姿形のあったところ【アイビー】
9月6日、寒いって言ってカルさんにくっつく理由がひとつ出来て嬉しいこの頃。
最近はカルさんが買ってくれた日記帳に軽く書くことを日課にしている。
これもまた普通の女の子らしくて私としては非常に嬉しい限りだ。
約束通り、私の……私たちの生まれたあの孤児院へカルさんと二人で行くことになった。
「準備はいいか?……なら、行こうか」
本当に最低限の準備だけして、わすがな記憶を頼りに歩いていく。
孤児院の最深部……地下実験場の最深部は、白い壁におおわれた実践実験ルーム。
その奥にある壁とほとんど同化している扉を押す。
するとズルズルと壁が滑り、奥へ繋がる。
その仕掛けを見て心底驚いた様子だったカルさん……私としてはマスターが部屋の真ん中で白骨死体になってる方が驚かされましたよ……
その部屋の中は培養液なんかでいっぱいのタンクが並んでいる……いかにも怪しいって感じ。
「……ここの資料とかかな?調べたいのは」
そう言ってカルさんが手に取ったのは、同時に驚いた顔をしていた。
「……つい最近見た名前だな……サーラー跡地……そう、それは5000年前、氷魔王と呼ばれ恐れられた魔王がいた……そこで戦い、今でも変わらない、永久不変の凍結大地、それこそが、サーラー跡地だ」
「そんなところで何を研究してるんですか?」
「なんでもここに高密度の魔力の反応があるらしい……大方、勇者と仲の良かった魔王の為、聖剣が眠っている可能性があるらしい。
長い間世界最高峰の氷魔法に当てられたため、もしかすると聖剣の形質自体が大きく変わっている可能性もあるため発掘を急ぐ……とか書いてある」
その下には氷が固く、現在の採掘技能では不可能と判断、破壊手段を考えるように。
と書かれていた。
そして、私の出生も書かれていた。
『彼女は天才だ、いや、そんな言葉は正しくない。
カルカトスこそが天才なのだ、ならば、それを遥かに、雲の上とも言えるほどに離れた才能を持つアイビーを、果たしてなんと例えようか?
天才なんて言葉ではアイビーに失礼だ。
分かることは、カルカトスの臓器移植は失敗だった。
悪夢魔術のヒント程度にしかならない……剣術も、魔法も、想像力も何ひとつとしてカルカトスが将来優るものは無くなるだろう』
そう書かれていた私の項目……カルさんは少し悔しそうだが、同時にそこまで驚いていないようだった。
そして、もう1枚の私について書かれた紙。
『しかし、アイビーは……………である』
そう書かれた紙は密かにひとりで処分した。
これを見せるのはダメだ……しかし、日記に書きとめる気もない、記憶の中に収めておこう。
「あ、だいたい一週間後には魔王城に行こうな」
との約束も取り付けた、完璧に上手く回っている。
「……カルさん……」
「ん?どうした?」
ご飯を食べながら話しかけると、口に運びかけたスプーンを止めてこちらを向いてくれる。
「……あの……いや、なんでもないです……このオムレツ、とっても美味しいです……また作ってください」
「あぁ、いいよ、作り方も教えてあげるさ……また、シアさんにでも作ってあげるといい」
そういったところも気にしてくれるのは本当にありがたい……しかし、これを私が作れるのかそんな心配はしていない。
自信があるわけじゃない、むしろ自信はない。
しかし、それよりも気にしなくてはならないことが今の私にはあるのだ。
最近、心臓のドキドキが止まらない。
ドクン、そう心臓がはねる度に、体の隅々までに血液がゆきわたるのが肌でわかるほどに心がバクバクとなる時がある。
その時は絶対に基本的にはカルさんが近くにいる時。
口元に着いたご飯をとってくれた時。
寒いって言った私を寄せてくれた時。
美味しいって答えた私に「よかった」って微笑んだ時。
寝る前に「おやすみ」って言ってくれた時。
その時に限って動悸が激しくなる。
そのドキドキが分からなくて苦しいけど……そのドキドキが1番私の求めているものだとも思った。
そして、その感情が恋だと言ったのは、以前カルさんの仲間だったという魔女さん……の友達の女騎士……のことが好きな盗賊の部屋にあった恋愛小説の主人公の女の子と、今の私がリンクした気がした。
これが『恋』なんていじらしくて甘酸っぱくて、苦しくて、楽しいものなのだろう!?
こんなにも素晴らしい感情が、存在したなんて!?
そして……これが!生きる!普通の女の子として『生きる』ということ!
一端の恋!それが実ることを祈りつつ、その実るまでの過程が永遠に続けばいいと思う矛盾を孕んだこの感情!
理解し難いが、実感すれば理解する他ない、それが!これが!恋か!
「ど、どうした?そんなにニコニコして」
「カルさん……私好きです」
「……っえ?」
「オムレツ、大好きですよ」
「……あぁ、おう」
私の事、意識していますよね……直視できないぐらい、意識させてみせますよ……いつか必ず落としてやる……!




