大嵐
「……っお、来た」
サクラの仕事部屋でのんびりしてると、ノックをする音が聞こえる。
「どーぞ」
「なぜ貴様が返事をする……!」
ポンっとハンコを力強く押す音が聞こえてきた。
「失礼するわ、あ、お待たせ、カルカトス」
そう言って入ってきたフロウ。
「おう、気にすんな、こっちこそ、急なお願い聞いてくれてありがとうな」
「あくびが出るぐらい平和なのよ、勇者の仕事なんて、ただここに居ますよーって言うだけよ」
「そうか、いいことだな、そりゃ」
「そうね」
「私のデスクワークは一向に減らんぞ!?」
座りっぱなしの仕事はこいつには堪えそうだ。
「俺だって仕事全部終わらせて迷宮潜ってるんだ、文句言うな」
そう言いながら、ギルドを出て、迷宮へ足を運ぶ。
「横に立って戦うのは、随分と久しいわね」
大人びた口調になったものだ、フロウ……じゃないな
「あぁ、そうだな、五十層以来かな……確かに、随分と昔だ」
フレイと戦った時以来か、本当に昔のことのように感じるが、多分色々あったからだろう。
だから、俺もフロウも随分とあの頃から変わった。
「初めて会ったのは、生誕祭の時だったよな」
九十四層、そこに出てくるモンスター達は、こちらから刺激しなければ、害はない、しかし一度敵に回れば、恐ろしい。
だから、敵を害することなく、敵にすらしないように、ゆっくり真っ直ぐと雑談混じりに歩いていく。
「そうね、私たち、あの頃とは随分変わったわ」
「……だな」
とてもいい方向とは、言えないだろう。
俺とフロウの間には、小さな溝ができたままだった。
けど、それでもお互い、戦争の件を機に仲直りのようなものをして、今こうやって一緒に戦ってくれる。
「……お、いたな」
二人でてくてくと歩くことはや十五分ほど、視界の奥に、闘技場が広がった。
これは、見たことがある、ソウルドにあるものと同じだ。
「……いらっしゃい、二人とも」
剣士が一人、立っていた。
穴が空いていない白い仮面をつけて、そこにいた。
剣を抜き、構えるだけで美しいものになる。
けどそいつは剣を抜かない。
「久しぶりー!!!元気そうでなによりだよ〜!!会いたかったよぉ!」
走ってきて、俺とフロウにも抱きつく。
「わ、私にも!?」
「もうこの際なんでもいいよ!会えて良かったよ……あの世に行くのは、もう一戦、本気で戦ってから!」
「……久しぶりだよな、ミラン」
「……だね、ここにいるのはワイパーじゃない、ハウルじゃない、剣聖ミラン ダリン。
私のあの時再会を誓ったカルじゃないけど、あの時のカルはもう逝ったんだよね?」
「あぁ、なんでもお見通しって訳か?」
あっちの方のカルカトスは死んだ。
俺は、アルトリートさんや、師匠に育てられて、ネルカートで上へ登り詰めて、そして、ヘルヴェティアの王護衛兵の1人だ。
「だよね……うん、わかってたけどいざ分かるとそれはそれで悲しいな」
本当に心底悲しそうに仮面で見えない顔を背ける。
守護者でも、冒険者に入れ込むことがあるのは、サクラの一件で十分理解していた。
あいつがただただ愛されやすいだけってのもあるだろうがな。
ミランは、サクラで言うところのクレイアなんだろうな。
「……ま、落ち込んだって仕方ないか、本気で行くよ、悪く思わないでね二人とも」
そう言ってニヤリと笑うのが、仮面越しにもわかった。
表情が一切見えないそれは、戦闘においてかなり有利に働くんだろうが、彼女は仮面をとった。
「行くよ、二人とも……精々死なないで、頑張って食らいついてね」
剣を抜き構える……構えると言うよりも、自然体。
しかし、ただそれだけで踏み込み難い何かがある。
「……私は、勇者ですから……簡単には死にませんよ」
剣を抜いた、それに呼応して大嵐が空に放たれる。
あっという間の曇天と大風と大雨。
「あんまり雨降ると、血が流されちゃうな」
傷口から、剣を引き抜く。
「カル、これが最後の稽古だと思ってね……フロウ、あなたも、貴重な時間を体験させてあげるわ」
そう言った瞬間、俺とフロウは胸に穴を空けられた。
「っぐぁ!?」
「……っぇ?」
急いでフロウを回復させる。
勇者特有のオートガードが剣の軌道をほんの少し逸らして、心臓は避けている。
俺は見事に心臓を潰されたが、それで止まるような生き物じゃないんでな。
「……勇者の纏う防壁、実際こうやって戦うのは初めてだなぁ……うん、でも掴んだよ」
「い、今の何?」
「ミランは固有スキルを、2つ持ってるんだったな……!」
忘れていた、と言うよりも、蓋がされていたような感覚だ。
だが、蓋が開いて、全部振り返れた。
「……ふたつも……!」
「時間停止と、各属性を纏えて、それを剣聖が振るう、その2つ」
痛みに歪んでいた表情が、今度は冷や汗をかく、俺もだろうな。
「……よく、生誕祭の頃の俺はミランと正面から戦ったな……!」
「私の自慢の弟子だったよ、彼は」
そう言って、不敵に笑う、まるで俺たちはその頃の俺に劣るとばかりに笑う。
「……フロウ、あの時間停止は多分連続で使用できないんだと思う、一度使ったら、多分クールタイムがある、今がそれだ、叩こう」
「……了解、大嵐に、注意してね」
認めさせてやろう、あの頃の俺を、超えて俺は先に居ると。




