五十五層 黒翼
「……って訳で、どうやら51〜60は恐らくキメラの階層だ」
「キメラの階層……ならキメラの英雄?サーラーとかかしら?」
流石はディンだ、絵本の話まで網羅しているとは。
「あぁ、あの童話の英雄か」
サーラーは特段何かをしたわけじゃなかった。
悪い子供を家に帰したり、自警団まがいのことをしたり。
「でも、流石にそれは無いわよね」
このとおり、ディンも流石に信じてないか。
「まぁな、あれって何千年も前の話だからな、そんな昔からキメラを作る技術があるのかって言われたら……」
「ま、ないわよね……というか私もそういう理由で『それは無い』って言えるのよね」
「だよな、この階層の守護者は誰なんだろうな」
なんてことを考えながら肉をかじる。
「硬いわね……相変わらず」
「だな、それよりも、どうやって五十層を切り抜ける?」
「それはもう考えてるわよ」
「?どうやって?」
「私の魔法を使うの」
「ほほう?」
「《絶無魔法》の〈世界への非存在証明〉を使えば行けるわ……誰にもばれない、悟られない」
「そ、そんな魔法があるなら、なんで今まで使わなかったんだ?」
「使うと1発で気絶するのよ、オーバーヒート」
「えぇ……」
「最低でも3日は寝込む」
「よく魔法の概要わかったな」
「そうね、使用したあと、持続的にバフがかかるようなものよ。
そこからじわじわとMPが減っていくけど……私が1度使うともう止められないって言う難点があるのよね」
「ゼロになるまで、か」
「そうよ、持ってせいぜい3分」
「3分か……」
ディンのMPはとんでもなく高いはず……それで3分。
「3分以内に上まで飛んで、安全なところまで逃げて、私を家まで送ること、それが出来れば完璧」
「3分以内に……頑張ろうかな
ディン、この世界で1番早い生物……1番早い飛行生物はなんだろうか?」
この階層は1階1階のフロアの屋根が高い。
そのおかげで5階分しか落ちていないのだけど
「ドラゴンかしら、それとも魔族か鳥か……でも、直下で人を運ぶのに、かなりの上位の魔族じゃないと難しいし、ドラゴンも同じよ」
「……ダメそうか?」
「……そうね、厳しいと思うわ」
なら、代案を考える他ないな……数階上へ上がってそこから飛ぶのがいいかな?
なんて考えていると、ディンが声をかけてきた。
「……この世界にはいないけど、1番早い飛行生物は絵本の中の『カルラド・ボルテ』かしら……」
「か、かるらど・ぼるて?」
「そう、カルラド・ボルテ」
「何それ、聞いたことある気がするけど」
絵本の中にそんな怖そうな名前の奴がいるのか。
「カルラド・ボルテ、世界を統べる王の名よ」
「……続けてくれ」
「黒翼に噴射口が付いていて、そこから魔力を吹き出し、反動でありえない速度を実現させたのよ」
「……魔力を?魔法じゃなくて?」
その質問に、パチンと指を鳴らし、目を見開き、嬉しそうに説明を続ける。
「そう!そこよ!このカルラド・ボルテ、凄いところはこの『純粋な魔力』を自由自在に操るその魔力操作制度にあるの!
人が、生物が魔法を使うのは、魔力の使い道がそれしかないから、井戸から水を汲み上げるポンプだけがあっても、意味が無い、繋げて、管があって初めてそのポンプは存在価値が生まれる。
けど、カルラド・ボルテはポンプのままで扱える、その力こそが、大自然の力、大災害カルラド・ボルテなの!」
その説明を聞いて、はっとした
「思い出した!大災害カルラド・ボルテ!!」
その身がついには災害と呼ばれる、確かどこかの宗教の本にあった気がするぞ。
この世の天災全てを総称して『カルラド・ボルテ』こいつを止めるための神話があるほどの、大物!
「なるほど確かに、それなら、確かにいける!」
「ただ、課題は明白よね」
「魔力の放出」
「えぇ、そうよ、これは優れた魔法使いであればあるほどに難しいのよ……魔法を使う際の魔力の放出は無意識でできるわ……でも、意図的に魔力だけを出すのはほぼ不可能。
熟練の魔法使いは、魔力の漏れがない、故に気配を悟られずらく、そして、魔力の放出ができない」
「そして、それをディンはできないんだろ?」
「えぇ、だから、あなたにはカルラド・ボルテの黒翼習得、そして、魔力噴射の機動力よ」
「あぁ、任せろ!」




