第29話 都市伝説
「正直、信じられませんね……」
突拍子のない話に、頭がついていかない。
説明されたのは、ダンジョンでミザリーを見つけたこと。
ギリウスがギルドの許可を得て、保護していることの二つだった。
「『洞窟男』という都市伝説をご存知ですか?」
すると、ギリウスは説明を補足するためか、そんな話を切り出した。
「聞いたことないです。……あ、でも、『雪男』だったら知ってますよ」
雪男――雪山の奥深くにいると言われる獣のような人間のこと。
関係があるかは分からなかったけど、もしかしたら、近い話かもしれない。
「『洞窟男』は言わば、『雪男』のダンジョン版といったところです」
「ダンジョンに『雪男』みたいな、未確認生物がいるってことですか?」
「そう思っていただいて構いません。一つ違うのは魔眼の有無でしょうね」
「魔眼……? 神話とかで聞く、あの……?」
一番有名なのは、メデューサが持つと言われる石化の魔眼。
何かしらの異能を秘めた瞳が、魔眼と呼称されているはずだ。
ただ、それは空想上のもの。実在するなんて聞いたことはない。
「ええ。『洞窟男』は黄金色の瞳をした魔眼を持つ存在」
仲良くなったのか、メリッサとじゃれ合うミザリーに視線を送る。
その両目には確かに、きらきらと宝石のように輝く黄金色の瞳があった。
「そして、同じ色の瞳を持つミザリーは『洞窟男』の娘の可能性が高い」
「ダンジョンに捨てられた子が、偶然、黄金色の瞳だっただけなんじゃ……」
「私も同じことを考えました。ですが、彼女のような生き物は存在しないのです」
「どういう意味です、それ」
「精密検査をしたところ、体を構成する元素はケイ素。鉱物と同じでした」
「……っ!!? それって……」
聖遺物と同じ。と喉元まで出かかる。
聖遺物は未知の隕石に、人の魂が宿った異能の兵器。
動物の見た目をしていて、状況に応じて武器や鎧に変化するもの。
元が隕石のせいか、心臓はなく、鉱物に近い存在だと聞いたことがあった。
「まさに、化け物。私がミザリーを『洞窟男』の娘だと推す明確な根拠です」
そこに、畳みかけるように、ギリウスは結論を告げた。
聖遺物と関連性があるかどうかは、今、関係ない。
「ギリウスさんは、ミザリーさんをどうしたいと思っているんです?」
返答次第では、もしかしたら、役に立てるかもしれない。
「あるべき場所に還るべきだとは思います。ですが、私のわがままでしょうね」
思った通りの答えだった。対する返答は、もう決まっている。
「だったら、この子をダンジョンに帰してあげませんか?」
「ふむ。それが、さきほどの非礼のお詫び、というわけですか……」
「無理にとは言いませんし、試験を手伝ってほしいという打算込みですけど」
話を聞く限り、彼も三次試験は受けていないらしい。
一緒に試験を受けてもらう名目としては、いい落としどころのような気がした。
「失礼ですが、お二人は、ダンジョンを探索された経験はございますか?」
「……ないと思います。今日、冒険者登録したばかりなので」
「ミザリーを同行させ、不慣れなダンジョンを攻略し、元の場所へ還すと……」
意見を端的にまとめられ、気付く。相当、無茶なお願いしているということに。
「厳しそうですね。ダンジョンのことよく知らないですし、今のは――」
そう自覚した途端、急に自信がなくなって、発言を撤回したくなる。
「――面白い」
しかし、返ってきたのは色よい反応だった。
「……え?」
断れると思っていたせいか、思わず聞き返してしまう。
「素晴らしい提案です。ぜひ、お願いしたい」
だけど、どうやら、聞き間違いじゃなかったみたいだ。
「いいんですか? 自分で言うのもあれですが、両立できるか分かりませんよ」
「だからこそ、面白いのではありませんか。困難な壁こそ乗り越える価値がある」
興奮冷めやらぬといった様子で、ギリウスは熱弁する。
「……」
正直、この展開は望んでいたし、都合が良かった。
三次試験の人数集めにもなり、メリッサの罪滅ぼしにもなっているからだ。
(本当にいいのかな、これで)
ただ、これまでの経験から、一抹の不安を覚えてしまう。
これまでは、すんなり話が進む度に、良いことが一つもなかった。
確証はないが、もしかしたら、今回もまた、裏切られてしまうかもしれない。
「それとも、断った方が、よろしかったですか?」
そう考えていたところに、ギリウスは顔色をうかがうように尋ねてくる。
「……いいえ。良かったら、俺たちの仲間になってもらえますか?」
不安を振り払うように頭を横に振り、尋ねる。
裏切られることを考えても意味がない。今は前を見よう。
「ええ、喜んで」
こうして、バーテンダー、ギリウスが仲間に加わった。




