幻想
「……っここが、ネルカートの大迷宮……!」
嬉しそうな顔をしてくれるナルヴァーに、俺もニヤッと笑い返す。
「楽しいよな、俺もだ」
この階層は、今までとは違う。
ふみ入れた瞬間、ビリッと来た、攻撃されたわけじゃない。
相手のテリトリーに踏み入った、領域に引き込まれた……いや、言うなれば、物語に引き込まれた。
「……実は、僕、マインさんのファンなんですよ」
「へぇ、そうなのか」
ちょっと意外だが、マインの本は魔界でも愛されてるんだな。
「えぇ、僕が10歳の誕生日の時、父と母から与えられたプレゼントが、マインさんの本でした。
文の意味や、本の面白さを理解し始めた年頃、難しい言葉や意味がわからない言い回しを調べながら読んでいくのは、凄く楽しかったです」
本当にプレゼントを貰いたての子のように嬉しそうに、あの頃を思い出すように、楽しそうに笑いながら歩いていた。
あの本を熟読している、というのは事実らしい。
この階層に出てくるモンスター全てに、正しい有効打を当てはめていく。
昔ずっと調べてきたお話のキャラクターと戦っている自分に感動しているナルヴァー。
昔エンに、言葉を学ぶために読んでもらった絵本があった。
それの著者は確かリリーだった、そして、難しい本は、マインが書いていた。
俺は、昔から、俺が思っていた以上に英雄に包まれていた。
ずっと進んでいくと、とびきり広い所に着いた。
天井は高くて、フィールドは端が見えないぐらいに広い。
しかしただ広いだけじゃない、幻想的だ、空に飛ぶ鳥たちは虹の羽を広げ、雨粒は空で止まり、太陽に反射して煌めき輝く。
「いらっしゃい」
マインが、笑って迎えてきた。
白と黒が螺旋状に捻れた特殊な剣を、既に抜いて笑っている。
「そっちの子は……初めましてナルヴァー、私はマイン ウェイパー」
「は、初めまして……!」
緊張している、そんなナルヴァーの様子に俺もマインも微笑む。
「さて、私はこの階層を守るよ、まさかまた君と会えるだなんて……私も、あなたに負けた瞬間に、こうして再会できるのがやっと理解できたから」
「!あの時から、わかっていたんですか?」
「えぇ、あなたが連れてきた、クロンさんのおかげでね。
私があなたに殺されて、怪物になる間際、クロンさんが、私に話しかけてきたんです、まだ俺たちの役目は残っているって」
だからか、あんなにもあっさりと成仏したのは。
いや、この人の場合、もう既に未練は解消していたんだ、クロン会えていたんだから。
つまり……あの時のマインは、ほとんど消えかけの、酷く弱った状態だった……
「……今の私は、あの時の比じゃないよ、カルカトス」
そう言って、俺の考えていることを看破する、クロンのようだ。
しかし、心を読んだわけじゃない、表情でバレたんだろう、ニヤけてるのが自分でもわかる。
「……俺の方からも言わせてもらいたい、今の俺は、あの時の比じゃないぞ、マイン」
あの頃の、暴走状態とは、天と地ほどの差がある。
もうあの頃の弱い俺は克復して死んだ。
今ここにいる俺は、そいつも背負って生きている。
「強いね、やっぱり君は強いよ、クロンさんのように、仲間思いだ、けど、あの人みたいに、諦めはしない」
「……かもな……ナルヴァー、人化を解いて構わない、ここなら暴れられるだろ?」
「無論です……マインさん、行きますよ、不肖ナルヴァー、カルカトス様を精一杯アシストします!」
そんな態度のナルヴァーを笑いながら
「……マイン、こいつは四天王が一体『幻奏』のナルヴァーだ。
聴き惚れてると、痛い目を見るぞ?
ナルヴァー、俺のアシストなんか考えるな……お前が倒すんだ、そういう意気込みでいけ」
俺が半ばナルヴァーの代わりに名乗ると、驚いた顔をして
「四天王……通りで只者じゃないオーラがビンビン来るわけだ……類まれなる才能、それはこのレベルになれば当然もちあわせていないといけないものなのに……それもないのに、喰らいつこうとしている……そして、強い」
マインからの賞賛の声に、照れくさそうに斜め下を向いて
「……ありがとうございます……!」
今から命をかけるというのに、和やかな雰囲気から、戦いは始まった。




