ホンネのヨワネ
「……私達もここら辺で……飲みすぎた……」
ミリアがフラフラしながら出ていく。
それを支えながらナルヴァーも、扉の向こうへ。
右腕の2人も、片付けは俺がすることを伝えると、申し訳なさそうに、彼ら二人の後を着いて行った。
魔王様はあまり酒に強くないらしく、ディスターヴさんと共に前に去っていた。
「……2人っきりになったね」
そういう彼女は俺を見ていない……テーブル上に置いた仮面を見ている。
酔っているせいで、顔が赤くなっている……針をさしたら血がいっぱい流れそうだなぁとくだらいことを考える俺も酔っているのかもしれない。
「そーだな」
そう言いながらワイングラスを傾ける。
生返事しか出来なくなるぐらいに頭が働いていない。
「私さ……今日カルカトスに勝ったし、お願い聞いてくれるよね?」
彼女らしくない落ちた声音……拒否すれば涙を流しそうな程に感情的で傷ついて見える。
故に、断る気は初めからなかった……変化といえば、選択肢が無くなった程度だ。
「いいよ、なんでも言ってみて」
多分ラジアンは、泣き上戸なのだろうな。
「私の話を、ただただ聞いて?」
そう言って、俺の目を見た。
「あぁ、聞くよ」
そう答えると、また少し視線が外れ、不安定に揺れたあと、俺をまた見て口を開く。
「私って、別に四天王とかしたくないんだ」
そう、口から言葉が盛れ始める。
「私は……元々ただのラジアンだったんだ……ハイラーンなんて名前なかった」
「その剣抜いたからか?」
「うん、私は戦うのが好きだよ……お互いが命をけずって、全力で戦う。
崇拝したくなるほどに、気高くて、美しいから私は好きなんだ」
「……それで?」
「私ってさ、四天王最強とかって、そうはやし立てられているけどさ……私は才能がそんなにないから、いつか、頭打ちになる」
「……俺より強かったじゃないか」
「……私ってさ、ステータス、軽くだけど見れるんだ。
カルカトスのステータス、前に見させてもらったんだけどさ、レベルは大幅に上がってるけど、何よりもステータスの上がり幅が私とは比べ物にならないんだ
私は、カルカトスと別れてすぐから、あのリングを使った鍛え方で鍛錬してきた」
あの重そうなやつか
「でも、私はそこまで強くなれてなかった。
全力で頑張って強くなったのに、元々の私と君の距離はどんどん縮まって、追い抜かれちゃいそうで……そうなったら私は……私は……」
「……ラジアンは天才の部類だと思うけどな、俺とは違う天才だと思う」
「……でも、私は時期にカルカトスに届かなくなっちゃう」
珍しくセンチメンタルなのはさっきと同じだが、嫌に弱気だ。
「ラジアンは、本物の天才、俺は作られた天才なんだから、流石に差はある。
ラジアンは神様が気まぐれで作った天才
俺は1人の凡人が、全てをかけて作った天才
詰め込みすぎず、隙間なく、美しく、完璧な造形物なんだ、俺は」
自画自賛が激しいが、事実その通りなのだ。
「……たしかに私は空きがあるし、歪だよ……」
「うん、だからこそ、新しく入る隙間がある。
歪なことは悪いことじゃないんだから、さ?」
「……私のアイデンティティはさ、この魔剣なの」
無視っすか?
「…………アズナスだったか?」
「うん、この剣は今ぐらいの真夜中に力を発して……そして、この剣は誰にも飼い慣らせないんだ
唯一の例外は、初代、ハイラーンだけ
でもさ、飼い慣らすんじゃなくて、共存、私には無いその考え方ができるカルカトスが羨ましくて仕方がないんだ」
妬ましそうに、赤い瞳が粘つくように俺を見つめる。
「俺が……カルカトスが、羨ましいのか?」
「うん、とんでもなく羨ましいよ『自分だ』っていうアイデンティティがある。
替えはいないって、証明出来る。
カルカトスには『自分の存在証明書』があるけど、私はない、から羨ましい」
「俺のアイデンティティ?」
キメラってことだろうか?
「自立できるキメラ、カルカトスはあまり詳しくなさそうだけど、これって前例がないってぐらいに凄いことなんだよ。
でも、探せば先祖返りしている魔族なんていくらでもいるし、私はアズナスに認めてもらっているのにエンブラーさんに本気で相手にされたことが1回もなかった」
「だから、アイデンティティが、アズナス以外に何も無いと?」
「うん……ねぇ、カルカトス……!」
そう言って、立ち上がり、上体をこちらに大きく伸ばし、息を吸って問う。
「私の『存在価値』ってなに?『私の存在証明』をして!?」
「っへ?」
「言われた通りに学んだ、言われた通りに強くなった、言われた通りに愛されて、笑顔で、元気で、誰にも文句は言われなかった、言わせなかった!でも!それでも私は私を認められないの!カルカトス!違う考え方ができるあなたなら……!私を!」
なんでそんなに難しい質問をしてくるんだ?
「………」
「………」
少しの間、静寂が当たりを包む。
キャンドルの炎が揺れているおかげで時間が進んでいるのだと実感させてくれる。
その間、ラジアンはほんの少しも俺から目を離さずに、口元をじっと見ている。
俺はそんなラジアンの不安と期待に満ちた目を合わないながらに見つめながら、答えを探す。
「……ラジアンはさ、みんなに認めて欲しい?」
動いた口元に反応し、ピクリと反応する。目は明るくなった。
「……うん、そっちの方がいい」
「……そっかぁ……」
肩が落ちる。
「ど、どうしたの?」
今度は不安げな目に。
「俺一人じゃ嫌かな?」
「へ?」
「俺はさ、四天王最強のラジアンが好きだよ?
ラジアンがいなかったら俺はここにいなかったし、こんなにいい好敵手もいなかった、俺にはラジアンがいてくれる事に大きな価値がある。
存在証明なんて、俺にもできない……そもそも誰がするんだろうな?
例えば神様のところに行ってさ『君は今日から存在してもいいよ』って、印が貰える訳でもないじゃん?」
神様らしい低い声で、話す。
「だって、俺にも存在証明の印はないもん、でもさ?」
そう言ってラジアンの手を握る。
優しく、弱っている彼女を傷つけないようにと注意を払いながら。
「これで、俺からすればラジアンは存在している……っていう証明にならない?俺にはこれ以外の証明の仕方が思いつかないや」
抵抗しないラジアンの手は、少し強く握り返した気がした。
「……やっぱり私」
そう前置いて、今度は確実に手を強く握り返し
「カルカトス1人でも……それだけでも、別に構わない……なんかスッキリした気持ち……ありがとう、カルカトス」
「気に召してくれてよかったよ、ラジアン」
彼女の頬は相変わらず酒の酔いで朱に染まり、火照っている。




