第23話 スリーオブチョイス②
「さて……。面倒じゃが、後片付けをせんとのぅ」
店主は崩れた棚の方へゆっくりとした足取りで向かう。
そして、棚の木片を手でどかしながら、ふと違和感に気付く。
「なぜ、血が飛んでおらん。確かにやつの頸動脈を……」
手応えは確かにあった。
ただ、それなら、店内は血にまみれているはず。
「ごほっ、ごほっ……。良かった……まだ首、繋がってる……」
すると、ガタンと音を立て、棚の残骸から出てきたのは褐色肌の少年だった。
「……なぜ、生きておる」
少年に目立った傷はなく、首もきちんと繋がっている。
あり得ん。確かにこの手で、首を叩き切ってやったというのに。
「はいか、いいえか、分からない、で答えた方がいいですか?」
その回答はある種の意趣返しだった。
「……この、ガキ」
腸が煮えくり返りそうになる。
ただ、手を出した手前、怒るに怒れない。
「冗談です。実はメリッサ特製のこの手袋。刃物にすっごく強いんですよ」
そんな見せかけの脅しに動じない少年は、両手の白手袋を見せ、自慢げに語る。
「まんまと乗せられた、というわけか。……なぜ、こんな無茶をした」
首を狙われるのは分かっていた。
だから、防刃性がある手袋で首だけを防御した。
理屈は単純明快。じゃが、理由がなければ、狂人以外の何者でもない。
「あれをみれば、すぐに理由は分かると思いますよ」
指を差した場所――カウンターには金色の宝箱。残りは、地面に落ちていた。
「……っ」
浅く息を呑んでしまう。
それはドスの踏み込みの際、残った物。
「今、しまった、という顔をしましたね。だったら選ぶのはこの金の箱です」
その表情の変化を見て、少年は金の箱に鍵を差し込み、回していった。
「……負けたよ。お前さんの、勝ち。二次試験合格じゃ」
◇◇◇
店主の残念がる声と共に、かちゃりと宝箱が開く。
「……やっぱり、思った通りだ」
中にあるのは真紅の右手甲と、一丁の自動拳銃。
前世の武器。〝悪魔の右手〟とグロッグ17カスタム。
非殺傷用仕様の通常弾薬と、赤、青、黄の特殊弾薬が見える。
そして、両腰に装備するための黒革の専用ホルスターも入っていた。
「無意識で当たりを避けると踏んだわけか」
「中身を破損させたら、試験官失格だと思いますから」
「立場を逆手に取ったか。見事じゃが……その勝ち方、感心せんな」
店主は、褒めながらもその表情は険しい。
「どうしてですか?」
「……もし、斬られたのが夜なら、お前さん、死んでおったぞ」
白鞘に収まるドスを懐にしまった店主は、鋭い目で言った。
(嘘でも、ハッタリでもない……。たぶん本当なんだ……)
にわかに信じられない話だった。でも、信じてしまうほどの凄みを感じた。
「仮にそうだとしても、勝ちは勝ちですよね?」
ただ、結果として、死んでないし、勝っている。
そういう可能性は受け止めつつも、納得はできなかった。
「目的のためでも手段は選べ。今のわしみたいになりとうなかったらな」
手段を選ばずに勝ちにいったから、店主は負けた。
立場が逆になっていた可能性だって、十分すぎるほどあったんだ。
「……肝に銘じておきます」
素直に反省し、助言を重く受け止めながら、報酬を身につけていく。
「とまぁ、ここまでは負け惜しみじゃ。……こいつを受け取れ」
すると、急に優しい顔になった店主はカウンターの中を探る。
そして、そこから紫色の草を取り出し、こちらに手渡してきた。
「これは……?」
「変化草と言ってな、思い浮かべた相手に三分ほど姿を変えられるものよ」
「どうしてくれるんです?」
「背中を押してもらったお礼じゃ。年甲斐もなく挑戦してみたくなったからのぅ」
「そういうことなら、ありがたく受け取っておきます!」
「そうせい、そうせい。さて、次の三次試験の内容じゃが――」
そんなジェノを見て、満足げな店主は、次に、試験の詳細に触れようとする。
「とあるダンジョンを四人以上で攻略せよ、ですよね」
でも、それはすでに知っている。二度手間になると思い、早めに切り出した。
「なんじゃ、知っておったのか」
「ええ。二次試験に一度、立ち合ったので」
「ふむ、成程のう。であれば、次は酒場に寄ってみるとよい」
事情を説明すると、さらっと、重要そうなことを、店主は言った。
「あー、今の聞かなかったことにしておきますね」
「見かけによらず気が利くのぅ。ぜひ、そうしてくれ」
「では、俺はこれで」
「うむ、達者でな」
短く別れを告げ、そのまま立ち去ろうとする。
「あ、最後に、店主さんの名前を聞かせてもらってもいいですか?」
ただ、次に会う日には店主じゃなくなってるかもしれない。
だから、足を止め、そう尋ねた。ここだけの関係にしないためにも。
「それは、質問か?」
「はいか、いいえか、分からない以外でお願いします」
「ふっ……。わしの名はヤスケ。『夜』に『助ける』と書いて『夜助』じゃ」
店主――夜助の名を聞き届け、前に進む。
心置きなく、次の試験を乗り越えるために。
【寿命――残り54時間】




