双子聖女〜お転婆な妹は騎士に恋をする〜
「お姉様、危ない!」
教会内の庭に出た所で、ナイフを持った男が突如として姉のリーナに襲いかかった。
妹のリースは、即座に身体を反応させて、男の手を掴んだ。
「リース!!」
静止する姉を後ろにやり、リースは男と対峙した。力で敵うはずもなく、掴んだ手はすぐに振りほどかれてしまった。
男はナイフを持ち直すと、ニヤリと不気味に笑った。
(お姉様に手出しはさせない!)
リースは護身用の剣を抜くと、正面に構えた。
「うおおおお」
ナイフを持った男が、一直線にリースをめがけて走ってきた。しかし、それはリースにとっては単純な動線だった。
振り上げた男のナイフを自身の剣で切り上げると、それは簡単に地面に落ちた。
「観念なさい!」
男の喉元に剣を付きたて、男が降伏する頃には、ようやく護衛の騎士たちが慌ててやって来た。
「聖女様! ご無事ですか!」
(まただわ。護衛は何をやっているのかしら。)
リースは遅れてやって来た騎士たちに男の身柄を渡しながらも、幾度となく繰り返すやり取りに辟易としていた。
「リース!! また無茶をして! 女の子なのに!」
騎士たちに囲まれる中、姉のリーナはリースを涙ながらに抱き締めた。
リーナとリースは双子の聖女だった。
二人はそっくりだが、姉のリーナはストロベリーブロンドの髪を長く伸ばし、妹のリースは肩くらいの短さに切っていた。だから見間違う者はいない。
姉は『聖母』と言われる程、温厚で皆に慕われる、聖女そのものの様な人だった。一方の妹は、お転婆。聖女業よりも身体を動かすのが好きで、剣術を極めていた。
最初は好きでやっていたが、聖女の仕事が増える程に命を狙われるようになり、姉も自身の命も守ろうと、リースは増々腕に磨きをかけていったのだ。
「私は剣術の方が得意なので、聖魔法が得意なお姉様と役割分担出来て良いと思っています!」
「リースったら……」
得意そうな妹に、姉は困惑した顔を向けた。
実際に、姉は癒やしや浄化といった聖魔法に優れていて、この国に欠かせない聖女だった。
妹も聖魔法は使えるものの、姉ほどの力は無く、自分は姉を守るのが役目だと考えていた。
実際には、姉ほどでは無いにしろ、妹の聖魔法も充分な物だったが、姉と比べられてきた妹は、聖女に関しては自己評価が低かった。
そんな妹を姉も心配していて、妹の力を肯定し続けたが、小さい頃からのコンプレックスに、リーナの言葉もリースには届かずにいた。
「それより……護衛なのに常に側にいないのは問題ではありませんか?」
リースはジロリと護衛の騎士たちに向かって言った。
騎士たちは常に一緒に行動はしておらず、教会内では待機所で暇を持て余していることをリースは知っていた。
外に出る時は流石に護衛の仕事をしてくれるが、教会内では何かないと動かないのが、この騎士たちだった。
「我々は教会内での見回りがありますので」
「こうして賊が侵入していますが?」
しれっと答える騎士に、リースもすかさず畳み掛けると、彼はグッと黙ってしまった。
「教会内でもこうして襲われるようになったのですから、姉だけでも常に護衛をお願いします!」
何度目かわからない懇願をリースは騎士の責任者にした。そうして決まってこう言われるのだ。
「我々にも仕事があります。それに貴方がいるのだから大丈夫でしょう」
(護衛をするのが仕事ではないの?!)
騎士の冷たい言葉にリースは憤った。
この国は、皇帝と教皇が力を持ち、派閥が二分されている。
聖女の力を民衆に惜しみなく与える教皇は人々に支持されていた。それを皇帝は面白く思っておらず、教会とは仲が悪い。
そして教会に騎士を派遣しているのが国であり、皇帝である。外聞のためにそうしているのだが、わざと皇帝派の騎士たちを派遣し、教会に牽制を取っていると言っても良い。
騎士たちの傲慢な態度も、それによるものだ。
ただ、リースと余計に拗れた原因は、一度だけ彼らの訓練に参加した時のことにある。
幼い頃から師に剣術を学び、今でも腕を磨き続けているリースに、訓練に参加しないかと誘ったのは、騎士たちである。
女で、しかもいがみ合う教会側の聖女が剣を持つことを馬鹿にしていた彼らは、呆気なくリースに負けてしまい、それからは増々、リースたちから遠ざかるようになったのだ。
「そんなの国民には関係無いのにね」
リースは早々に立ち去って行った騎士たちを見送りながら、溜息をついた。
「大丈夫よ、リース。この国は変わろうとしているわ」
(そうであっても無くても、私はお姉様を守るだけだわ)
姉の言葉にうなずきながらも、心の中ではよりいっそう強くなることをリースは決意するのだった。
◆
「脅迫状ですって?!」
いつもの鍛錬を終え、汗を拭いていたリースは神官からの報告に驚いた。
「今度の豊穣祭で祈りの聖女を殺すとありました」
(今度の豊穣祭!)
豊穣祭とは、国をあげての大掛かりな祭りだった。毎年、豊穣を願い、感謝する祭である。
城下町には多くの屋台が並び、賑やかになる。この日ばかりは、国も教会も関係無い。国は民衆のために祭を仕切り、教会からも聖女の祈りが捧げられる。
(お姉様は祈りの儀式に出席されるわ……)
広場の中央に立派な祭壇が設けられ、姉のリーナはここ数年、聖女代表として祈りを捧げる役目を担っていた。
祈りを捧げるのも聖女の仕事だが、その後の教会による無料診療が民衆の間では人気だった。教会の聖女が総出でそれにあたり、もちろんリースも参加していた。
(祈りの聖女はこの国一番の聖女がやるのよ。だからあの脅迫状はお姉様に来たと同じこと……)
「騎士の方々が、我々に任せておけと言っていますが……」
神官は語尾を濁した。最近の教会内での事件は神官たちも知っており、大事な聖女が危機に晒されて不安視している。だからこそリースにこの話を報告に来たのだろう。
(あの騎士たちにお姉様の護衛を任せるなんて不安しかないわ)
それはリースも同じだった。だからこそ、リースはある名案を思いついたのだった。
◆
「リーナ様、お時間です」
「わかりました」
豊穣祭当日。リースは、騎士の呼びかけに、姉のようにつつましく答えた。
そう。リースの名案とは、姉と入れ替わること。姉には大反対されたが、何とか押し切ったのだった。
ストロベリーブロンドのロングヘアのカツラを被り、聖女のローブを纏うリース。そっくりな双子のため、黙っていれば姉そのものである。
騎士たちに連れられ、リースは豊穣祭の広場へと向かった。
姉のリーナは、祭壇近くの関係者席で同じ服装、マントで全身を覆い、待機している。周りを神官で隠すように囲んでいるため、目立たない。
祈りの儀式の前に、そこで姉と入れ替わる予定だ。広場へ行くまでの道のりが一番心配だったためにリースは入れ代わりを実行した。
儀式には国王も参加するため、そこまで行けば安全だと考えていたのである。狙われるなら道中であろうと。それならあえて囮になろうと。
そのリースの考えは当たった。
広場まで目前、というところで、剣を持った男が現れたのである。
「聖女、お命頂戴する!」
男が剣を抜いたことにより、辺りが騒然とする。
多くの者が悲鳴を上げ逃げていく中、護衛の騎士たちは一応、任務を全うしようとしてくれていた。
しかし、その男の腕前が良く、次々に騎士たちは倒されていった。
(任せておけと言っておきながら、この体たらく!)
リースはローブに隠していた自らの剣を抜き、構えた。
「なっ……」
聖女が帯剣をしていて驚いたのであろう。男は一瞬おののいた。
リースはその隙を付き、男に剣を振り下ろした。
男は剣を受け、薙ぎ払う。
(咄嗟の判断……出来る!)
リースがそう思うと、次は男が剣を振り下ろす。受け止めるも、重い一撃に、リースは歯を食いしばった。
男と何度か打ち合うと、リースは聖魔法で目くらましをした。
「うっ!」
男が目をつぶったうちに、リースは彼を峰打ちにした。
「ふう」
男を倒し、リースが辺りを見渡すと、人々は逃げ出し、すっかりガランとしていた。男を縛り、倒れていた騎士たちに治療魔法をかけようとした時、リースは腕を掴まれた。
護衛をしていたうちの一人の騎士だった。
「油断したな」
騎士は男の仲間だった。
(なっ……騎士に紛れ込むなんて……! 騎士団の保安対策はどうなっているのよ!!)
リースは憤ったが、遅い。
手を掴まれ、剣を奪い取られてしまった。
腕力で来られると、流石のリースも敵わない。
「貴方に恨みは無いが、皇帝のために死んでくれ」
剣を首元に突きつけられ、リースはついに観念した。
(もうダメだ……! お姉様、ごめんなさい……!)
リースがギュッと目をつぶったとき、「ぎゃっ」という男の声と共に、彼女を押さえつけていた手が開放された。
「ご無事ですか、聖女様」
リースがそろりと目を開けると、そこには逞しい体躯の騎士が立っていた。
青い髪をたなびかせ、力強い黒い瞳に、リースは一瞬魅入ってしまった。
(素敵な人……)
「聖女様?」
騎士の言葉に、今自分は姉のフリをしているのだとリースは我に返った。
「は、はい。助けていただきありがとうございました」
「私は、第一王子殿下の命の元、貴方を守りに来ました。」
(殿下の……? 国と教会は仲が悪いのに?)
リースは、騎士の言葉にポカンとしたままその場で固まってしまった。
それを見た騎士は、フッと優しく笑うと、リースに手を差し出した。
「私は味方です。安心してください。殿下から聞いておりませんでしたか?」
「……?」
(まるでお姉様と殿下が知り合いのような言い方)
リースは増々、騎士の言葉に疑問を持ったが、彼から悪意は感じられない。
散々悪意に晒されてきたリースは、自分の勘には自信があった。
リースはあえて何も言わず、姉のようにニッコリと女神の微笑みで返した。
「失礼いたしました。名乗っておりませんでしたね。私は、騎士団で団長を務めております、カイルと申します。」
「カイル様」
リースはそれだけ言うと、またニッコリと微笑むだけだった。
カイルはそれを見て、同じようにニッコリと返した。
それからは、彼の部下がやって来て、賊を連行し、リースは彼に広場まで送ってもらったのだった。
この騒ぎは第一王子殿下により、早々に治められ、豊穣祭はつつがなく行われた。
姉のリーナによる祈りの儀式が行われたが、そこには皇帝ではなく、ベルグ第一王子が参加をしていた。
(あの方がベルグ第一王子殿下……)
過去の豊穣祭は皇帝が参加していたため、リースが王子を見るのは初めてだった。
(金髪碧眼で絵に描いた様な美しい方)
儀式で並んだ姉と王子を見て、リースは二人が美男美女のお似合いだと思ってしまった。
(仲が悪い間柄なのに私ったら。でも、どうして殿下はお姉様を守る命をくださったのかしら)
リースは先程のことを考えていると、脳裏にカイルのことが思い出された。すると、みるみる顔が赤くなっていく。
そこらへんの男より腕が立つリースにとって、初めての経験だった。
儀式が無事に終わり、リースは無料診療の場に参加していた。
「はい、終わり」
「ありがとー!」
子供を診たリースは治療を終えると、お礼を言って走っていく男の子を、優しく見送った。すると。
男の子が走って行った先には、先程の騎士、カイルがいた。
男の子はカイルにぶつかり、転んでしまった。
(うわあ……!)
泣き出した男の子をハラハラと見守るリース。
すると、カイルは大きな手で男の子を抱えると、優しく撫でた。その笑顔は優しい。
リースは胸が高鳴るのを抑えきれず、彼に見つからないように陰からそっと見ていた。
カイルは泣き止んだ男の子を下ろして、別れを告げると、向こうに歩き出して行った。
(あ……!)
リースはリーナのいるテントの方に目をやった。
リーナは大人気で、忙しくしている。
それを確認したリースは、急いでカツラを被り、カイルを追いかけた。
「カイル様……!」
「……!」
カイルは目を大きくして驚いていた。
「突然申し訳ございません。先程のお礼が言いたくて……」
「お礼なら先程もいただきましたよ」
リースの言葉にカイルは優しく微笑んだ。
「あの、お強いんですね」
「これでも騎士団長ですから」
はは、と笑うカイルに、リースは好感を覚えた。
(素敵に笑う人……)
「これからは護衛も一新されるでしょうから安心してください」
「え?」
カイルの言葉にリースは耳を疑った。
そんなリースを見て、カイルも苦笑しながら言った。
「今まで本当にすみませんでした。ベルグ殿下が皇帝につかれることが決まりましたので、これからは教会とも友好な関係が築かれていくと思います」
その言葉に、リースも理解した。
皇帝陛下が代替わりする。ベルグ殿下が教会に友好的なら、今の関係も変わるだろう、と。
「直ぐには無理かもしれませんが、少なくとも、貴方が危ない目に合うことはなくなる」
優しい黒い瞳を向けられ、リースは顔に熱が集まっていくのを止められなかった。
「怖かったですよね。遅くなってすみません」
そう言うと、カイルはリースの頭に手をポン、とのせた。
そんなことを言われるのも、男の人に優しくされるのも初めてのリースは、ポロポロと涙を溢した。
カイルは何も言わず、ずっとリースの頭を撫でてくれていた。
◆
翌日、カイルの言った通り、護衛は一新されていた。
怠惰だった騎士たちは全員いなくなり、新しい顔ぶれ。聖女が行く所、教会内も全て護衛に付いてくれるようになった。
「ね、良い方にいったでしょ?」
姉は嬉しそうに話したが、リースには腑に落ちないことがあった。
「お姉様、ベルグ殿下とお知り合いですか?」
そう聞いても、姉はニッコリと微笑むだけで、何も答えなかったのだ。
(お姉様にも言えないことがあるのは仕方ないけど、寂しいわ)
ずっと姉を守る決意をしてきたリースは寂しい気持ちになっていた。
◆
護衛が一新して安心になったものの、リースは毎日の鍛錬を欠かさずにいた。
「はっ!」
姉への寂しい想いを払拭するように、一心不乱に剣を振っていると、後ろから拍手が聞こえた。
「いやあ、綺麗な剣筋だなあ」
リースは声の方へ振り返ると、そこには騎士服姿のカイルが立っていた。
(カイル様!!)
リースは驚いて固まってしまった。今はリースなのだ。
「何かご用でしょうか?」
何から話して良いかわからなくなったリースはつい、冷たくそんなことを言ってしまった。
「突然、失礼しました。聖女様なのに凄いな、と思いまして」
カイルはそんなリースを気にすることなく、笑顔で答えた。
もちろん、男の人に剣筋を褒められるのは、師匠以外にいなかったので、リースは嬉しくなった。
「お手合わせしますか?」
気付けば、そんな言葉が出ていた。
カイルは一瞬、ポカンとしたが、すぐに不敵に笑みを浮かべた。
「よろしいんですか?」
二人は向かい合うと、剣を打ち合い始めた。
(どうしてこうなっちゃったんだろう?)
リースはカイルの剣を受けながら、色気のない自分にがっかりしていた。
(この人、やっぱり、強い!)
剣を受けながら、リースがカイルの方をチラリと見ると、彼は余裕な顔をしている。
手加減をされているとわかったリースは、負けず嫌いが発動して、つい本気で打ち込んでしまった。
◆
「ありがとうございました」
打ち合いを終えた二人は、互いに礼をした。
(やってしまった……)
つい夢中で手合わせをしてしまったリースは落ち込んでいた。
「今日は楽しかったです」
落ち込むリースに、微笑んで汗を拭くカイル。そんな彼の笑みに、彼女はキュンとする。
「今日はどうしてこちらへ?」
リースとは初対面であろうカイルに、彼女は質問をした。
カイルが騎士団長だと知っているリースは、大方、一新した騎士たちの様子を見に来たのだろうと予想していた。
しかし、カイルから返ってきた返事は違った。
「先日、豊穣祭で、素敵な出会いをしまして。恥ずかしながら、恋をしてしまったようです」
顔を赤らめて話すカイルに、リースは愕然とした。
「それは、もしかして……」
「はい、お察しの通り」
リースの言葉に、カイルは即座に答えた。
(カイル様と出会ったのは、お姉様としての私…。カイル様が好きになったのはお姉様だわ……)
「そうですか……では」
ショックを受けたリースは、それだけ言うと、その場を立ち去ってしまった。
「あ、あの!」
カイルが後ろで引き止めているが、リースは振り返らずに、教会の中へと駆けて行った。
(祈りの聖女を務めるほどのお姉様に恋をしてもおかしくないわ!あのとき、私はお姉様のように振る舞っていた。カイル様が好きになったのはお姉様……!)
初恋は終わった、と彼女は思った。そして、姉とカイルの恋が上手くいけば良いとさえ思っていた。しかし、その想いすら叶わなくなった。
「もう一度お願いします、お姉様」
リーナに呼び出されたリースは、姉の報告に驚いて、もう一度問いただした。
「だからね、ベルグ殿下と婚約することになったの」
妹の問いに、リーナはもう一度優しく答えてくれたが、リースはまだ信じられないという顔で固まっていた。
(お姉様と殿下がいつの間にそんな仲に?!)
「殿下は聖女の仕事を良く思っておいででね、何度か公務でご一緒になることが多くて、それで…」
双子だからと言っても、いつも一緒にいるわけではない。リースが姉を守ろうと躍起になっている裏で、リーナは自ら幸せを見つけたのだ。
リースは嬉しいやら寂しいやら、複雑な気持ちになった。
(お姉様、幸せそう。良かった……。でも、これからは私が守らなくても良いんだわ)
嬉しそうに話すリーナに、リースは祝福の言葉を贈った。
「お姉様、おめでとうございます」
「婚約式にリースも出席してくれるわよね?」
「もちろんです」
リースがそう答えると、リーナは安心した笑みを見せた。
ふと、リースに複雑な想いが起こる。
(カイル様は失恋だわ……。)
姉とカイルが上手くいくように願ったばかりだというのに、とリースは思った。そして、カイルの心を思うと苦しくなった。
(でも、これで豊穣祭のことも忘れてくださるわ。カイル様なら他に良い人が見つかるわ。お会いすることがなくなっても、私は幸せを願うわ)
そうして、リースは自分の想いに蓋をした。
そして迎えた婚約式。
リーナはベルグの隣で、白いドレスを着て微笑んでいた。
(お姉様、綺麗)
お互い幸せそうに顔を見合う様は、リースを安心させた。
王城で行われるこの婚約式には多くの招待客がおり、ひっきりなしに二人の元を訪れていく。
この婚約式の会場は騎士たちにより厳重に警護されており、リースも今日ばかりは剣を置いて、ドレスアップをしていた。
いつもは着ないような淡いピンクのドレスは、姉が用意したもの。リースは自分には似合わないと思いつつも、姉のような可愛らしいドレスに心を弾ませていた。
(私もお祝いを言いたい)
そう思ったリースは、リーナとベルグへと続く列の後ろに並んだ。
華やかな会場の空気を味わいながら、リースは順番が来るのを待った。そして、次、という時に事件は起こった。
「聖女……! お前さえいなければ…!」
剣を手に、護衛の騎士たちの間から男がリーナに向かって駆けていった。
(あれは……!)
その男は、リースがよくやりあった、教会の護衛を首になった男だった。
男は騎士服をまとい、護衛に紛れて機会を伺っていたのだろう。ベルグが後ろの騎士たちと何か話し、その場を離れたその瞬間に、男は飛び出して来た。
「お姉様!!」
リースはすぐさま剣を取ろうとしたが、今日は帯剣をしていない。
(間に合わない……!)
走り出したは良いものの、剣を持たないリースが男に敵うはずもない。リースは姉の盾になる覚悟をした。
姉の前に庇うようにして出た瞬間ーー
「リース様!!」
声のする方から剣が飛んできて、リースは反射的にそれを受け取った。
そしてすぐさま剣を抜くと、男の剣を振り払った。
リースは男に剣を拾う隙を与えることなく、足で剣を遠ざけ、男の喉元に剣先を止めた。
「捕らえろ!」
剣を投げてよこした人物の声で、すぐさま男は捕らえられた。
「リース!」
リースが捕らえられた男が連行されるのを眺めていると、涙を流したリーナが彼女に抱きついてきた。
「お姉様、大丈夫でしたか?」
「それはこっちの台詞よ! また無茶をして……」
泣きじゃくる姉を諭すように、リースはリーナを抱きしめ返した。
「カイル様が咄嗟の機転をきかせてくれたから良かったものの、あのまま死んでいたかもしれないのよ?」
(え……)
リースは姉の言葉に固まった。あのときは必死で、剣を投げてくれた人物が誰かなんて考えられなかった。しかし、改めて思い返すと、確かにカイルの声だったのだ。
(カイル様……!!)
リースは慌てて姉から離れて、その場を立ち去ろうとした。
しかし、それは姉の手によって遮られる。
「だめよ、リース」
「お姉様……?」
いつの間にか涙を拭い、姉の顔をするリーナにリースは戸惑った。
二人がそんなやり取りをするうちに、騎士たちに指示を終えたカイルがその場に戻ってきた。
「ご無事ですか、聖女様」
カイルは二人の前に立つと、深くお辞儀をした。
「カイル様、妹を助けていただくのは二度目ですわね。本当にありがとう」
「えっ!」
リースはリーナの言葉に驚き、思わず声を出した。
「あなたが私の身代わりをすると言った豊穣祭で、ベルグ様に内密に信頼出来る警護をお願いしていたの」
「お姉様の手回しだったんですか?!」
リースは増々驚いて大きな声を出した。
「婚約者の大切な妹を危ない目にあわせるわけにはいかないからな。リーナを守ってくれてありがとう、リース」
いつの間にかリーナの隣に立つベルグがリースに声をかけた。
リースは慌てて深くお辞儀をした。
「騎士団長であるカイルに頼んだは良いものの、まさかリース嬢に恋をするとは」
ベルグの爆弾発言に、リースは目を瞬いた。
「殿下!!」
カイルは顔を真っ赤にしてベルグに抗議するような声を出した。
(えーっと、お姉様が全て手回ししてくださっていたということは、私が妹の方であるとカイル様は知っていたわけで……)
「リース、すっごく勘違いしてたでしょ?」
姉の言葉に、リースの顔はたちまち赤くなった。
「リース様……」
真っ赤な顔を手で押さえたリースの前にカイルが歩み寄る。
「カイル様……」
お互い真っ赤な顔で見つめ合っていると、ベルグが痺れを切らして言った。
「カイル、はっきりと伝えたらどうだ?」
「リースも、素直にならなきゃダメよ?」
ベルグの言葉にリーナも乗っかる形で言った。
姉としてリースの気持ちにも気付き、心配していたようだった。
二人はやれやれ、とリースとカイルが見つめ合う場所から立ち去った。
残されたのは二人。婚約式会場はガヤガヤとしているが、まるで時が止まったかのように二人は見つめ合っていた。
「リース様、リーナ様から、貴方が勘違いされているのではないかと……」
「はい……。私はてっきりカイル様は姉に恋をしたのだと……」
ようやく口を開いたカイルに、リースも答える。
「私は、リース様、貴方だから、貴方の魂に惹かれたんだ」
真剣な黒い瞳に見つめられ、リースの心臓は早鐘を打った。そして。
「私もカイル様に惹かれていました。私はあなたが好きです……」
リースがそう言うと同時に、彼女はカイルに抱きしめられた。
「良かった……」
愛しそうに安堵する声に、リースの目から涙が溢れた。
自ら姉と比べて、自信の無かったリースは初めて素直になれたのだ。
(おわり)
私のお話を読んでいただき、ありがとうございます!
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聖女もので完結作もございます!そちらも読んでいただけると嬉しいです!
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