第19話 決着
コツ、コツ、とヒールを鳴らし、近付いてくるのは、メリッサ。
「こんな偶然もあるもんすね。まさか、ほぼ同時なんて」
清々しい顔をして話しかけてくる相手に、言いようのない苛立ちを感じる。
「……歪めてやる。勝って、その顔も、態度も、ぐちゃぐちゃにしてやる」
どうせ、負ければ他のやつと同じになる。
そう言い聞かせ、悪態をつくことで、反吐が出そうな思いを我慢した。
『お待たせしました。結果の方を発表させていただきます』
それも終わる。これ以上、不快な思いもしなくて済む。
そう考えれば、胸のもやもやが少しだけ晴れて、ただ、結果を待った。
『出目は1。ベットは1。よって、ただいまの勝負、メリッサ様の勝利です』
でも、返ってきたのは、敗北という最悪の結果と、予想とは違う数字だった。
「……はぁ? 待って、あり得ないっ! どうして1なのよ!!」
納得できるはずがなかった。
ベットが0で、相手が早くて負けたなら、分かる。
でも、よりによって1。自分の手で間違いなく入れた数字だった。
『勝敗は決しました。報酬を渡しに参りますので、そちらでお待ちください』
だけど、そんなわがままは通らない。ゲームの進行を管理するエレナには。
「なんなのよ、もう……。負けを認めるしか、ないっていうの……」
そこで、糸が切れた。心のどこかでは、分かっていたのかもしれない。
もう、負けたって。結果は決まってるって。やっと、肩の荷が下りたんだって。
「……」
一方で、メリッサは何も語らない。
粋がって勝ち誇られる方が、まだ良かった。
言った通りになった、と罵ってくれた方が良かった。
「……どうして、あたしは負けたの」
こんな屈辱耐えられない。だから、尋ねた。この敗北を受け入れるために。
「一発アウト。この言葉に聞き覚えはないっすか?」
「確か、同伴者の発言を禁じた後に……。いや、それって……」
口にしながら、鳥肌が立った。一発アウトの裏の意味を理解してしまったから。
「あれは『1を外せ』って、ジェノさんに伝えていたんすよ」
メリッサとジェノの好きな数字である0と1。
この数字になるのは事前に盗聴していたから分かっていた。
それを踏まえた前提の、本来なら二人にしか通じないヒントだったんだ。
「……待って。じゃあ、どうして、最後は1を外さなかったの」
だから、余計に分からない。
意思疎通が取れない状況で、合わせられた理由が。
「ジェノさんには『相手の立場で考えれば答えは見えてくる』と伝えておいたっす。二投目に1を外して勝てなかった時点で、あんたの立場なら、最後は0だと思い込む。うちの立場なら0を外して欲しいと思う。そこまで考えたはずなんすよ」
1を外せは、二投目で賞味期限が切れた。
だから、次のフェイズに二人は移ったってところ。
「ピンチを装ったのも、馬鹿なフリをしてたのも、全部演技だったってわけ?」
侮っていた。頭の切れるやつだと見抜ければ、警戒できたのに。
「いやぁ、うちって、基本は馬鹿っすけど、死んだら頭が冴えるんすよ」
「はぁ? 死んだ後に頭が冴えても手遅れでしょ」
「実は、うちの無意識に取る行動は大体、都合のいい布石になってるんすよね」
「なに、それ……」
納得というより、呆れが勝ってしまう。
寸前まで本人が理解していなかったのなら、見抜けるはずがなかった。
「とにかく、約束通り、支配人は辞任してもらうっすよ。後任は――」
◇◇◇
負けたことに踏ん切りがついた、数分後。
巨大ルーレット上には、赤い小箱を持ったエレナとジェノがいた。
「以上が三次試験の説明です。次に勝者であるメリッサ様に報酬を贈呈します」
説明を終えたエレナは小箱をメリッサに手渡していく。
「……これは、指輪っすか?」
宝箱を開け、そこに入っていた紫色の指輪だった。
メリッサはその指輪を珍しそうなものを見る目で眺めている。
「はい。呪いや魔を払う、破邪の指輪。邪遺物と呼ばれるものでございます」
「へぇ、邪遺物って確か、ダンジョン産の――って、あっつ!」
感心しながら、指輪を掴んだメリッサは、熱がりながら指輪を落としていた。
「大丈夫!? メリッサ」
メリッサを気遣うジェノをよそに、
「……あれ? これ、そんなに熱くないはずなんだけどなぁ」
エレナは落ちた指輪を拾い、不思議そうに見つめていた。
「能力と体質の問題でしょ。能力を解いたら身に着けられるんじゃない」
不死とは、伝統や言い伝えを聞く限り、魔を構成する要素の一つ。
聖遺物の能力とはいえ、今のメリッサの体は、通常の人間とは異なる。
恐らく、その体に指輪が反応しているのだと、セレーナは推察していた。
「体質の問題っすか……。ん~だったら、いらないっす」
少し悩んだ末、顔をしかめながらメリッサは拒否反応を示していた。
「はぁ? ダンジョンのレアドロで、ビルが建つほど高価なんだけど?」
「高価でも使えなかったら意味ねぇっす。代わりの物が欲しいっす」
「だったら、俺がメリッサの代わりに預かっておくよ。必要になったら返すから」
険悪な空気が流れる中、ジェノが折衷案を提示していった。
「……まぁ、ジェノさんがそこまで言うんだったらいいっすよ」
それで話がまとまり、支配人としてのやることが今、全て終わった。
「エレナ、ちょっといい?」
「な、なんでしょう……?」
言葉遣いの件を責められると思ったのか、エレナはおどおどしている。
「あたし支配人辞めるから、代わりにセレーナ商会をお願いね」
「――――ええええぇえぇええええぇぇぇえぇえええぇぇえええっ!?」
割れんばかりのエレナの甲高い声が響き渡る。
二人の運命がルーレットのように大きく回り出した瞬間だった。
【寿命――残り64時間】




