あの頃のあの仲間達
「……次は……あいつか」
フロウに肩を借りながら、上へ上がる途中、呟く。
その俺の主語の無い言葉にも、フロウは理解して答えを返す。苦い顔をして
「……そうね、次は……」
次は、五十層の守護者、フレイこと、フレア メイ テンス。
迷宮探索で最も死者を出した守護者との戦いは、フレイが一番だ。
「……誰と行くの?」
「……一人で行く、あいつの前に、仲間を連れて行く気には……とてもならない」
「……それは私も同意見だわ。
……フレイとの戦いで、沢山の人が命を落としたし……あなたの仲間も」
「……あぁ、そうだな……だからこそ、俺がケリをつけるいい機会た」
「……えぇ、頑張ってね」
それは心からの応援。
フロウも、フレイにはいい思い出がないのだから、当然と言えば当然だ。
お互い、最後の一人にまで生き残ってきたもの同士、どこか近いものを感じることはある。
「……よし……」
墓参り、前の戦争で墓場諸共吹き飛んだが、また別の場所に移してもらった。
手を合わせ、報告と、墓の掃除。
初めのうちは色々と慣れなかったが、今では慣れたものだ。
俺の記憶にない、知らないはずの、でも大切な仲間たち。
悪夢の中に、なにか救われるようなものがあったとするのなら、あの家出過ごした日々だろう……
その中には……あいつもいた。
屋根裏にいるフレイの所に、デクターはいじけた時に必ず行っていた。
ディンはなにか雑談をしに行っていたし、ジャンパーもリビングで仲良くしていた。
俺とも、仲良く話しをしていた……はずなのに。
俺の感が、完全にフレイを信じきっていたはずなのに、ああもあっさりと裏切られた。
正直なところショックだった。
もしジャンパーを失っていなかったら、多分俺は刃を向けることすら叶わなかっただろう。
あの頃の俺は、それほどまでにあの頃を愛していた。
朝起きて、ご飯を食べて、予定を立てて、迷宮に行ったり、クエストをこなしたりして。
お昼はみんな一緒に食べて、晩御飯を食べて、テレビや雑誌を見て、自分たちが乗っていると、一喜一憂して。
フレイは、俺たちが乗っている雑誌のページを切り取って、コルクボードに貼り付けていた。
自分たちの名前が乗っている見開きが次第に大きくなって行っていることに気がついたのは、フレイのおかげだった。
みんな、最高の仲間だったんだろう。
だから俺は苦しんだし、泣いたし……実の所、最後の最後まで、心の奥の奥ではフロウを殺したことを後悔していたらしい。
でも、他の誰かが殺すのは、間違っていると思っていたらしい。
サクラやラングが殺すのは、もちろんのこと、デクターは心優しい子だから、今は良くても、数日もすれば、その事を思い出して眠れない夜が続くだろう。
だから俺が殺すしかなかったんだと、自分に言い聞かせるように何度も何度も唱え続けた後に、初めて刃を向けることになった。
葛藤が、俺の中で渦を巻いていたのが、今の俺でも鮮明に思い出せる。
だから、あの家出の日々をふりかえって、俺は時々、どうしようもないお人好しだったんだなと思わされるような結論に至る時がある。
「フレイは、本当はいい子なのかもしれないよな」
墓場で、三人の墓の前でそう呟いた。
もしかしたら、俺たちに向けていた好意は本心で、間違いなく俺たちを愛してくれていたけど、やむにやまれぬ事情があって、俺たちと敵対することになったのもしれない。
フレイの未練は、遊び足りないと言っていた。
本当は、命をかけた殺し合いなんて望んでいなくて、本当は、ただ『普通』の人生を歩みたかっただけなのでは?と思うことがある。
それは、ミランの話を思い出した時からずっと頭の中に浮かんでいた。
本当は聖女なんてやりたくなくて、普通の女の子のように過ごしたいんじゃないか?って。
だから、昔の俺は、フレイに聞いてみていたらしい。
「フレイさん」
「はい〜?」
ディンとデクターとフレイが風呂に入って、いつも一番最後に上がってくるフレイを待っていて、声をかけた。
「聖女って、どうです?」
我ながら、よく分からない質問の仕方だった。
けど、少し試案顔をしたあと、フレイは口を開く。
「聖女になれて、私は嬉しいですよ。
傷ついてしまった誰かの傷を癒す力、みんなが私を頼りにしてくれて、聖女の私を愛してくれています」
「……そうですか!」
嬉しそうに微笑みながら話す彼女を見ていると、野暮な質問だったと思った。
ただ、と前置いて、俺の方を向き直して、フレイが
「ただ、街中にいる普通の子のように過ごせたらな〜なんて思うことがあったりなかったり?」
少しバツが悪そうに笑いながら、なぁなぁにしようとモゴモゴと何かを言う。
「……すいません、やっぱり今の……」
「じゃあ、明日、遊びに行きましょう!
明日、五十層に行ったあと、もしも未練が解消できなかったら……!」
訂正の言葉よりも先に、俺が先手を切り出して、誘ってみた。
その時に、嬉しそうな顔をした、口が勝手に笑っている。
口の端が丸っこい、初めて見るような笑顔だった。
光が漏れている……聖魔法の使い手ならではの、柔らかい光が。
「……ぜひ……っふふ、なら、これ」
俺に小指を立てて向けてくる。
「?……あ、あぁ」
「っふふ、ゆーびきりげーんまんっ……」
自分でやっておいて恥ずかしくなって、続きを言わずに、指を解いた。
「おやすみなさい、カルカトス」
初めて呼び捨てにされたような気がした。
だから、俺も
「おやすみ、フレイ」
この日を境に、俺たちは本当の仲間になれたと思っていたのに。
「……結局俺の勘違い……かな?」
風が吹いた。
それに少しだけ、なぜか勇気付けられた。
「……ジャンパー、デクター、ディン……また明日、フレイと来るよ」
俺はそう言った。
戦うんじゃなくて、もう一度ここに来てもらう。
殺した人達へ、反省や後悔をして欲しいんじゃない。
もう一度、確かめてみたい……カルカトスパーティーを。




