第25話 冒険者ギルド
酒場二階。木造りの一本通路。
壁と窓が続き、突き当たりの右手には鉄の扉があった。
「で、ここに、一体、なにがあるんすか?」
ひょこひょこと歩いてきたメリッサはそう尋ねてくる。
「まぁ、見てたら分かるよ。――チャーハン米抜きで、お願いします」
説明するより、とにかく、やってみた方が早い。
だから、先ほど聞いた合言葉をそのまま扉に向けて話した。
「くくっ、なんすか、それ。扉に話しても意味ないっすよ」
「意味があったら、どうする?」
「そうっすねぇ。一度だけなんでも言う事を聞く権利をプレゼントするっす!」
安い提案に対しては、破格の条件だった。
「乗った!」
そうなったら、乗るしかない。勝てる自信があるからだ。
「……入れ」
すると、いいタイミングで渋い声が聞こえ、扉はゆっくりと開かれる。
扉の奥には、ごつい鉄製の鎧を着た、スキンヘッドの中年男性が立っていた。
「あぁ、もう、なんでいつもこうなるんすか……っ!!」
◇◇◇
扉の奥は、一階と同じような構造の酒場だった。
奥には横長のカウンターと、いくつかのテーブルと椅子。
席はほぼ埋まっていて、昼間なのに、酒を飲んでいる人が多かった。
そして、そのほとんどが首輪をつけていて、何かしらの銃火器を所持していた。
(空気が重い……。一階とは雰囲気が明らかに違う)
刺すような視線を浴びながら、ジェノはメリッサと共に、カウンターを目指す。
「あらん、いらっしゃい。肝が据わった人と、肝が小さそうな人が来たわね」
カウンターには、オカマ口調の中年男性がいて、声をかけてきた。
男性は赤いアフロ髪に、白塗りの顔で、モノクロのピエロ服を着ている。
「初めまして。俺はジェノ。こっちは、メリッサって言います」
個性的過ぎる相手に、面を食らいながらも、挨拶をしていく。
「ご丁寧にどうも。礼儀正しい子ね。私のことはマスターって呼んでねん」
良かった。思ったより、まともな人みたいだ。
「あの、ここって、一体――」
ただ、念のため、波風を立てないように、慎重に話を切り出そうとする。
「ここは冒険者ギルド。アナタたちは依頼する側とされる側、どっち?」
そうして、マスターから語られるのは、試験とは関係なさそうな事だった。
「どっちでもねぇっすよ。試験のことについて聞きに来ただけっす」
「試験? なんのこと? うちにも守秘義務っていうものがあるからねぇ」
「へぇ……とぼけるんすね。だったら、その口、力ずくでも開かせるまでっすよ」
考える暇もなく、メリッサはトラブルを引き起こそうとしていた。
「……待って。俺たちを依頼される側、冒険者にしてもらえませんか?」
三次試験はとあるダンジョンを四人以上で攻略せよ。
ダンジョン、と言えば、冒険者。冒険者、と言えば、ギルド。
そんな連想から、当てずっぽうだったけど、試す価値のある発言をしてみた。
「へぇ、話が分かるじゃない。そこのカウンターに手を置いてもらえる?」
見るからに話が進んでいる。このやり方で間違ってなかったみたいだ。
「なんで言う事を聞かないといけないんすか」
ただ、一方で、メリッサは不服の様子。
仕方ない。口論する時間もないし、アレを使うか。
「さっきもらった権利を使うよ。だから、言う事を聞いて」
「んなっ!? そんな簡単に……」
「なんでも言う事聞くんでしょ? あれは嘘だったの?」
「……あぁ、もう分かったすよ。言う事を聞けばいいんすよね、聞けば!」
吹っ切れたようにメリッサはカウンターに手を置き、ジェノもそれに続いた。
「はい、おめでと。これでアナタたちは、冒険者の一員よ。歓迎の拍手」
雑な紹介と共に、パチパチとやる気のない拍手が響く。
それを気に、刺すような視線はなくなったように感じた。
「じゃあ、早速ですけど、ギルドの説明を聞いてもいいですか?」
これで、問題なく本題へ入ることができそうだ。
「もちろん。まずは、ダンジョンのことから説明させてもらいましょうか」
◇◇◇
「――以上がダンジョンとギルドの概要よ」
マスターの説明が終わり、
「この世界にはダンジョンが存在していて、ギルドに所属する冒険者が依頼を受け、ダンジョンに出向き、そこでしか取れないアイテムの回収や、魔物を退治して得た素材を依頼主に渡す。それが、一連の流れってことでいいですか?」
今までの話をジェノは要約していった。
「そゆこと。そして、今、送ったのが、依頼表よ。目を通してちょうだい」
マスターはカウンターをスワップするように、指でなぞる。
すると、こちら側のカウンター上には、文字が浮かび上がっていた。
「いや、知りたいのは、依頼じゃなくて、試験のことなんすけど」
「たぶんだけど、依頼の中に試験に関係するものがあるんじゃないかな」
確信は持てずとも、ある程度の自信があった。
そうして、ジェノは画面を指で移動させ、ある依頼に目星をつける。
依頼主:ナガオカ・ミア
依頼内容:魔物の卵の回収
目的地:コキュートス第三樹層
募集要項:最低四人以上のパーティ
と書かれ、その下には、一人辺りの報酬額などが表示されていた。
ポイントは最低四人以上のパーティ。この条件の依頼は他に見当たらない。
「ほら。これとか条件がピッタリだ。見てよ、メリッサ」
何の気なしに横にいるメリッサに話を振ると、
「――っ」
唇を強く噛み締め、画面をものすごい形相で睨んでいる。
「すごい顔してるけど、大丈夫?」
なんだか心配になって、肩に手を触れようとする。
「――触んなっ!!!」
初めてだった。メリッサが敬語を使わないのも、拒絶されるのも。
「……え」
心の時間が止まったかのように、何も考えられなくなる。
何が起きたか、理解できなかった。何が起きたか、理解したくなかった。
「探さないでくださいっす。うちに近寄ったら、問答無用で殺すんで」
脳が感情を処理できないまま、メリッサは冷たく言い放ち、去っていく。
「――待ちなさい」
そんなメリッサを止めたのは、マスターだった。
「嫌っす。今、機嫌が悪いんすよ。見て、分からないんすか?」
「一つ、言い忘れたことがあってねん。アナタの命に関わることよ」
「……ちっ、だったら早く説明するっす。うちの機嫌が変わらない間に」
「冒険者同士の殺しはご法度。これが冒険者の唯一にして、絶対のルールよ」
「……破ったらどうなるんすか?」
声を出せないまま、会話は流れ、メリッサは尋ねる。
条件次第でルールを破ってやってもいい、とでも言わんばかりに。
「アタシたちがアナタを殺す」
マスターは片手を上げると、冷たい金属音が、幾重にも重なる。
気付けば、周りにいた冒険者たちは、一斉にメリッサへ銃口を向けていた。
(まずい……。止めないと)
そう思うけど、体も口も動かない。
嫌な緊張感が場に張りて詰めていく中、
「……はぁ。面倒なルールっすね。追って来ないなら、何もしないっすよ」
メリッサは諦めたようにそう言って、足早に去っていった。
当然、すぐにその背中を追いかけようとする。――だけど。
「悪いことは言わない。あの子とは、縁を切った方がいいわ」
マスターに肩を掴まれ、止められる。
軽く手が乗ってるだけなのに、体はまるで動かなった。
「…………放してください」
「理由次第ね。アタシを納得させてみなさい」
マスターの気持ちは分かる。
同じ立場だったら、きっと同じことをするだろう。
「事情も聞かずに仲間を見捨てるクズには、死んでもなりたくない」
だからこそ伝えた。殺されるとしても、向かわなければならない理由を。




