第28話 謝罪
ショットバー。看板には『サンサイド』と書かれている。
木造りのカウンターに六席の椅子。そして、背後には大量のボトル。
淡い照明に照らされ、飾られるボトルを背に、ギリウスはグラスを入念に磨く。
「ミザ!」
拭き終わると、活気いい声と共に、新しいグラスが足元から手渡される。
そこには白い髪に白いワンピースを着た黄金色の瞳の少女――ミザリーがいた。
「今日はいつになくご機嫌ですね、ミザリー」
一切の混じり気がない純白の髪をなでる。
「ミザミザ~」
猫が喉を鳴らすように、彼女は応える。
「……そろそろでしょうかね」
なでる手を止め、ちらりと入口を確認する。
「ミザ?」
その行動を不思議に思ったのか、ミザリーは首を傾げていた。
「噂をすれば影、ですね」
人影が扉の前に差し、からんころんと音が鳴り、来店を知らせる。
「いらっしゃいませ」
来店したのは、見覚えのある黒髪の少年と、見覚えのある紫髪の女性。
これから、この二人が、どんな物語を紡ぎ出すのか。愉しみで仕方がなかった。
◇◇◇
「開店前にすみません。ギリウスさん」
一礼し、開店前に来店した無礼を詫びる。
「……」
一方で、メリッサは気まずそうに目を逸らしていた。
「とんでもありません。それより、何かお飲みになりますか?」
「おかまいなく。ここには、別の理由で来ましたから。ね? メリッサ?」
そう言って、視線を送ると、こくりと、短く頷き、小さく反応を示していた。
(まったく……さっきまでの威勢の良さはどこにいったんだよ……)
あまりの反応の悪さに幸先が不安になってしまうけど、信じるしかないだろう。
「先ほどのことなら、気にしておりませんよ。ここでは、よくあることですし」
謙虚なのか、心が広いのか。ここまで優しい人はめったにいないだろう。
「駄目です。それで許されても、この子のためになりませんから」
それでも、ジェノは背中を軽く押し、メリッサに謝罪するよう促した。
メリッサ自身が、謝ろうとする気持ちがないと、謝罪に意味がないからだ。
「……さっきは悪かったっす」
すると、メリッサは素直に頭を下げ、先ほどの無礼を詫びる。
まずは、謝罪。ここに来る前に、話し合って決めたことの一つだった。
「いえ、こちらも不快な思いをさせてしまったようで、申し訳ありませんでした」
謝罪を受け入れ、さらには、悪くもない否を詫びる。
礼儀正しい紳士を通り越して、品性が磨き抜かれた聖人のようだった。
「……」
ただ、メリッサは視線を右往左往させて、困っている様子。
「はぁ……」
あまりの不甲斐なさに思わず、ため息が出る。
(仕方ない。自分から謝れただけでも、今回はよしとしよう)
そう自分を納得させ、一肌脱ぐことにした。当然、メリッサのために。
「あの、お詫びに何かできることはありませんか?」
トラブルを金で解決するのはよくある話だが、金で解決するのは何か違う。
その違和感を元に考えたのが、お金での解決ではなく奉仕という選択だった。
「そのお気持ちだけで十分です。謝罪もしていただけましたしね」
しかし、何を言っても無駄だと思わされるほど、丁重に断られてしまう。
(困ったな。帰ることもできるけど、それじゃあ、こっちの気が済まない……)
何かないかと考えるけど、答えはすぐに出ない。訪れるのは沈黙のみだった。
「――ミザっ!!」
そんな沈黙を破り、発せられたのは、誰でもない第三者の声だった。
そして、カウンターからは白髪の少女が現れ、一直線にメリッサの方へ向かう。
「――むがっ!」
「――みざっ!」
飛んだ勢い余って、二人は頭をぶつけ合っていた。
「あ~う~」
「み~ざ~」
見事に二人とも頭をふらふらとさせ、目をぱちくりさせていた。
「えっと、え……?」
「しまった、目を離した隙に……」
頭が追いつかず動揺していると、ギリウスはあからさまに取り乱していた。
「あの……。この子は、一体……」
「お気になさらず――と言っても、無理があるでしょうね」
いったんは誤魔化そうとしていたけど、諦めたのか首を横に振る。
「これからする話は、他言無用でお願いしたいのですが、よろしいですか?」
そして、包帯を巻いた上でも分かる、神妙な面持ちで尋ねてきた。
話すに値する誠意か、覚悟を見せろ。と暗に言っているのかもしれない。
「もちろんです。死んでも言いませんから!」
だから、きっぱりと言い切った。それが、相手が求める回答だと信じて。
「……」
だけど、返ってきたのは、重苦しい沈黙だった。読み違えたのかもしれない。
「ギリウスさん?」
「……覚悟は伝わりました。お話ししましょう」
仕切り直すようにして、ギリウスは語り出す。
「彼女の名はミザリー。ダンジョンで生まれ育った住人です」
謎の白髪の少女――ミザリーの存在と、その背景を。




