしまう。
「――んんんっ!」
ごくんと喉が鳴り、異物が胃に流れ込んでいく。
「…………………………ッッ!!!!」
その直後だった。目の前が眩み、体全体が痺れて動けなくなったのは。
「そちらは、痺れ草。神経機能を一時的に、麻痺させる代物です」
聞いてもいないことを、セバスは懇切丁寧に説明する。
「では、私はこれで――」
そのまま、セバスは解説を終えた背を向け、去ろうとしている。
「……ま、て」
痺れる顎を必死で動かし、なんとか声を絞り出す。
今は、何がなんでもセバスを止める。それしか考えられない。
「……」
だけど、声は届かない。遠い背中を、黙って見つめることしかできなかった。
◇◇◇
(怖い、帰りたい、死にたく……ない)
アザミは戦場の隅で、刀を抱えて震えていた。
『『『ガガ、ギ』』』
そこに、命を脅かしてくる、三匹の骸骨が現れる。
「ひぅ……、こ、こ、こないで……」
刀を握る手が、震える。一人で相手できる数じゃない。
「……っ」
だから、背を向けて、逃げ出した。震える足を無理に動かして。
(何をしたらいいの……どうすれば、助かるの……)
走りながらも、必死で助かる方法を考える。
でも、分からない。考えられない。決められない。
頭が真っ白になって、心がぐちゃぐちゃになりそうだった。
「――あっ」
すると、考えていたせいか、転んでしまう。何もない平坦な地面で。
『『『ガガガ、ギ』』』
それを嘲笑うように、骸骨の群れが骨を鳴らして、目の前まで追ってくる。
「……っ」
助けを呼べば助かるかもしれない。そう思うけど、喉が縮こまって、声も出ない。
(なにか、ないの……なにか……)
辺りを見渡して、何か使えそうなものを探す。
だけど、そう都合よく見つかるわけもない。
(これさえ、抜けば……。多分、勝てる……)
最後に目に入るには、ひと振りの刀。脅威への解決策。
(駄目……。自分のためだけに、力を使いたくなんか、ない……)
『『『ギ、ギ、ギ』』』
そう迷ってる間にも、骸骨たちの魔の手がこちらへ伸びてくる。
(平穏な毎日を、静かに過ごしたかっただけ、なのに……)
もう間に合わない。ぐっと目を閉じて、瞼の裏に広がるのは、身勝手な夢。
(もっと、平和な世界で、生まれたかったな……)
怖いことも争いごともない世界。
妄想するくらいはいいよね。もう叶わないんだとしても。
「アザミに……手を、出すなっす!」
そんな時、突然、聞こえてきたのは、耳馴染みのある声。
『『『………グ ギ ?』』』
それと、骨が砕けたような音と、その断末魔のような鳴き声だった。
(この声、もしかして!)
「――っ!?」
意を決し、目を開く。すると、そこには、黒い鎧と、骸骨の残骸があった。
「無事、っすか……」
苦しそうな声だった。でも、分かる。聞こえる。理解できる。
(やっぱり、メリッサさんだ! メリッサさんが、助けて、くれたんだ……)
「……あ、あ、あ、あの」
お礼を言わないと。そう思い、勇気を振り絞って、声をかける。
「――」
だけど、目の前にいる鎧は、こっちへいきなりもたれかかってくる。
「っと。……え、えと、えと?」
体は受け止めたけど、頭は事態を受け止めきれず、あたふたしてしまう。
「ちょっち、力を使い過ぎたかもしれないっす」
すると、ぐったりとした様子だったけど、聞きたかったことを教えてくれる。
「……お、お体は、だ、だいじょうぶ、なんですか?」
返事をするだけで、精一杯だった。お礼を言いたい。そう思っているのに。
「しばらくは、動けそうにないっすね。力を維持するだけで精一杯っす」
「……な、なにか、手伝える、こと、あります?」
「だったら、一つ頼まれてくれないっすか。お願いしたいことがあるんすよ」
断れるわけがない。後でちゃんとお礼を言わないと。
そんな思いを胸に秘め、メリッサのお願いに真剣に耳を傾けていった。




