狂ってる
「……さて……よく見ろ、俺の力を……俺は……モノにしたんだ、あの忌まわしい悪夢のようなキメラの力を」
アライトさんと出会った時に心に決めた、これは、マインと戦うまで隠しておこうと。
「……来るといい、私は……君と言う英雄を、クロンさんを超えた人と、戦う……!」
それはつまり、俺に勝てば、憧れのクロンに勝ったことを意味する、というようなワクワクの笑顔だった。
笑顔で揺れたピアスは、クロンのダガーの刃の部分のような模様が入っている。
けど、あれはよく見たら、クロンのダガーだ、だが刃は潰されて、ピアスに装飾しているだけだ。
同じものは、この世に二つ存在しない、これは一体どういうことだろうか?
「このピアス、気になってるみたいだね……悔いなく戦うためだし、教えてあげるよ、このピアスは本物だよ、私も、クロンさんも本物。
けど、私のいた世界では、クロンさんが私に遺してくれた、唯一私の住む村に帰ってきた、クロンさんの遺品なの、刃は潰れ、クロンさんは、死んだの、そのはずだったのに、私が呼ばれたこの迷宮に、クロンさんはいた」
つまりどういうことだ?
「つまり、私達は、どうやら一番弱い世界線から連れてこられてるみたいなんだ。
けど、私とリリーちゃんはイレギュラー、弱さが強さになったの」
ちょっと待て今なんて言った……!?
一番弱い!?俺が命をかけて、何度も何度も敗北に近い勝利を積み重ねてきたあの英雄たちが、一番弱い世界から連れてこられた?
悪い冗談だろ?
「……冗談じゃないよ、けど私たちは、ここに来てからも成長をしたの、だから、誰にも負けるつもりは最初からないよ」
そう言って剣を構える。
「……ちょっと驚かされたけど……行くぞマイン……!俺の……キメラの力を!!」
ボコボコと体のうちから沸騰したような音が鳴る。
「……来ますか……!」
「予め言っておく、これは俺でも実際のところ完璧じゃない。
操れるのは三十秒、これで終わるとは思っていない、ただ、あの時から成長した、俺を見てほしいだけだ」
「嬉しいよ、私にそれを見せてくれるなんて」
髪の毛が雪のように白くなり、赤い瞳は蛇の様に瞳孔が縦に伸びる。
軽い体、そして、暴力的なまでに沸きあがる、これは言うなれば再精算。
俺が今まで食らってきた物の力を、三十秒だけ、百パーセント引き出せる。
剣を握り、虫のように予備動作のない動きで飛び掛る。
振るう力は、竜の膂力……今は竜王の。
それを受け止めて、吹き飛ばされる。
追いかけようとした俺の目の前にマインが帰ってくる。
ナルヴァーがこっちに弾き返してきた。
あいつ……よく俺について来れるな!?
「っぐ!私をおもちゃだと思ってませんか!?」
剣が伸びてくる。
螺旋状描かれているのではなく、そういう風に縮められているだけだった。
グンと伸びてきて、レイピアで突くように俺の腹を突き抜ける。
「……スライムゥ!!」
マインは一度この形態の俺に、ことごとく攻撃をスカされた経験がある、だからこそ、次の手もきちんと用意されていた。
「蒸発しなさい!!」
白と黒の隙間から、炎柱が立ち上る。
「っおわっ!?」
ジュッと、体をゲル状にしていた弊害が出て、左半身を失った。
右手を付いてバランスを取り、すぐに半身を取り戻す。
「笑えるほどの不死身っぷり、あなたはどうやって倒せばいいんですか!?」
それに関しては俺も同感だ、俺を殺せるのは、一瞬で俺を殺すか……治癒を封じるか。
それをやってきたのが、フレイだった。
「僕を忘れないでくださいね!?」
音符が飛んできた、ピアノのレの音だ。
大きな音が響いた、そして爆発した。
そういえば、俺はずっとなんでもないように思っていたが、ナルヴァーは俺が出会った限りでは、唯一、身体強化系の固有スキル以外で常時発動しながら戦う。
これは、こいつにしかない確かな個性なのかもしれない。
この音の塊を飛ばし続ける固有スキル、よくよく考えれば分からないことが多すぎるな。
「……なかなか……いい攻撃をしてきますね」
そう言いながら全くもって傷すらついていない。
吹き飛ばして、吹き飛ばし返されて、俺の元に帰ってきて、音符を食らったはずなのに、ノーダメージ。
「……あなたもなかなか不死身じゃないですか」
俺も笑った。
そして、髪の毛が黒く戻り、瞳も元に戻っていく。
「時間切れ……ここからは《限界突破》……!」
ほかの何とも併用できないのが弱点だが、たしかに強いのだ。
「……出ましたね、あなたのソレ」
あの時は、併用できていた。
あれは、暴走していたから、あのまま死ぬような勢いだからできた。
命をかけていないわけじなゃい、ただ、死んで勝つつもりもない。
生き残って、勝ち残ることこそが俺の目的なんだから、ここで負けてられないんだ。
「《心象詠唱》『省略』〈嵐乃鷹〉」
鷹が急襲してきた。
省略、と言っていたわりに、早い、今までに見たどの魔法よりも、早い。
何故だろう……それは恐らく省略してきた詠唱の中に答えがあるんだろう。
何千何百と繰り返してきたその詠唱は省略してもなお、衰えることがない。
俺はてっきり、言葉を重ねて、本来存在しない魔法を生み出して来るのが、マインの固有スキルの強みだと思っていた。
しかしそれもたしかに恐ろしい、連続して飛んでくる初見殺しの数々。
しかし魔法を作り出すことは、天才であればそう難しい話じゃない、マインはいきなり達人級の練度まで、初めて使う魔法を、思いの丈だけで引き上げることが出来ること、それが強みだと思っていた。
それもそうだが、あれは、言葉に込めたものを、既存の魔法に当て嵌めることで、こうも恐ろしいのか!?
「……っご……!?」
ナルヴァーの方を振り向くと、ナルヴァーは見事にガードしていた。
「……おまっ……!?」
俺ですら反応できなかったあれを、固有スキルも無しに受け止めて見せた!?
「……あなた……やっぱりおかしいです……あなたが一番『狂ってる』」
マインが苦笑いしながら、そう言い放った。
その言葉に、ナルヴァーは……
「……え?そうですか?」
嬉しそうに笑って見せた。
あぁ、たしかに……こういうところは、天然を超えて……狂ってるな




