ピンチを【ラジアン】
「っぼっ……!何今の……!?」
斬撃が、壁をつきぬけて飛んできた!?
それに、さっきから剣聖の背後に見えるのは、無色透明な魔力の塊。
近いものだと精霊……どっちかと言えばアズナスとかに似ているが。
「こういうのは名剣だけにして欲しいね……!」
悪態をつきながらも、腹は横一文字綺麗に裂かれた。
ちゃんと力入れてないと内蔵がとび出そうだ。
「剣を振る……」
そう言ってまた、距離を詰めてきた。
さっきの斬撃が腹に響く!
そのせいで受けることすらままならないっ!?
「っなんでっ!?剣が!硬い!?」
私の剣でさっきから何度も折ってきたこのただの剣が、何故か折れない。
「剣を振る……剣を振る!」
しかし喜んだり悲しんだりもしない、その顔はなにかに取り憑かれたように、無我夢中だ。
そして、彼が振るう剣は、さっきからずっとおまけで斬撃が飛んでくる。
訳が分からない、魔法じゃないし、私のどの技を使っても対処ができない。
それにきっと、この人は私の固有スキルで剣を封じても、その中で剣を振り続ける。
だってきっと、この人には『それしかない』から。
「私も……剣に没頭する……!」
動きを見て!よく真似るんだ!
そのための私の魔眼、その為の私の力!
動きを……真似ろ!少しでも!1パーセントでさえ近づけるように!
ここで左にステップを踏む……そして、剣を振る。
私も左にステップし、そして、剣を振る。
剣を振る、その動作に細心の注意をしながら剣を振る。
腕の筋肉、その筋一本でさえ、剣を意識して、剣を振る。
足はつま先から付け根まで、剣のことを考え、剣を振る。
心臓の拍動が跳ね上がる、その音さえ忘れて、剣を振る。
剣を振る剣を振る剣を振るそれだけ没頭して、剣を振る。
次第についていけるようになってきた、しかしそれよりも剣を振る。
一に剣を二に剣を、三四も剣で百まで剣を振る。
私が着いてきたことに気づき、更にペースを上げて剣を振る。
時折急停止したり、急加速したり、規則的で、不規則で、真っ直ぐで、ぐにゃぐにゃで、見えるけど見えなくて、そんな小細工を見抜く暇があれば……そう、そんな暇さえあれば『剣を振る』
その先に、きっとそれら全てを打払えるのだと、この男が私に教えてくれた。
ならば私はこの人に勝つために、すべきことは『剣を振る』
「「剣を振る」」
タイミングが合った。
つまり少し追いついたということ、けどそれを考えている今があれば、剣を振る。
無我夢中、無我の境地、自暴自棄、暗中模索。
そして、やはり私達は剣を振る。
次第に二刀流は一刀流に戻って、握る剣はナイトライン。
彼が人の中で一番狂っているのなら、私が魔族で一番狂っている。
無言で、何十何百、何千と切り結ぶ。
そしてついに、剣聖に傷が入る。
刃が届いた。私の斬撃はまだまだ飛ばないけど、私の体はボロボロで、無理をさせているけど、それでも私は剣を振る。
瞬間、動きが変わった。
剣聖が剣を投げつけてくる。
その剣は彼の手から離れたからか、酷くあっさりと切断出来た。
そして、その飛んできた剣の死角から、剣を持った剣聖が迫り来る。
それを読んで、その方に剣を振る。
しかしそれも読まれて、剣で受けられ……そして、二本目の剣を振るう。
その剣は、今咄嗟に取り出したものだろう、寸前まで持っていなかった。
この人は……小細工も使うのか。
絶対に勝つために、負けないために勝つ彼は、なんだってするのだろう。
人生を剣に捧げ、勝利のために生きてきた男が、確かに愚直なわけはない。
だからこそ、私の腹にこのただの剣が深深と突き刺さるのだろう。
だが、私だってタダでは刺されない。
腹に力を込め、内蔵が絞り出そうなほどに痛むが、この時のために、ナイトラインしか抜いていなかったのかもしれない。
鞘から走るアズナス。
すぐに逆手に持ち替え、真下に向けて、腹を刺している剣聖に向かって剣を振る。
確かな感触と、鼻をつく血の匂いは私の血じゃない。
間違いなく心臓を、確実に一突きした。
そして血に伏せて、言葉を吐いた。
「そうだ……それがいい」
剣を振り続けた男の最後の言葉だった。
そして私のこれは……あぁ、致命傷だ、間違いなくこのまま死ぬ。
「っ……カルカトス……!!約束……したのに!」
私も前に倒れる。
一呼吸する事に、心臓が一度鳴る事に、飛び出る血液たち。
一緒になって力が抜けていく。
そして、私の瞳はゆっくりと閉じられた。
息が………持たない。
剣に没頭して、私は生き残ることさえも捨て去って、剣を振り続けた。
その果てに、死ぬのなら……やはり後悔は
ありまくりだ、アイビーから、託されたんだから。
でも、もう目が開かない、酷く重たい。




