第30話 最後の一人
冒険者ギルドへ向かう道中。商店街通り。
「ギリウスさんは、どうして三次試験を受けてなかったんですか?」
ジェノは聞きそびれていたことを尋ねていた。
「二次試験の報酬……私が所有していた聖遺物を買い戻すためです」
どうやら、この人も聖遺物使いだったらしい。
使い手が少ないイメージだったけど、勝手な思い込みだったのかもしれない。
「……買い戻す? どういうことっすか?」
そこで会話に入ってきたのは、ミザリーを背負いながら歩くメリッサだった。
「少し身内でトラブルがあり、売却されてしまいましてね」
「災難すね。ここでは珍しくない話っすけど。目星はあるんすか?」
「ええ。問題は資金ですが、試験の報酬を合わせば、買い戻せるでしょう」
やっぱり、この世界には人間関係のトラブルが付き物みたいだ。
どこか親近感を覚えつつ、進むべき方向が同じなことにやる気が湧いてくる。
「良かった……。だったら、後は四人目を探すだけですね!」
「その件なら、問題ないかと」
◇◇◇
冒険者ギルド。
カウンターには小さな手が置かれている。
「駄目ね。この子は冒険者になれないわ」
「ミザ!」
四人目の仲間はミザリーにする予定だった。
ただ、そう簡単にはいかず、マスターに断られてしまう。
「どうしてですか?」
「この子、なぜか、住民情報が出ないのよ。バグかしら?」
おかしいな。ギルドに話を通してあると聞いていた。
だけど、マスターはミザリーの存在自体を知らないみたいだ。
「そんな……。どうにかなりませんか?」
だけど、今は気にしてる場合じゃない。説得する方が生産的だろう。
「子供だし、同行者としてならいいけど、後一人は自力で見つけることね」
同行を認められたのは良かった。
ただ、参加条件は四人以上のパーティ。
ギリウスを加えても、三人。まだ足りていない。
「適当にここにいる誰かを見繕うしかなさそうっすね」
メリッサは辺りにいる、がらの悪そうな連中を見回していく。
「――そいつはできない、相談だねぇ」
すると、席に座っていた無精ひげを生やした中年の男が言い寄ってくる。
「あなたは……」
その顔には見覚えがあった。忘れもしない。
ここで初めて出会い、初めて裏切った人――ルーカスだった。
服は一新され、銀色の軽鎧に、肩掛けベルトと両腰には銃が七丁ほどある。
「俺っちは、ルーカスっつうもんだ。そして、こちらのお方が――」
「僕はパオロ。ただの、パオロだ。……お前たちに少し、話がある」
次に席から立ち上がるのは、金髪で幼げな顔立ちの少年。
以前、追い詰めてきた、追っ手のリーダー格的存在の人物だった。
ローブ姿ではなく、革鎧に身を包み、肩には木製のライフルがかかっていた。
「なんすか? 初対面で、いきなり話って」
面を食らっていると、メリッサが怪訝な様子で、そう尋ねる。
正直、かなり嫌な予感がした。良い知らせだったら、嬉しいんだけど。
「ここの冒険者は全員、買い取らせてもらった。その報告、といったところだな」
しかし、待っていたのは、最悪の知らせだった。
「「――っ!」」
メリッサと同時に、息を呑む。
やられた。先手を打たれていたんだ。
「……」
一方で、ギリウスは怪訝そうに、パオロの顔を見つめていた。
「……どうして、こんなひどいことをするんですか」
理解できない。ここまでの仕打ちをする理由が。
「冒険者同士のトラブルはごめんだからな。先に伝えただけありがたいと思え」
だけど、返ってきたのは、到底納得できない答え。
すごく心がもやもやした。なんでここまで目の敵にされるんだ。
「待つっす。三次試験の攻略なら、うちらも仲間に入れてくださいっす」
「駄目だ。そこの少年をハメたのは僕だ。裏切られる可能性は排除したい」
そこにメリッサが割り込み、当然のように断られていた。
逆恨みで、仕返しされるのを恐れているんだろう。何もしないのに。
「え? そうなんすか? ジェノさん」
「うん。俺が売られたのは、あの人たちのせいなんだ」
「分かったなら、もういいな。仲間を探すなら、悪いが他を当たってくれ」
パオロは止めた足を動かし、周りの冒険者も立ち上がって、去ろうとする。
「お待ちください。あなたは、イギリス王室のパオロ王子ではございませんか?」
そこに、口を挟んでいったのはギリウスだった。
「……違う、と言っても仕方ないか。そうだよ。そのパオロさ。よく分かったね」
その問いに、否定しようとするが、諦めたのか、あっさりと認めていった。
「「――王子ぃ!?」」
予想外の状況に再び、メリッサと声が重なる。
「やはり、そうでしたか。どうして、このようなところへ……」
「赤の他人に話せることじゃないな。――話はそれだけ?」
「はい。お呼び止めして、申し訳ありませんでした」
「……ふん。もう、僕の邪魔をするなよ」
そう言って、パオロは威風堂々とした足並みでその場を去っていく。
当然、他の冒険者もその後を追い、ぞろぞろと部屋を後にしていった。
「敵対心バチバチって感じね。ってなわけで、うちの冒険者は売り切れよ」
「……次の入荷はいつなんすか?」
「三日ぐらい待てば、新しい子が来るかもね」
「うぇ……まじっすか」
「困りましたね」
「三日……」
タイムローンで残った寿命も残り三日だった。
待てば解決するかもしれないけど、三日後には首輪が爆発してしまう。
(寿命を削られたのは、昨日の夕方で、今は翌日の昼。三日はもたない……)
まさに、万事休す。思っていた以上に、事態は深刻になっていた。
「……ちゃ、チャーハン、お、お米、抜きで、お、お願いします」
そこに、おどおどとした、女性の声が、扉の向こう側から聞こえてくる。
(まさか、このタイミングで……?)
期待に胸を膨らまし、ジェノは背後を振り返った。
「――入れ」
強面の門番がそう言うと、扉が開き、現れる。
「あ、合ってた……。あ、あの時、聞いたの、ま、間違いじゃなかったんだ」
絶好のタイミングで現れた、新参者が。
「「「……」」」
同時に、そこにいた全員が、突然現れた女性へ視線を向けていく。
その女性は、短い黒色の髪に、腰には刀を携え、白と黒の巫女服を着ている。
(この人、確か、お昼ご飯を食べてた時にいた……)
「……ひっ、み、見られてる……」
視線に気づいたのか、怯えるように辺りを見回していた。
「あら、いらっしゃい。取って食ったりしないから、こっちへいらっしゃい」
そんな中、中立の立場であるマスターが優しく声をかける。
「は、はいぃ……」
不幸な人は恐る恐る、カウンターまで近寄っていく。
ジェノたちはそれを、獲物を狙うような目線で、待っていた。
――ある一言を。
「あなた、見ない顔ね。何しに来たの?」
「あ、あの……さ、三次試験を、こ、ここで受けられるって……」
そして、語られる。待っていた、一言を。
「話があるんすけど、いいっすか?」
「話があるんですけど、少しだけ、いいですか?」
「お話があるのですが、少々お時間をいただけないでしょうか」
詰め寄る三人は、口を揃えて言った。
まるで、怪しげな宗教の勧誘のように。
「ひぇ……な、ななな、なんですかぁ?」
そんな不幸な人は、不幸にも三人の事情に巻き込まれる形となっていった。




