謎の守護者
「……おぉ、相変わらず迷宮とは、自由なものだな」
一番に踏み入ったサクラがそう声を漏らす。
確かに、俺も一人で来ていたら同じことを言っていたであろう。
今までは、あくまでも屋外の話だった。
例えば、迷宮の迷路とか、闘技場みたいな地面におおわれていても、空は晴れていたり、花畑、水晶洞窟などなど……
だが、ここは一言で言うのなら
「家って感じだな」
とっても大きな宿だと、こんな感じなのかもしれない。
廊下があって、上下に上がる階段の内、上経あがる階段は塞がれていた。
別にこの階層から、更に下に行くような感じじゃなく……なんて言うか、2階から、2階に出てきたような、まるで下った感覚がない。
そんな違和感に襲われながら、階段をおりて廊下を歩いていると、部屋の中から声が聞こえてきた。
「君たちが、噂の英雄か」
女性の声だった。
凛とした、ひとつ真っ直ぐ筋の通った、綺麗な声だと思った。
声だけでわかる、その人がどれほどまでに真っ直ぐな人間か。
「……っ!!」
しかし、その声が聞こえてきた扉を開いても、誰もいない。
ただ、綺麗に畳まれた毛布と、外から優しい木漏れ日が部屋を照らすばかり。
「外は美しい景色だと思わないかい?」
部屋の、俺から見て死角の所から、またも声が聞こえてきて、俺もサクラも肩を跳ねさせた。
存在を察知できないどころか、そこに直ぐに行っても……
「い、いない!?」
「……っふふ、早速惑わされてるね」
「……っ!これが、守護者の固有スキルって訳か!?」
サクラが、珍しく青ざめている。
多分俺も青ざめている。
本当に分からないのだ、擬神の瞳で当たりを見回しても、未来をいくらみても……そもそも未来の音が俺に聞こえない。
借りたのは瞳だけだからな。
「……っどこにもいない……」
どこを見回しても、隙間を見ても、全くもって、影も形もない。
「……次に進もう」
サクラが苦い顔をしながらも、頷いてくれる。
次に向けて、俺たちは辺りに最大限注意を払いながら歩いて行く。
耳をすませて、なにか小さな呼吸の音さて聞き逃さないように。
「外の景色は見てくれないのかい?」
ビクッと肩が跳ねた。
音の方向に振り向くと、またも部屋が見えた。
中に入るも、やはり何も無い。
「窓の外見て見たら?」
確かに、さっきから、執拗に見せようとしてくるからな
「……あ、空いた」
以外にも窓は空いていた、しかしそこから飛び降りる勇気は持ち合わせていない。
地面らしきものが見えるが、着地するのは控えたい。
「……ぉお」
窓を開けて、外を眺めた瞬間、風が木の葉を舞わせて、美しい景色を輝かせる。
「綺麗だろ?私のお気に入りの宿なんだ」
楽しそうに、自慢げに、その声が聞こえてきた。
どうやら害はなさそうで、とりあえずその声を聴きながら、辺りを探索して行った。
1つの部屋で、地面に握り拳を五回りぐらい大きくさせたような黒いシミがある部屋があった。
おそらく血が染み込んで、取れなくなってしまっているんだろう。
様々な部屋から見える景色全てを自慢げに説明しくる。
相当この宿が好きだったんだろうが、血痕のある部屋だけは終始無言だった。
「……この宿は、もう私の思い出の中にしかないんだ」
そう、悲しそうに呟いた。
この部屋ツアーの終わりが近いことを察させるような声音だった。
「もちろん、他の人たちの記憶の中にもあるんだが、私の記憶の中に眠るこの宿が一番綺麗な状態だろうな」
そう言っている声を聞きながら、ずっと進んでいく。
大きな階段が見えた。
上りはなく、2つとも下へ行く両階段。
「この下は宴会場だ。
シャンデリアみたいな豪勢な明かりではないが、ロウソクの火が優しく照らしてくれる。
私は宴会場にいるから、来るといい」
ついに、対面できるのか!
「……竜王すら適わないと言う力、見せてもらおうか」
サクラが先に進んでいく。
俺もその後に続いて、宴会場に入る。
だだっ広い宴会場に、小さなテーブルが一つ、そこに一人の女性がティーカップ片手にこちらを見すえた。
木漏れ日のように輝いて見える金色の髪に、太陽に勝るとも劣らない輝きを見せる赤い瞳。
人目見てわかった、この人は、とんでもなく強い。
「……きたか、こっちにおいで、少しお茶をしよう」
手招き、そう提案する。
キリッとした目をしていて、どこかデクターを思い出すような。
かっこいい女性、一言で表すのなら、それが一番近い気がする。
「好きな茶葉はあるかい?特になければダージリンティーを入れさせてもらうよ……バタークッキーとアップルパイは……そうか」
俺たちは何も答えていないのに、わかったとばかりに淡々と進めいてく。
ちなみに俺はバタークッキーが好きだ、ホロホロと口の中で崩れて甘さが広がるあの感覚が紅茶で流すには惜しいほどに好きなのだ。
そして、俺の前に実に美味しそうな、焼きたてらしいホカホカと湯気の上がるクッキーが、サクラの方にはサクサクと音が今にも鳴りだしそうなアップルパイと、紅茶を2人分並べる。
「君は……ミルクを所望か」
サクラの方にミルクを置いて、自分は席に着く。
テキパキとお茶の準備をする彼女に、口を挟む様なことが出来なかった。
「さて、自己紹介から、始めよう。
私の名は『フューチ ショコラフレーズ』友は私を最高の勇者だと言う」
随分と可愛らしい名前をしている勇者。
もはや個性とも言えるその可愛らしい姓名に、聞き覚えがないはずがない。
「……なるほど……毒と茶会ね……」
いや、未来って何の話だ?
「……ショコラフレーズ……?」
「?サクラ、君も私を知っているのか?」
「……いや、つい先日貰ったチョコ菓子のメーカーの名前と同じだったものでな……」
いつでもお前はマイペースだな、サクラよ……




