表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

僕の可愛いメイドは笑う


王都の西側の小高い丘には、貴族の屋敷が多く建っている。

広い石畳の道は、綺麗に磨かれ、太陽の光を反射している。重厚な門の前には、門番と従者と馬車が横付けされている。

屋敷が立ち並ぶ中、大きな黒い壁が目の前に迫ってくる。

厚い塀に囲まれた屋敷は、周りの高級住宅街と呼ばれた中でも、異質な存在だった。

屋敷の主はダグス・ラズル家の当主が住んでいた。通称ダグラス家と呼ばれ、当主は若いながら経済部門の大臣を務め、国の中心を担う貴族だ。

まるで要塞のような高い塀は、来る者を威圧する。

「大きい、ですね・・・・・」

「グラッセ、口が開いてるぞ」

グラッセが門の前で、呆然としている。

横でダイダイが苦笑いをした。


季節が2つほど変わってしまった。

ミリはちゃんと私を覚えているだろうか。


「しかし、ダクス・ラルズ家の嫡男が直接、取引に応じるとは思いませんでした」

グラッセが緊張しながら、礼服の襟を正す。

「取引を始める時は、必ず嫡男が面会をして決めるらしい。三分の二が振るいに落とされるそうだ」

「・・・・・うちは分が悪いでしょう。やっと王都にたどり着いた弱小だ」

「出世買いだ。狼狽えるな。行くぞ」

颯爽とダイダイは歩きだした。




第一印象は〝異質な者〟だった。

目の前には、ダクス・ラルズ家の嫡男イツが微笑みながら座っている。

陽光が取り入れられた明るい部屋だ。

人払いされているのか、後に護衛が一人だけ立っている。

ダイダイは、グラッセと護衛二人の来室を認められたので、破格だった。

ミリの後見人だったおかげだと、ダイダイは確信している。

ロジム国の貴族は、その血族に特有の容姿が現れる。

ブラッドリー家のダイダイが黒髪に紺色の瞳であるように、ダクス・ラルズ家公爵は、黒髪で金黒目をしている。

黒髪と虎目石のような金の縁取りの黒目は、ダクス・ラルズ家の固有の物だ。

目の前にいるイツは、美しい白銀の髪に真っ青な宝石のような瞳をしている。白い陶磁のような肌に、整った目鼻立ちに、大きな瞳。

まるで、精巧な美しい人形だった。

そして、幼子だ。姿形だけは。

姿に合わせたように、白いシャツはますます人ではない、異質な存在を匂わせる。

「え・・・・」

グラッセが思わず声を出した。


「初めまして、ダイダイ侯爵。容姿が珍しいのは申し訳ない。僕の名前は、イツ=ダクス・ラルズ。正真正銘、ダクス・ラルズ家の息子です」

だが、妙に人間臭い、人の裏を見ているような瞳をしている。

狡猾な眼だな。と、ダイダイは思った。

「うちの部下が申し訳ない。無礼を詫びます」

ダイダイが頭を下げ、戸惑うグラッセを後ろに下がらせた。

ダイダイの胸ぐらいの高さしかないイツは、少年の姿をしていたが、瞳は大人のそれだった。

「・・・・・貴方は驚かないようだ」

「ミリで慣れておりますから」

成長の遅い一族だ。

ミリは心も身体と同レベルで成長したが、精神だけ他と同じに成長した人間もいるだろう。

それに、この少年の目は、ミリのように純粋ではない。

そんなダイダイに、面白そうにイツが見つめ返す。

「ああ、本当に、ミリの主人だった『腑抜けのブレットリー』だ。狡猾でいい目をしている」

嘲りではなく、本当に感心したようにダグス・ラズル家の嫡男は呟いた。

「あまり公言されたくない通り名ですね」

不遜気にダイダイが言うと、イツが困ったように眉根を寄せた。

「失礼。女に腑抜けている癖に、業績が群を抜いている侯爵は、とても興味深いですからね。父も喜んでいましたよ。面白い貴族が出てきたと」

にこりと笑う。

つかみどころがない。

「さあ、座ってください。ただのぼんぼんなら、叩き出す予定でしたが、貴方の目はとても狡くて強い目をしている。楽しめそうだ」

褒め言葉なのだろうか。

イツが子供のように楽しそうに笑った。



商談は無事に済んだ。

初めの触りだけ、イツが出てくると思ったのだが、彼は全ての書類に目を通した。

わざと自分の姿を見せて、相手の動向を見るのだろう。

卑怯な手だ。

見くびった相手を、噛み殺すのだ。

イツは、ミリの後見人になる。

こんな人間に、ミリが毒されていないか、ダイダイは不安になった。

これは一筋縄でいかない。

ミリの近くにいてはいけない。

見つけたら、連れて帰ってしまおう。

早くミリに会いたい。



「これは、雇い主としではなく、貴族ミリの後見人としての意見です」

はっとした。

いつの間にか、書類は片付けられ、目の前に琥珀色のお茶が入った白いカップが置かれている。

「これから、末永くよろしくお願いしますね、ブラッドリー侯爵」

にこりと笑う。

そして、裏を探るように、ダイダイを見つめた。

青い瞳は、揺れている。

連れてきた護衛は、部屋の外に出された。

居るのは、イツとダイダイとグラッセ、そして、イツの後に控える護衛一人だけだ。

「あ、ああ・・・・・、こちらこそ。ミ、ミリは、何処に」

「ミリは、こちらで楽しく過ごしています。無理じいは、許しませんよ?」

「・・・・元々は、私が後見人でした。ミリも嫌がっていなかった。私の知らない所で勝手に代えられただけだ」

顔が強張ったまま、ダイダイが言い、慌ててグラッセが裾を引く。

「な、何いってるんですかっ、ダイダイ様っ」

「・・・・・この状態は、望んでいなかったと?」

「ミリがこちらにいるから、ここを目指しただけだ」

「ふむ。お付きの方、このダイダイ侯爵は、いつもこんな感じで、ミリ一筋かい?」

「・・・・・ええ、そうです」

諦めたように、グラッセが頷く。

隠していた感情が溢れだし、ダイダイはイツを睨み付けている。

イツはその様子を面白そうに見つめた。

「富や名声よりも、ミリを望むんだ」

嬉しそうに微笑むと、イツはダイダイを見つめ返す。


「お付きの方、僕は少し変わっていてね。僕と話すと、たまに相手が正直者になってしまう事があるんだ。だから、ダイダイ侯が激高して殴り掛かったら止めてね?僕の護衛、優秀だから僕を触る前に、貴殿方の部品が何個か離れてしまうかも」

後ろに控えているイツの秀麗な顔立ちをした護衛が、返事がわりにカチャリとさや口を鳴らした。

「わ、わかりました」

グラッセが泣きそうになる。


イツはゆっくりとお茶を飲んだ。

「ミリの繁殖期まで。あれだけ、長い時間いたけれど、貴方はミリに手を出すことが出来なかった」

見てきたように、イツは言った。

パラトスが報告していたのだろうか。

「・・・・・・」

「ミリの繁殖期も一緒にいて、世話をしていても、手出し出来なかった」

「・・・・意気地無しと?」

両方とも何を言い出すんだと、グラッセが慌てる。

殴りかからないように、グラッセが服を掴んでいる。

イツは大袈裟にかぶりをふった。

「まさか。貴方の繁殖期の時も、ミリは貴方に襲われる事なく、世話をしていたでしょう。ミリは、自分がまだ子供で魅力がないからだと思っていましたが」

「ミリはまだ、子供だ。子供には手を出さない」

ミリはまだ子供なんだ。

私が大切に護らないと駄目なんだ。

「・・・・・・違うでしょう。ミリが望まないからです。ミリが望まないと貴方は前に進めない。行動出来ない」

少し哀れんだような顔で、イツはダイダイを見つめる。

「・・・・・・」

「だから、離して生活させるように、パラトスに進言したのです。こんなに、ミリに依存してしまったら、貴方は人形になってしまう」

「人形・・・・・?」

イツは、冷たい目をしていたが、老人のよう達観した目にも見える。

「ミリの血は、他人を魅了します。全て、ミリの思い通りに動かしてします。ミリは貴方の幸いだけれど、神様でもある」


ああ、何か聞いたことがある。

昔話だ。

昔昔、ロジム国を作った祖の神様。

獣と神の子供は、人々に幸せと破滅を与えた。


ダイダイが、ぼんやりとミリを思い描く。

「そして、私を破滅に向かわせるのか?」

イツが目を見開いた。

「いいえ!まさか。言ったでしょう?“ミリの思い通り”だと。ミリの血統は、善人が多いんです」

「善人?」

頷いた。まるで、言い聞かせるようにイツが言う。

「ミリが望む、ご主人様に貴方は成れていたでしょう?人に優しく、強くて、賢くて、お金持ちで、カッコいいご主人様。絵に書いたような理想のご主人様。メイドのミリはいつも、そうやって褒め称えていた。だから、貴方はミリの為に、そうなろうと努力した。ミリの血は、幸せを呼ぶんですよ」

「幸せ・・・・・」

「富を運ぶと呼ばれている一族だ。でも、それは違う。魅了された人間が、選ばれる為に努力した結果だ」

「・・・・・」

「ミリが望む姿になりたいと。そして、ほんの少しの幸運を。それを使えるかどうかは、自身次第だ」

イツは楽しそうに、ダイダイを見つめた。



「・・・・では、私はミリを正面から口説いていいということですか?」

ダイダイは真面目に言った。

イツが首を傾げた。

「・・・・・・?僕は、そんな事を言いましたか?」

グラッセに確認を求めると、彼は頭を横にふった。

「申し訳ありません。うちの主は、ミリの事になると、周りが見えなくなります」

「まあ・・・・いいでしょう。ミリに対して危害を加えるようでもなさそうだし。それに、ここまで、がっぷりミリに入れ込んでいたら、振られたときは貴方がたが地獄でしょう」

ダイダイは周りの人間を、全ての巻き込む。

なまじ貴族は良し悪しに関わらず、目立つ存在だ。


「振られ、ますか?」

グラッセが何か決意をしているダイダイを横目に、イツにすがるような目をした。

「人の話を聞かない節がありますよね。ミリはまだ、貴族籍になったことを知りませんよ。奴隷から貴族にいきなりなっても問題でしょうから、段階をおってます。まず、ミリの納得からでしょう。それにミリは、ダイダイ侯ががっちりガードしていたお掛けで、とんでもなく恋愛に鈍くなっている」

「ああ・・・・」

グラッセの胃がキリキリ痛んだ。




ざわざわと執務室は人で溢れ返っていた。

貴族の執務室というより、商会の商談所のようだった。

沢山のテーブルで、様々な人種が商談や設計図をにらみ合っている。

商人を厚く保護しているというのは、噂では無いようだ。

だからこそ、ブラッドリー家も食い込めたのだが。

自由に見学していいと言われて、ダイダイはすぐに家人たちの執務室に向かった。


大勢の人の中、すぐに、ダイダイは見つけた。

「ミリだ」

え?とグラッセが顔を向けた。

先には、自分たちより年上と思われる茶髪の女性と少年が、壁に貼られた紙を見ながら、話し合っている。

「・・・・・よくわかりましたね」

グラッセがダイダイを見ると、彼はうっとりとしながら少年の姿をしたミリを見つめている。

ミリは男装していた

少年の格好をしていた方が、女が一人で出歩くよりも安全だからだ。

身体の凹凸が見えないだぼりとした服装だった。

斜めかけのバッグには、書類なのか、紙の束が見える。

髪は丸い帽子で隠している。

男装と言うよりも、本当に少年のようだ。

「ミリ」

その声に驚いたように、振り返った。

「え?ダイダイ様?」

「うん、お前の旦那様だ」

小さな花束を差し出しながら、ダイダイが微笑んだ。

周りがダイダイの姿に気付いたのか、ざわりと揺れた。

ミリは屋敷の主人であるイツの〝お気に入り〟である。数ヶ月前にいきなり連れてこられ、雑用から仕事を始め、すぐに他の人間の補佐として付いた。

遠い親戚の子供という触れ込みだ。


横にいたグラッセが、少し首を傾げている。

どこで花を用意したんだろう?

流石、女たらしだなと感心する。

「可愛い」

ミリは、普通に花を受け取っている。

ミリが動じない事で、周りも前の知り合いと認識して、すぐに興味を失ったように雑談が始まった。


「お久しぶりです。今日は、ダグラズ家にご用事ですか?」

「う、うん」

「まあ、イツ様と取引を始められるのですね!」

嬉しそうにミリが言う。

「そうだ。始める。うちの商品は物がいいんだ」

さすが、ダイダイ様と、ミリが笑う。

「では、現地調査で行くかも知れませんね」

「あ、ああ。担当は、ミリにしてもらうようにお願いしたんだ」

「本当ですか?嬉しい。遠いから、出張になるのかしら。楽しみです。お宿に泊まれるかしら」

「雇い主は、無駄な経費を好まんだろう」

「そうですね。イツ様は、無駄を嫌われます。野営になるかしら。テントは郊外の更地になら大丈夫でしたよね?」

本気で言っていたので、グラッセは変わらないなとミリを見ていた。

「女性が野営するものではない。ミリなら、私の屋敷に寝泊まりしても、誰も文句言わないし、経費削減になると思う。ミリの部屋もちゃんとあるんだ」

「まあ、本当ですか?そのままにしてるのですか?」

「そんなところだ。私の専属メイドは、ミリだけだ」

嬉しそうに聞いていたが、ミリの笑顔が少し陰った。

「・・・・・でも、美代の方が」

「私は独り身なんだ。婚約も結婚もしていない」

ミリはきょとんとしている。

「ダイダイ様はご結婚をされていないのですか?」

「け、結婚していないんだ」

「そうなのですか?」

不思議そうに首を捻っている。

婚約は秒読みだと聞かされていたのに。

「ま、まだ、了承をとって、いないんだ」

「ああ、ダイダイ様はおもてになりますものね。沢山いらっしゃるから、選べないのですね?」

にこにこと笑うミリに、ダイダイは頷く。

「う、うん。ミリは?ミリは男は居ないよね?」

「男、ですか?」

「恋人、とか」

言われてミリが、カアッと赤くなった。

赤くなって下を向いたミリに、ダイダイは唖然とした。

「だ、誰?お、教えてくれたら、ミリの好きなお菓子をあげる」

「お菓子ですか?」

ふふ、とミリは笑った。

ダイダイの中では、可愛い小さいミリのままなのだ。

「ダイダイ様、わたしはもう大人ですよ?」

「し、知ってる」

「ミリ」

控えめに、隣にいたミリの同僚が声をかけた。

「昔の上司?でしょう。ここはいいから、休憩に入ったら?」

「え、あ、ごめんなさい、ダイダイ様。仕、きゃっ!」

最後まで言えなかった。

ダイダイがミリを抱き上げたのだ。

「ダイダイ様、何してるんですか!?」

グラッセが慌てて近付く。

「何って。ミリと話すから、場所を変えるんだ。さあ、行こう、ミリ。途中で、中庭があった」

「ダイダイ様っ。ミリは、仕事中ですよ!」

「お嬢さん、申し訳ありませんが、ミリをお借りします。代わりに部下のグラッセを置いて置きます。どうぞ、お使いください」

美しい紺の瞳を揺らめかせ、背の高い美丈夫は麗しげに囁いた。

「は、はい。どうぞ」

一瞬で真っ赤になりながら、化粧っ気のない同僚の女性は、がくがくと頭を縦に振る。

ダイダイは優雅に微笑むと、片手でミリの腰を持ち上げながら、グラッセの肩を叩いた。

「仕事だ。私の未来が掛かっている。このお嬢様のお手伝いをしろ」

「ダイダイ様」

グラッセがダイダイを見た。

「特別給与を付ける」

「仕方ありませんね。ごゆっくりどうぞ」

グラッセが襟をただして、ミリの上司に向き直った。


ダイダイは、ミリを抱き締めるような形で、抱き上げたまま歩き出した。

「ダイダイ様。わたしはもう子供ではありませんよ?」

「知ってる。だから、二人っきりで話したい」

「降ります。ダイダイ様、重くないですか?」

揺られながら、ミリが見上げる。

ダイダイがうっとりとミリを見つめながら、歩いている。

このまま、連れて帰ってしまおうか。

「全然大丈夫だ。それに前より、背が伸びてる」

「はい。前より背が高くなったんですよ」

ミリは無邪気に見上げている。


中庭の東屋のベンチに座らせた。

「ダイダイ様、飲み物をご用意しますね」

そう言って立ち上がったミリの腕を掴む。

「い、いらない。ミリ、大切な話があるんだ」

「はい、なんでしょう?ダイダイ様」

座らせながら、ミリの帽子を外した。

固く結われている髪を解いた。

「ダイダイ様?」

「ミリの髪は、いつも綺麗だ」

「ありがとうございます」

ダイダイが、波打つ赤い髪をうっとりと見つめる。

ミリは嫌がる事なく、ダイダイのされるままに髪を撫でられている。

「ミリは、仕事が出来て、格好いい男がすきなんだろう?私は、ちゃんと出来ているか?」

「勿論です。ダイダイ様は、とても格好いいです」

「しばらく会わなかったから、私は変になってないか?」

ミリが上から下まで見て、ダイダイを嬉しそうに見た。

「ダイダイ様はいつでも格好いいです」

「う、うん。ありがとう」

ダイダイが真っ赤になりながら、頷いた。

ミリは不思議そうに、肯定している。

なぜ、そんな当たり前の事をダイダイはいうのだろう?

ダイダイ様はいつでも格好いいのに。


「ミリは長い髪よりも、短い髪の男が好きなんだ。前髪があった方が、いいかな?」

会合用にオールバックにしていた。

大人の色気が漂っていたが、ミリの前で少年のように瞳を潤ませている。

「ダイダイ様はどちらでもお似合いです」

「う、うん。あの、お願いがあるんだ」

「なんでしょう?」

「わ、私と結婚してくださいっ!」

ぽかんとミリがダイダイを見つめた。

「な、何でもあげるから。宝石だって花だって服だって用意する。ミリが好きなもの、全部かってあげるからっ」

こてんとミリが首を傾げた。

「ダイダイ様、契約奴隷と貴族は結婚出来ません」

「ミ、ミリは、もう奴隷じゃない」

「わたしは、ダイダイ様の女性のタイプではありませんよ?」

ダイダイは、背が高く胸の大きな女性がタイプだったはず。

「か、かまわない。い、いや、違う、そうじゃないんだっ」

わたわたと慌てるダイダイに、ミリはわかったように顔を明るくした。

「ダイダイ様、結婚がしたくないからと言って、偽装するのはいけません」

「ぎ、偽装じゃ。あ、ああ、あの、偽装だったら、婚約してくれるのか?」

気付いたように、ダイダイは尋ねた。

「婚約?」

「うん、婚約しよう。偽装でいいから、婚約したい」

接点がなくなってしまう事をダイダイは恐れていた。

仕事だけじゃない確かな繋がりなら、何でも良かった。

ぐずぐずとダイダイは泣き出した。

「ダイダイ様!?」

ミリが、泣き出したダイダイに慌てて、ハンカチを差し出す。

「行かないで。側にいて。ひどい、ずっと私の世話をしてくれるって、言ったのに。私から逃げて、他の仕事をしてるなんて」

「申し訳ありません。わたしの居場所がないと思ってしまいました・・・・」

「じゃあ、帰ってきて。何でもしてあげるから。婚約、偽装でいいから」

きっと、何も出来ないまま、ミリと離れたら、ミリを壊してしまうかもしれない。

「・・・・・」

ミリが困ったように見つめ、ダイダイの涙を拭う。

「・・・・・ミリは、ここの仕事好き?」

「はい。皆さん、よくしていただいてます」

「もう、私の面倒を見てくれないの?ミリが面倒見てくれないなら、私は悪いことをする」

「それはいけません」

「じゃあ、婚約して。大切にするから、お願いだ。婚約してくれるなら、まだ、連れて帰らないから」

困った顔をしているミリを、ダイダイは真摯に見つめる。

ミリは少し困ったように笑うと、頷いた。

「・・・・・わかりました」

「本当?嬉しいっ」

「ダイダイ様が、本当に結婚したい美代の方が現れたら、すぐに外してもらいますね」

「うん。必ず絶対、幸せにするからっ」

ダイダイがぎゅっと、ミリを抱き締めた。





「・・・・・泣き落としで、プロポーズを了承させたよね、今」

中庭が見える三階の執務室から、イツが眉根をひそめながら見つめていた。

「風上にも置けない行為ですね」

横で呆れたように、護衛が同じように見ている。

背後には執事とメイドが、お茶のお代わりのポットを持って立っていた。

初老の執事は、空になったカップにお茶を注いだ。

「・・・・あれでいいと思う?」

イツがカップに口をつけながら、護衛に首を傾げた。

「駄目でしょう」

「だよね。ミリの優しさに付け入るのは頂けない」

イツは首を捻りながら考えている。

この白銀の髪を持つ美しい主人は、あまり他人に興味がないはずなのだが。

「イツ様、ダイダイ侯爵を気に入られたみたいですね」

護衛が少し嬉しそうに呟いた。

「うん?まあね。あの猫かぶりな狡猾な感じは、お父様に似てると思わないか?なんでもかんでも思い通りなんて、成長出来ないでしょう?ミリの出張を餌に、重い利益配当金を請求しようかな。達成するまで、ミリの担当は外そう」

楽しそうに笑う。

イツの父であるダクス・ラルズ家の家長オリオンは、イツの母親を閉じ込めて溺愛して壊しかけた。

今、隣国に強制的に別居させている状態だ。

「一族に捕らわれた人間は、行動が極端すぎる」

「逃げられますよ」

呆れたように護衛が言うと、イツが悪戯気に笑う。

「逃げれないよ。ミリは渡さないし。ミリは、僕が後見人になってるんだもの。僕のものを、勝手に連れ出すことは無理だろうしね」

圧倒的な自信は確信だった。

執事が感慨深げに頷いた。

「かわいがり方が、お館様にそっくりでございます」

「お父様の子供だから、当たり前だろう」

楽しそうにイツが笑った。

ぱくりと、出されたケーキを口に含んだ。

横で見ていた護衛がため息をついた。


眼下には、満面の笑みを浮かべたダイダイがミリを抱き上げている姿がある。


お読みくださってありがとうございます。

R18BL 「白銀の道」シリーズ

https://novel18.syosetu.com/n1191gl/


「蜂蜜の君に」シリーズ

https://novel18.syosetu.com/n3834hb/


と時間世界観は同系列になっております。

よろしければ、こちらもお読みください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ