第48話 夢であるように
人が燃えている。緑色の炎に包まれて。
原因は、あの男。誰もが生きるのを諦めていた。
それなのに、死をも恐れず、立ち向かう二人の男女がいた。
(どうして、あの時、かばってやれなかったんだ……)
そんな二人の雄姿を見守る金髪の冒険者は、後悔の念に駆られていた。
(誰かのために必死で戦えるやつが、虐殺するわけ、ないだろ!)
そして、一人、気付いていた。あの少年が背負う罪は濡れ衣だということに。
「お前は、俺が止めてやる!」
真紅の右手を地面に押し当て、少年は覚悟を示す。
すると、その右手からは赤い光が迸り、地面を走った。
(大した力もない俺に、何ができる)
考える。
「――」
危険を察したのか男は地面を蹴り、真上に跳ぶ。
すぐさま、男がいた地面は消え、円形の穴ができていた。
(アイツの役に立つために、何ができる)
考えて、考える。
「メリッサっ!」
「――こいつで! 落ちろっす!!」
合図と共に黒い鎧は穴から、影を伸ばし、空中にいる男の足を掴む。
(裏切った罪を償うには、何ができる!)
考えて、考えて、考え続ける。
「――ッ!!?」
男は影に引っ張られ、落下する。落下する。落下する。
(見捨てた罪を償うには、何ができる!!)
予想して、予測して、予期する。
『危険だ! 避けろ!』
しかし、どこからか現れた赤い鳥が警告をする。
「――」
その足元には、穴際を手で掴み、落ちる寸前でとどまる男。
そして、冒険者を焼き払った忌々しい黄金色の瞳は、少年に向いていた。
「避けるっす!! ジェノさん!!!」
「……っ!?」
二人にとっては想定外の事態。
その想定外を読み切った、一人の冒険者がいた。
「――やら、せるかぁぁぁっ!!!」
ここで終わってもいい。あの時の代わりに、かばってやれるなら。
◇◇◇
ゆらゆらと緑色の火の粉が舞う。
目の前には、炎に身を焼かれる金髪の冒険者が立っていた。
「どう、して……」
気が動転して、頭が真っ白になる。なんとか言えたのは、その一言だけだった。
「アンタを信じて、やれ、なかった……俺への、罰、だ……」
名も知らない冒険者は優しく言った。
死ぬほど痛いはずなのに、死ぬほど苦しいはずなのに。
「火を……火を消さないと……」
言葉が頭に入ってこない。ただ、盲目的に燃える体へ手を伸ばした。
「触れる、な……っ!!」
「で、でも、まだ、助かるかも……」
「俺は、もう、死ぬ……。その前に、聞いて、くれ……」
「……」
頷くしかなかった。この人との最期の会話になる気がしたから。
「でっかく、なれ……。おれなんか、より、ずっと……」
無理だ。この人より、大きくなんかなれない。そう弱音を吐きたかった。
「――分かりました。その願い、俺が必ず叶えます」
だけど、言えるわけがなかった。
命の恩人の願いを踏みにじれるほど腐っちゃいないから。
「まかせ、た……ぜ――」
すると、金髪の冒険者は親指を立て、炎に包まれていく。
その勇ましい生き様を目に焼き付けるために、見届ける。
「……え」
しかし、その後、目を疑うような事が起きた。
めらめらと燃えていた緑色の炎が、急に収まっていた。
(……まだ、死んでない。――生きてるっ!!)
心が燃えるように熱くなり、頭が急速に回っていくのを感じた。
「メリッサ! 相手の目を影で塞いで!!」
「……うぐぐ。無理っす!! 引っ張るだけで精一杯なんすよ!!」
「無理か……だったら――」
すぐに機転を利かせ、黄色の特殊弾薬を愛銃に装填。
装填先は銃口下に換装された小型グレネードランチャー用の射出口。
「目を閉じて!」
相手には言葉が通じない。だったら、それを利用するだけだ。
メリッサにだけ通じる合図を送り、引き放つ。視界を奪う閃光弾を。
「――ッ!!?」
これは、賭けだ。効果がなかったら、すぐに火だるまになる。――だとしても。
「――うぁぁぁあああぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
前に出る。前に出る。前に出る。前に出る。
体を張って守ってくれた命。ここで使わない理由がなかった。
「落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろぉ!!!!」
突き進みながら、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。
放たれるのは、非殺傷用のゴム弾。狙いは、相手の手元。
「……ミ、ザ」
男はまばたきを繰り返し、視点が定まらない様子。
その致命的な隙に、放たれた弾丸が、着弾、着弾、着弾、着弾。
「……くっ」
確かに当たっていた。だけど、効果はなく、引き金を引いても弾が出ない。
(もう、弾切れかっ! それ……ならっ!!)
諦めてもいい。逃げてもいい。
そんな自分勝手な感情を振り払い、踏み出す。一歩。
(――直接、落としてやるっ!!!!)
接近する間に、視力が戻ったら、焼かれて終わり。自殺行為だった。
だけど、心はこんなにも充実してる。これが生きる意味だと体が叫んでいた。
(殺させない!! これ以上、誰も!!!)
穴の際。男の目の前。かざすのは当然、〝悪魔の右手〟。
敵意と、ありったけの血液を込め、イメージする。もう一回り、大きい穴を。
「これ、で――――」
血が凍ったようだった。
「……」
目が合った。黄金色に輝く瞳と。
(無理だ。死ぬ、殺される……)
脳裏には、炎上する背中が鮮明に思い浮かぶ。
浮つく思考と体を硬直させるには、十分すぎる理由だった。
『でっかく、なれ……。おれなんか、より、ずっと……』
だけど、次に浮かんだのは、名も知らない一人の冒険者のささやかな願い。
(……違う。あの人なら、最後まで絶対に諦めたりはしない)
眦を決し、見るのは過去ではなく、未来。
(無理でもいい……やるんだ!!)
弱気になった心を再燃させるには、十分すぎる理由だった。
「――終わり、だっ!!!」
死の一線を乗り越えて放つ、生を掴み取るための、赤き閃光の一撃。
「ミザ……」
穴に落ち、黒い影に閉じ込められた男は、賞賛したかのような声を漏らした。




