第43話 リーダーとしての素質
「――行きますっ! 各自残党を狩ってください!」
音の終わりが交代の合図。作戦通り、ジェノは駆け出す。
生き残った残党を各個撃破する。それが、ジェノ陣営の役割だった。
『――――ガ、ガ』
目の前には、埋もれた敵の生き残り。予想通り、全ては殺し切れていなかった。
(やっぱり、まだ生き残ってる。頭を潰せば、動かなくなる、だよね)
言われたことを思い出し、頭を踏み抜こうとした時。
――あなたは殺さないで。
「……っ」
なぜか、急に師の言葉が頭をよぎり、ほんの一瞬ためらってしまう。
『――ガガ――――ギっ!!』
すると、敵はその隙に跳び上がり、襲いかかってきていた。
「……このっ!!」
とっさに銃を構えるけど、遅い。鋭い歯と顎が、目の前まで迫っている。
(駄目だ、間に合わない……っ!!!)
即座に両腕を防御に回し、痛みを堪えるため、ぎゅっと目を閉じた。
「――はぁっ!!」
直後、聞こえてきたのは、頼もしい声と、骨が砕ける音。
「……え?」
ゆっくりと目を開くと、足元には、黒い骸骨の残骸が転がっている。
「お怪我はありませんでしたか? ジェノ様」
目の前には、白手袋のシワを伸ばしながら、周囲を警戒するギリウスの姿。
「助かりました、ギリウスさん。体は大丈夫なんですか?」
「おかげさまで、多少動ける程度には回復しました。万全ではありませんがね」
「……」
どうして、前もって言ってくれなかったんだろうか。
助かったのは間違いないけど、動けることを黙っていたように感じてしまう。
「それより提案ですが、ジェノ様には、索敵と命令をお願いできませんか?」
「……へ?」
「戦闘に不慣れなご様子でしたので、今は司令塔に徹していただくのが最善かと」
不審に思う暇もないままに、そんな提案を持ちかけてくる。
ギリウスの視線の先には、苦戦している三人の姿が見えた。
「俺より、皆さんの方が強いですし、各々の判断で戦ってもらった方が……」
指示と命令は、似ているようで全然違う。
指示は、相手にお願いするだけで、判断は任せられる。
命令は、お願いではなく強制で、責任は命令者が背負うことになる。
正直、誰かの命を背負えるほどの自信なんてなかった。力不足にもほどがある。
「所詮、我々は烏合の衆。個々は強くとも、連携は未熟。いずれ、崩れます」
「……そんなことは」
「崩れてからでは遅い。我々には必要なのです。連携の柱となる『リーダー』が」
「でも……」
言ってることは分かる。だけど、同意はできなかった。
内心、申し訳なく思いながら、どう断ろうか考えていると。
「――」
ギリウスはなぜか、拳を構え、迫ってくる。
「えっと……」
一瞬の出来事に、頭は混乱し、体は硬直してしまう。
(いいんだ……これで。殴られるぐらいでちょうどいい)
ただ、思いのほか怖くはなく、不思議と自分の中で納得があった。
「――失礼」
『ガ――ギ…………』
しかし、聞こえてきたのは、優しい声と、骸骨の断末魔だった。
「決断はお早めに。私の意見は伝えましたから、決めるのは、あなたです」
息をつく暇もないまま、迫られる、決断と選択。
答えを曖昧にするのは、時間が、状況が、事態が許してくれない。
命令するか、しないか。上に立つか、立たないか。責任を負うか、負わないか。
肩書きだけのリーダーじゃない。
本当の意味でリーダーになれるかどうかが、問われていた。
「俺は……俺は……っ!」
息が苦しい。声に出すのも辛い。
(責任なんか背負いたくない。従っていた方が楽に決まってる……)
頭に浮かぶのは、否定する要素ばかり。
確かに、変わらないのは楽だ。でも、その先がない。
(だけど、だけど……っ! それじゃあ、リーチェさんには届かないっ!!)
いくつもの壁を越えた先にある、理想の未来を迎えられない。
「――やります! 俺が命令します!!」
だから、決断した。人の上に立ち、責任を負える、リーダーになることを。
「イエスマイロード」
それを待ち望んでいたかのように、ギリウスはお辞儀をし、忠誠を示した。
(やると決めたなら、全力でやらないと)
眦を決し、全ての意識を戦うことではなく、索敵と命令することへ傾けた。
すると、見えてくる。敵の位置、味方の位置、そして、的確な命令の仕方が。
「メリッサ! 5時の方向に敵!」
「――っ!!?」
メリッサは反射的に反応し、糸を背後に放ち、骸骨を切断。
「助かったっす、ジェノさん!」
歓喜の顔を浮かべ、メリッサは礼を述べた。
「礼はあと。危なくなった時だけ命令するから、それ以外は自由に動いて」
縛られることを嫌うメリッサは、これぐらいがちょうどいい。
これまで接してきた彼女の性格を踏まえて、それが最適だと理解していた。
「了解っす!」
後は、他の人も同じように命令していくだけだ。
◇◇◇
コキュートス第一樹層、鏡窟の間、中腹。
「ひひっ、思ったより、楽勝でしたねぇ、兄貴」
駄目だ。我慢しちゃあいたが、伝えずにはいられねぇ。
卵を抱えるルーカスは、笑みをこぼしながら、堪え切れない心情を伝えた。
「……いや、上手く行き過ぎている。どうも、きな臭い」
一方で、隣を歩くパオロに一切の笑みはなく、険しい顔を作っていた。
「いやいや、ここまでくりゃあ、二人勝ちは揺るがないでしょうよ」
前方だけ影が解除されるなんて嘘だった。
退路に影はなく、こうして、二人で逃げられている。
金で雇った冒険者は元より切り捨てる予定。計画通りの展開だった。
「そう願いたいが、警戒は怠るな。何かあったらすぐ報告しろよ」
「へい!」
そう強く返事をした時、体からパキッと骨が鳴ったような音が聞こえる。
「…………っ!?」
すぐに立っていられなくなるが、痛みはなかった。
(なんだ? ……また、なんか引っかけたか?)
卵を置き、足元に目をやると、皮膚が黒く変色していた。
(嘘だろ、おい……。足が変色してやがる……っ! あの骸骨野郎に……)
「どうした? 怪我でもしたのか?」
異変に気付いたのか、パオロは気遣うように問いかけてくる。
(見られてねぇか。こりゃあ、言えねぇよな……)
どうやら、卵が死角になって、あちら側からは見えなかったみたいだ。
「……ちょいと、足をひっかけただけみたいで」
だから、嘘をついて誤魔化すことにした。
「そうか、何かあったら遠慮なく言えよ」
特に怪しまれる様子もなく、時間稼ぎの嘘は通っていく。
「へい、兄貴!」
なんとか嘘が通った。そんなささやかな喜びが声音に乗る。
そこで、洞窟の鏡面に顔が映っていることに気付き、視線を向ける。
(皮肉なもんだねぇ……)
見えたのは、完璧な笑顔を振りまく自分。それと引き換えに、心は死んでいた。




