僕の可愛いメイドは歩きだす
ダイダイはずっと呆然としている。
サルビスは、多額の金を渡して屋敷から追い出した。
主人の了解を得たパラトス達が、サルビスの息が掛かった使用人を一掃した。
諦めきれないサルビスが連日押し掛けたが、家人達が門前払いしている。
ダイダイは、寝室のソファで呆然としている。
テーブルの上には、サルビスや女たちからの手紙や品物が、置かれたままになっている。
ミリが居なくなった直後から、ダイダイは無気力になった。
ミリの足取りを追うと、王都に行ったと分かった。
貴族の下で働いているらしい。
ミリは、もう帰ってこない。
ミリが自分の専属メイドを、辞めてしまった。
ミリに、捨てられた。
その事実に、ダイダイは打ちのめされた。
一人で何でも出来ると言ったから、ミリが出ていった。
私が我が儘を言ったから。
ミリに嫌われたのだ。
女と付き合わなければよかった。
嫉妬なんて、しなければよかった。
一人になると、ダイダイはしくしくと泣き出していた。
ダイダイは誰とも必要以上に、話さなくなった。
ミリの代わりのメイド達にも、軽口を叩くことなく、淡々と1日を終わらせる。
毎日出歩いていた夜遊びをぱったりと止めて、寝室のソファでダイダイはぼんやりと庭を見ている。
食事もあまり取らなくなった。
パラトスたちの言葉を聞いているのかいないのか、ぼんやりと聞き流している。
二週間目に、グラッセが怒鳴り付けた。
「いい加減にしろ!仕事もせずに!お気に入りの奴隷メイドがいなくなっただけでしょう!王都に行ったなら、業者に連絡して連れ戻せばいいじゃないですか?」
「・・・・・連れ戻す?」
ダイダイが、のろのろと顔をあげた。
食事もとっていないせいか、げっそりと頬が痩けていた。
「そうです。また、業者と契約を交わして。成人女性になるから、子供よりも割安でしょう 」
「無理、だ。今、ミリは奴隷籍ではない。ミリは、貴族籍を持ってる」
ありえない事を言ったので、グラッセが眉ねを潜めた。
とうとう、おかしくなった?
「はあ?」
「ミリは貴族だ」
「何を・・・・・・」
「死産した奴隷の戸籍と入れ換えたんだ。だから、ミリは本当に二才ほど年下だ」
「どうしてそんな事。家も、ぐる?」
それに答えず、ダイダイが泣きそうな顔をした。
「パラトスが、王都につく前に、戸籍を戻したそうだ。ミリの身元引き受け人は、事情を知っているからと・・・・・・皆、ミリの人生を尊重すると言った。私の側に居ない事も認めるって。ミリが好きなように生きるようにって。私の側が、好きなミリなのに」
「ダイダイ様、大丈夫ですか?」
「ミリは珍しい貴族籍をもっていたから、変な奴らに狙われる。だから、成人するまで、私のメイドにしたんだ。後見人だった。私の側なら、ずっと守れる」
「ミリは知らなかったのですか?」
「・・・・言う必要がない。ミリは私の側でずっと幸せに過ごすのだから」
「貴族籍なのに、奴隷と蔑んでいたのですか」
「私は!私は、ミリを奴隷扱いしたことはない。服だって教育だって食べ物だって、一番良いものをしてきた」
「女遊びに連れ廻していたくせに、よく言いますね」
「ミリに全部見せておけば、私が浮気したと思わないだろう」
「・・・・・何いってるです?」
「ミリは、この世で一番綺麗で可愛いんだ。私の事が大好きだと言ってくれる。でも、私に別の女を好きになれという。デートに誘っても、二人っきりはおかしいという。私の服を買うときは、一緒になのにおかしいだろう?ミリに似合う服や指輪を用意しようとしても、断るんだ」
何も知らないなら、当たり前だろう。
ミリはずっと、専属メイドとして仕えていたのだから。
グラッセが呆れたように、言った。
「当たり前でしょう。メイド奴隷とデートはありえない」
「だから、他の女と一緒に行って、ミリにいろんな場所を見せたんだ。ミリが馬車で待ってる時は、退屈しないように本や猫を渡していた。ミリは猫が大好きだから、ずっと撫でていて可愛かった」
「恋人たちを当て馬にしていたのですか」
女の敵過ぎる。
「ミリが安心するんだ。私が女に優しくして、気の効いた言葉を囁く姿を、いつも嬉しそうに見ていた。私の事を、優しくて素敵だと言ってくれる。女達がいう私の賛辞に、ミリは嬉しそうに聞いていた。ミリが、女たちを正妻だと本気にしたらいけないから、すぐに切るようにしていた」
「・・・・・」
「ミリだって、初めての男がもたついていたら嫌だと思う。だから、他の女で練習したんだ」
「練習だったのですか?最低だ」
女遊びの理由にもならない。
グラッセの眉ねが寄った。
「ミリが言う、背が高くて綺麗な女と付き合って見せてた。練習だから、本当はミリみたいな体格の子がよかったんだ。でも、ミリはとても喜んでくれた。あの女、早く切ればよかった。ミリと同じ髪の色だったから、側に置いていたのに。ミリに暴言を吐くなんて。ミリが泣いてるかもしれない」
「なんでそんな事・・・・・」
「ミリが大人になったら、戸籍が元に戻される。それが私が屋敷を任されたときに言われた言葉だ。ミリの財産は莫大で、保護しないと駄目だ。それまでに、私の所に居ないと。ミリに選ばれないと、 結婚出来ないんだ」
全部、ミリの為に生きてきた。
さめざめと泣くダイダイに、グラッセが嫌そうに見つめ返した。
ただの我が儘にしか聞こえなかったからだ。
「ミリは物じゃないんだぞ!勝手に好きになって、勝手に怒って、勝手に追い出して、勝手に!愛想もつかされるだろうな!」
「まだ、愛想つかされてないっ!ミリは律儀な子だから、ちゃんとお別れを言いに来てくれるはずだ」
「じゃ、お別れに来たミリは、こんなだらだらいじいじした男に会うんだな?ミリの好きなダイダイ様は、何処にいった!?」
「・・・・・・」
「さっさと仕事をしてください。執務室で待ってます」
グラッセが部屋から出ていった。
残されたダイダイが、唇を噛みしめ立ち上がった。
それから。
それから、ダイダイは仕事に打ち込んだ。
周りが引くぐらい勢力的に動き回った。
寝る間も惜しんで、ずっと仕事をしていた。
一ヶ月がたった頃、手紙がブラッドリー家に送られてきた。
封蝋は猛獣と花が絡まった、王都で有名な貴族の紋章。花の透かしが入った厚みのある上等な封筒。
繊細な文字で、ダイダイの名前が書かれている。
「誰か、旦那様にご報告を。手紙が来ていると」
「もう居る」
パラトスが振り返ると、息を整えているダイダイが立っていた。
配達人から手紙を受け取って、パラトスに渡される迄、時間は経っていない。
流石、貴族だなと無表情な顔でパラトスは見つめた。
「ダイダイ様、いきなり逃げないでくださいっ!」
手紙に気付いて、執務室からいきなり出ていったダイダイに、周りの人間が、はあはあいいながら追いかけてきた。
パラトスから奪い取るように手紙を取ると、ダイダイは嬉しそうに叫んだ。
「ミリからだ!」
ダイダイが子供のように、跳び跳ねて喜んだ。
その動作に、孫を見るような目でパラトスが見つめ、隣でグラッセが頭を抱えた。
追いかけてきた護衛や家人たちも、残念なものを見る目でダイダイを見ている。
しかし、久しぶりの笑顔だったので、周りは生暖かい目で手紙をいそいそと開けるダイダイを
見つめていた。
中身は、折り畳まれた便せんが二枚と銀貨が三枚入っていた。
下に落ちた銀貨を慌てて拾いながら、きょとんとしてパラトスにコインを渡した。
「何故、金が入ってるんだ?」
「・・・・・・ミリは、ミリ様は自分が奴隷籍を抜けていることを知らないようですね」
後見人は、あくまで市民として接しているのだろう。
ダイダイが嬉しそうに顔を上げた。
「では、またミリは戻ってくるのか?ミリは仕事に慣れてきたと書いてあった。メイドではなく、執務の手伝いをしているそうだ。ミリは怒ってないみたいだ。ミリは、戻ってくるかも」
手紙を折り畳み、大切そうに懐に入れる。
「それはないでしょう。後見人はあちらに移っています」
「・・・・・・」
ダイダイが、ショックを受けて目を見開く。
パラトスが気付いたように、ダイダイを見た。
「ミリの送ってくれたお金は、送り返しましょうか?ミリの自由になるお金がないかもしれない」
「だ、駄目だ。そんな事したら、ここの居場所が無くなったと勘違いしてしまう」
ミリは気を使いすぎる子だから。
「ではいかがいたしましょう?」
「そうだ。王都に進出しよう。厳選されたものを、ミリにうちの商品として渡せばいい」
嬉しそうにダイダイが言うと、グラッセが頭を抱える。
「簡単に言わないでください。つてがない。こんな辺境貴族が、商会も持っていないのに王都に売り込めません!」
グラッセが慌てて止める。
「つてを作ればいい。何のために、私が女と付き合っていたと思う。関係もったら、ぺらぺらと、いろんな情報を教えてくれる商家の令嬢が数人いた。2、3件の商会をつついて、上を潰せばいい。私の息の掛かった使用人も潜り込んでいる」
ダイダイが覚めた目で言った。
「証拠も帳簿も見つけてる」
乗っ取れと、堂々とダイダイは言っているのだ。
「え?あ、の?そのために?」
グラッセ達が、戸惑う。
「当たり前だろう。私がただ打ちする訳ないだろう。ミリ以外、馬鹿女の相手ばかりしていたんだ。利用してなんぼだ」
「本当に最低だ・・・・・」
誰かが言ったが、ダイダイは無視した。
「いま、私は、信用と地盤は固めてるだろう。私は、無害で勤勉な女好きの、『腑抜けのブラッドリー』だぞ?表だってしたら角が立つ。裏から潰していけば、問題はない。馬鹿女を育てた環境で、清貧な家なはずがないだろう?叩けば色々出てくる。女も私が甘い言葉ですがったら、何でも話してくれたよ」
うっすら笑う。
ダイダイの毒にも薬にもならない凡庸の仮面が剥がれていた。
ミリには決して見せたことがない冷酷な顔がある。
「本気ですか?」
「ああ。一から商会を立てるなら、王都にたどり着く迄数年はかかる。では、乗っ取ればいいだろう。すぐだ。腑抜けのブラッドリーには、皆ガードが緩いから、よく話してくれたよ」
くすくすと唇の端をつり上げた。
「ダイダイ様?」
「近隣の流通も活性化させて、技術者を街に呼び込もう。工場を増設させなきゃな」
「何を考えて・・・・・・」
「だって、お金持ちにならないと、ミリを奪いにいけないだろう?」
「え?」
封筒をひらりとふった。
「ミリは王都のダクス・ラルズ家にいる。あそこは公爵で、大臣を務めている名家だ。うちみたいな弱小辺境侯爵家なんて門前払いだ。でも、ミリの後見人は当主のダクス・ラルズ公爵じゃない。その嫡男の〝白坊〟と呼ばれるイツだ。そうだろ、パラトス」
「はい。そうです。彼は、ミリ様の一族の関係者になります」
「嫡男の噂は、非常に仕事ができる。と言う事しかない。容姿も行動も、揉み消されているのか出てこない。母方の血縁者になるのだろう。ミリは、他の女の子たちと容姿が違っていた。だから、そいつもそうだろう。ダクス・ラルズ家は辺境公爵の成り上がりだ。商人達との癒着も酷いが、福祉にも力を入れているせいか市民の人気も高い」
パラトスが頷く。
この中では唯一、ダクス・ラルズ家と接触した人間だが、決して内容は明かさない。
それが、条件なのだろう。だから、ダイダイも問い詰めない。
「ミリを拐って、閉じ込めるつもりだった」
「旦那様」
「後ろ暗い名家が後見人なら、ミリを拐って囲ってもすぐに表だって騒がないはず」
グラッセ達がざわつく。
ダイダイの表情は動かない。
パラトスが静かにいった。
「ダクス・ラルズ家は、不安分子は叩きのめします」
「家を捨てればいい」
事も無げにダイダイは静かに呟いた。
「ダイダイ様っ」
本気を感じとり、慌ててグラッセがすがる。
「・・・・・ミリ様は望まれないかと」
パラトスの言葉に、ダイダイが肩をすくめた。
「ああ、今、気が変わった。嫌われて出ていったなら、拐うつもりだったけど。ミリは、私の事を主人のままだった。ちゃんとミリのご主人様として迎えに行かなきゃ」
にこと、ダイダイが壊れたような笑みをした。
「ミリが待ってるから」
グラッセが言葉を失う。
ああ、我が主人は壊れてしまった。
グラッセは、何とも言えない顔で、ただ、ダイダイを見つめた。
「ミリは、魂を捧げる代わりに幸運を渡されると言われる一族の末裔です。旦那様は、運が味方してくれるでしょう」
パラトスが頷くと、ダイダイがすがる目をした。
「ミリが喜んでくれるか?」
「ええ、必ず」
「ミリは私が嫌いになったわけではないのだな?」
「あり得ないでしょう。ミリは人を恨む子ではありません」
「そうか、では。ちゃんと迎えに行かなければ。こんなに腑抜けでは、ミリに嫌われてしまう。格好よくて、お金持ちで、優しい旦那様でいないと」
「そうですね。ミリは、働いている旦那様が誇りでした」
「グラッセ、少し仕事を増やすぞ。侯爵家の領地の掌握と3ヶ月後には王都に行く。それまで、ミリには護衛から品物を渡そう」
「護衛?」
「ミリに付けていた。ミリに隙が出来たなら、連れてくるように。後、後見人の裏をとってた」
「・・・・・・」
それは護衛ではなく、間者だ。
ダイダイの瞳がギラギラした輝きを放っている。
グラッセたちは、気付いた。
ダイダイは、ミリのおかげで〝まとも〟だったのだと。
元々気性の荒い貴族の中で、ダイダイが穏和であったのは、ミリに見せるため。
ミリに自分は無害で安全なのだと。
「ミリが居ないなら、悪いことも表だって出来る。パラトス、この事はミリの後見人に報告していいぞ。そうしておかないと、ミリを諦めたと思われたら困る。後、ミリに縁談や養子の話を進めるなら、ブラッドリー家の当主は何をするかわからないと」
「・・・・わかりました」
パラトスはするりと下がる。
「グラッセ」
「はい」
振り向いたダイダイの顔は、全く異論を許さない顔をしていた。
「お前たちの休みは暫く返上だ。死ぬ気で働け」
ダイダイがにっこりと笑った。
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