第49話 一難去ってまた一難
「生き、てる……?」
確かに、あの時、魔眼と目が合った。
それなのに、燃えていない。
血を使った代償で気怠さはあったけど、それだけだった。
「やったっすね! ジェノさん!」
「うん……。それより、影の強度は大丈夫なの?」
「いいパンチもらったんで、強度はガチガチ。まず出てこられないっすよ」
メリッサの影は、ダメージを負えば強度が増すらしい。
実際に、目で見たわけじゃないけど、彼女が言うならそうなんだろう。
「ひとまず安心か……。でも、この後どうしよう……」
ただ、影を維持できる距離には限界があるらしい。
全員で逃げれば、途中で解除され、再び襲われる可能性があった。
「どうって、うちが居残って、全員逃げ出せばいいじゃないっすか」
能力の根幹であるメリッサが残る。
今考えつく策の中では、現実味がある方だろう。
「駄目だよ。これ以上犠牲者は出したくない。何か別の策を考えよう」
周りを見渡せば、疲弊する冒険者たちの姿が見える。
この空間に長居すれば集団パニックに陥る可能性もある。
一刻も早く、閉じ込めた洞窟男をどうにかする必要があった。
「……じゃあ、ミザリーを置いていくってのはどうっすか?」
「だから、犠牲者は――」
「洞窟男の目的はたぶんミザリーっす。置いてったら帰るんじゃないっすかね」
なぜ、そこまで言い切れるのかは分からない。
だけど、何かがハマったような感触があった。
『いいですね。正解。さすがハーバード卒だ』
そこに、聞こえてくるのは、爽やかな青年の声。
声量と口調がバラバラで、会話を切り抜いたような感じだ。
「面白そうな話をしていますね。私も混ぜていただけますか?」
声がした方を振り向くと、後ろにはギリウス。
そして、その左肩には赤い鳥が止まっていた。
先ほどの青年声は、あの鳥が喋ったんだろう。
「……っ」
ぞくっとした寒気が背中に走る。
何か見落としてる。そんな妙な違和感があった。
(もし、あの鳥が、ギリウスさんの……っ!!)
少ない情報の中、浮かぶのは最悪の予想。仮説。推測。
「メリッサ、逃げて!!!!」
確信はない。だけど、気付けば、声を思いっきり張り上げていた。
『防御だ!』
「――――ッ!!? なん、で……っ!?」
だけど、メリッサは膝をつき、頭を押さえながら倒れていく。
「その程度では、音までは防げない。三半規管を少し揺らさせてもらいましたよ」
疑問の回答は、すぐにギリウスの口によって語られる。
「こちらは、私が所有する聖遺物でございます」
特徴的だった赤い毛は身震いと共に散っていく。
目の前にいたのは、鳥じゃない。一匹の黒いコウモリがいた。
『記憶の忘却は、コウモリ型の聖遺物による能力のようです』
思い出す。思い出す。思い出す。そこまで言われたら、嫌でも頭によぎった。
「あなたが妹の記憶を消した犯人……っ!!!」
頭の血管がぶち切れそうだった。
もっと早い段階で気付ける可能性があったからだ。
「良い線をいってましたよ。根拠のない直感では気付いていたのですから」
悔しくて仕方がなかった。
あの時の自分を信じてやれなかったことが。
(いや、待て……。何かおかしい。なんで、この人は、わざわざ時間を……)
だけど、違和感があった。会話できていること自体が不自然すぎる。
「なぜ、わざわざ、この人は時間稼ぎをしているんだろう。といった顔ですね」
「――っ!?」
「辺りを見渡せば、その答えはすぐに分かりますよ」
すぐさま、辺りを見渡すと、想像を絶する光景が広がっていた。
『『『『――ガ、ガ、ギ』』』』
あるのは、大量の黒い骨。冒険者の成れの果てが一斉に動き出していた。
「う、嘘だろ、おい……。全滅した、はずじゃ……」
「もう、戦える武器なんかこっちには残ってないぞ……」
「逃げるしかないだろ! 俺たちじゃもう敵いっこねぇよ!!」
負の連鎖だった。計ったのようなタイミングで事態が悪い方へ転がっていく。
「悪魔ですか……あなたはっ!!!」
理解できなかった。こんな冷酷な方法を思いつく、相手の思考回路が。
「持たざる者よ、等しく首を捧げて、慚愧の至りで朽ち果てよ」
唐突に呪文を唱えると、コウモリは一対の白と銀のナイフへと変化する。
「私の名は、セバス・アンダーソン。以後、お見知りおきを」
恭しくお辞儀をし、名乗りをあげる。
その立ち振る舞い。その名前には覚えがあった。
「どうして、隠して……。いや、何が目的ならここまでできるんですか!!」
やるべきことを忘れ、ただ、質問を重ねた。
目的を知りたい。そんな知的好奇心を満たしたいがために。
「世界をより、面白く。それが我々、アンダーソン家に与えられた使命ですから」
終わったと思っていた。止められたと思っていた。
(……同じだ。あの時と何もかもが!!)
まだ何も終わってないし、まだ何も始まってはいなかったんだ。
「――止めてやる」
勝てる保証なんてなかった。だけど、感情が言葉に変わり、溢れ出す。
「はい?」
「あなたたちの企みは、俺が必ず止めてやる! 覚悟してください!」
血も弾も尽きかけてる。立っているのがやっとな状態だった。
それでも、勝たないといけない。やられる前に止める。そう自分で決めたから。
「……面白い。やはり、人間はそうでなくてはっ!!」
対しセバスは、意気揚々と言い放ち、始まった。負けられない戦いが。




