第45話 夢の続き
鏡の間に映るのは、黒い骨の残骸。
その全てが沈黙し、残存する個体は見えない。
響くのはヒールの足音。そこにはバニーガールがいた。
「周囲に異常なしっと。――ちょっと気になったんすけど」
バニースーツを着たメリッサはアザミの方へ向き、話題を振る。
落とした視線の先には、白黒の袴の腰にある赤鞘の刀と木彫りの脇差。
「……な、なんです?」
「どうして、刀を抜かなかったんすか?」
純粋な疑問だった。刀を抜かずとも戦えていたのは間違いない。
ただ、わざわざ抜かずに戦っていた理由が、気になって仕方がなかった。
「…………わ、私が、私じゃなくなる、からです」
短い沈黙の末、返ってきたのは、分かるようで分からない理由だった。
「へぇ、二重人格ってやつっすか?」
そんな少ない言葉から読み取り、頭に浮かんだのは、性格が豹変する類のもの。
「……」
でも、アザミは首を横に振り、否定的な反応を見せている。
「じゃあ、一体――」
話を深掘りしようしたところに、
「……ミザミザっ!」
奥へ見回りに行っていたミザリーが走ってきて、声を響かせる。
『嫌い、来るな、あっちへ行け』
その鳴き声は、頭の中で反芻され、意味が伝わってくる。
もしかしたら、仲間外れにされたと思って怒っているのかもしれない。
「安心してくださいっす。ミザリーも仲間外れには――」
「たぶん違う。よ、様子が、変……」
「……」
異変を察知した二人は、洞窟の奥へと目を凝らす。
奥には男がいた。でかい図体に、白い短髪に、腰には毛皮。
そして、宝石と見紛うような黄金色の瞳が、辺りを見回している。
「「――っ!?」」
全身に寒気が走り、内臓が浮いた心地がした。
(あれは……あいつは……っ!)
結論に至る前の思考の最中、目の前には、一匹の赤い鳥。
「……洞窟、男っ!!!」
『――どう、くつ、男が、くる』
鳥から発せられた青年声と結論に至ったのは、同時だった。
『触れ! この鳥に!』
考える暇もないまま赤い鳥は続ける。罠の可能性もあった。でも――。
「もう、どうとでもなれっす!!」
理性を吹っ切り、赤い鳥に触れる。
(……ぐっ。頭が……割れ、そうっす!!)
脳内に駆け巡るのは、大量の情報と冒険の記憶。
(魔眼。炎。骸骨。そういう、こと、っすか……)
冒険者のパーティが、洞窟男と接敵し、全滅した過去だった。
「アザミ……。ミザリーを連れて、後退するっす」
心は妙に落ち着いていた。やるべきことが、明確になったからかもしれない。
「…………で、でも、戦うなら、わ、わたしも、一緒に」
「いいから早くするっす! 生身じゃあいつは倒せないんすよ」
「……は、はいっ!」
それで伝わったのか、アザミはミザリーの手を引いて、後退していく。
「拾っておいて、正解だったっすね……」
胸元を探り、取り出したのは黒い草。
それを背後へ投げる。投げる。投げる。投げる。
黒い草――爆破草は衝撃で爆散し、瓦礫が道を塞いでいった。
「最初から、全力でいかせてもらうっす」
これで戦う舞台は整った。
地面に両手を当て、意識を集中させる。
すると、それに応じ、影が集まり、体を覆っていく。
「――変身物語、モードフェンリル」
集約された禍々しい影の鎧を全身に纏ったメリッサが、そこには立っていた。
「……」
相対するは、こちらに気付いた洞窟男。
早速、両目の魔眼をこちらに向けようとしている。
(見られれば、ひとたまりもないっすね。――生身だったら)
記憶を見た限り、洞窟男の魔眼は視認した対象を発火させる能力がある。
「来るなら、来いっす。受け切ってやるっすよ。魔眼の炎を!」
だけど、あえて挑発してやった。
この鎧の性能を試す、いい機会だったから。
「――」
言葉が通じ合ったとは思えない。
ただ、目が合った。怪しい輝きを放つ、黄金色の魔眼と。
『避けろ!! 避けろ!!』
すると、今まで静かだった赤い鳥が、男の声で繰り返し叫んだ。
(今、避ければ、たぶん間に合うっす。でも。……でもっ!)
「――――うっ、ぐっ……ぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ!!!」
直後、発火。緑色の炎が鎧の表面を覆い、焼ける。焼ける。焼ける。
鎧越しの余熱が身を焦がし、脳を焼き、皮膚が爛れていくのを肌で感じた。
(あの頃とは違う……っ! ミサイルで焼かれた、あの頃とは……何もかもが!)
それでも、耐えた。耐えた。耐えた。
これは、炎に屈した前回の雪辱を晴らす機会。
(生きて、耐えて、証明してやるっす。前のうちよりも強いってことを!)
だから、死ぬわけにはいかなかった。
同じ末路を迎えないために、必死で努力したんだから。
「…………ッッッ」
耐えて、耐えて、耐え抜いたその先。意識が遠のく、死の一歩手前。
再生に伴う痛みが全身を駆け巡り、耳鳴りがして、今にもぶっ倒れそうだった。
「……ミディアムレアってところっすね」
でも、炎は消えていた。
死ななかった。生きていた。
あの頃よりも強い火力を耐え切った。
「……」
すると、洞窟男は、顔をしかめていた。
抗戦は避けられない。逃げ道もない。倒す以外ない。
『逃げろ!! 逃げろ!!』
そこに、見当違いなことを、この赤い鳥は耳元で騒いでくる。
「……さて、ここからが本番。あんたらの無念。うちが晴らしてやるっすよ!!」
今さら、逃げてやるわけがない。
ここまでは、我がまま。自分勝手な暴走。
ここからが、冒険者の信念を背負った本当の戦いだった。




