演奏終わり【アイビー】
「フィナーレにしましょうか!!〈親愛なる明日へ〉」
音がさらに強く響きはじめる。
私はアイビー、勝たなきゃ無意味、だから、足は止まらない。
「限界だって超えてやる……私はあの人の内臓まで捨てたんだから……だから!」
天才の彼の素体、その臓器を頂いた。
それは私を何度も苦しめてきたけど、それでも私は良かった。
「おぉ、なんで急にそんなに強くなったんでしょうかね!?」
「深い愛と、愛する人のために……捨てたから!」
カルさん……これが終わったら沢山褒めてください。
何も聞かずに、今までどおり愛してください。
打算的なところも、少し抜けてるところも、どれもこれも褒めてください。
後であの料理が非常に不味いことを知りましたよ、でも美味しいって言って食べてくれた2人に、いつか本当に美味しいって言わせるまで、私に教えてくださいよ。
「愛かぁ、なら親愛なんて言葉は君のためにあるのかもね、今の君ほど、英雄らしい戦いっぷりはないさ。
たった1人で、仲間のために戦っている。すごいじゃないか」
「私はカルさんのためだけに戦います!」
「君がそう思っても、他の人からすれば君は英雄さ」
音が剣を鈍らせる。
上手く当たらない……掠ってばかりだ。
「『鯨が鳴いた』『嫌に悲しげな鳴き声だった』『今私が戦う理由は』『それだけで構わない』《悪夢魔術》〈吠える巨鯨〉!」
「っはぁ!?何っ!?」
カルさんの悪夢魔術についてはわたしも色々聞かされてきた。
なら私のはもう『1歩先を行く』悪夢魔術。
鯨が跳ねる。上がる水しぶき……そう、六十層のこの街に、大量の瓦礫の海、泳げ……舞え……飛べ!私の鯨!
「鳴いたって泣いたってないたって!声は届かないの!」
孤独な鯨、私を、カルさんを助けて!!
そう願うだけで、その体積は、推し潰そうと襲いかかる。
「……どこかの本にあった気がするよ」
そう言いながら、サーラーは押しつぶされた。
避けるのは不可能とみて、光を固めて防御に移っていたのが見えた。
私たち3人の連携攻撃は確かに響いていた!
「ご、52ヘルツで鳴く鯨……聞いたことがある。
誰にも聞こえない音で孤独に歌い続ける……歌かも分からないがね」
「へ?な、なんですかそれ?」
何の話か分からない……そう聞き返すとこの戦いの中キョトンとした顔。
振動が街を崩し、みんなを蝕み巨鯨が跳ねるこの混沌とした空間で。
「……魔法とは心の形、時に君の心を写してるだけなのかもしれないな……魔法はやはり素晴らしいものだよ」
ボロボロなのに口がよく回るのはあの人と同じだ。
「最終ラウンドだ」
そう言って、音が今度は『消えた』
「……っえ?」
負荷も何も無くなった。
カルさんも、サクラさんも、立ち上がった。
他の人たちはまだ時間がかかりそうだ、寝ている。
「アイビー!助かった!今!援護する!」
カルさんが飛び出して、2人で助けに来てくれる。
「な、なにか!なにか様子が変なんです!!音が消えてるんですよ!?」
「大丈夫だ!人間!私と人間は!貴様ほどではないが!強い!」
あの人はかなりの自信家のはず。
私の心の支えを外した途端、私は強くなれた。
なら、今の2人よりもよっぽど強い。
でも、2人がいてくれるだけで私の心は安心する。
「『音の無イセカイ』『誰にも聞こえない』『孤独なウタハ』『人知れず語り継がれる』『受けてみよ英雄の子らよ』『受けてなお立ち上がって見せたまえ』〈終幕の音〉」
「あっ」って言った気がした。
耳鳴りは激しい。
頭が一瞬フリーズした。
音の波が嫌にスローになったセカイがコマ送りで見せてくれる。
先に光が爆ぜた。
少し遅れて、五線譜の縁が、糸のようなあの線が広がった。
建物に触れるとひび割れ粉になり砕ける。
しかし、倒れている3人に追い討ちするようなことはなく、立っている私たち3人に、触れる……当たった。
突き抜けて行った瞬間、身体がビリッと来た。
それだけだった。『感じれたのは』そこまでだった。
「っえぁ?」
そういったはずなのに耳が聞こえない。
足が溶けたように折れ曲がり、着いた膝は液体のように形が変わる。
「骨……」
粉々どころじゃない。
なんなんだあの魔法。体の中の骨がもう水みたいに粉々になった。
牛乳もっと飲んでたら良かったなぁ……
粉々の骨はすぐに再生させ……暖かい?
「カルさん!?」
じっと、粉々のはずの腕をこちらに向け、回復をしてくれる。
骨折や内出血がたちどころに治る。
私の再生能力を優に上回るその異常な魔力に驚きを隠せないが、それはまた後で考えればいい。
あの最後の魔法を使ってから、サーラーは疲れ果てたように光の色が鈍いねずみ色のようになっている。
カルさんが与えてくれたチャンス。
カルさんがくれたこの剣で……行こうよ!ナイトライン!
浮いている光の球体に、剣を深々と刺した。
イメージはスポンジのような、柔らかさ。
掠り続けても血の一滴も流れなかったあの体から、銀色の液体が流れたあと、光がいってんに集まり、手のひらサイズの石になる。
これが輝石か……銀色の少し重みの感じる石は、音符の印が記されていた。
次はみんなを助けないと。
そう思い振り返った瞬間、意識が闇に落ちた。




