未練解消へ
「……ん?五十層の守護者?これが……?リーダー?どういうことだ?」
迷宮に行くためにギルドで手続きをしているとジャンパーが声をかけてきた。
「あぁ、俺が言ったんだ、あれが五十層の守護者だ」
「……隠す気か……?」
「あぁ、そうだな」
「にしたってあんな化け物いねぇじゃん」
4本の足、炎のような皮がビロビロと空を舞う。
頭は獅子を彷彿とさせるたてがみ、しかし顔は無い。
赤いその皮膚が空を覆うその様から、俺はこう名付けた。
「『紅月之空』あれこそが五十層の守護者だ」
「あんなやつ存在するわけないだろ!?」
「いや、いるさ」
あれは、俺のノートに書き綴った身体合成先の1つの例だ。
まぁ、1番おぞましくていちばん恐ろしい形態を選んだつもりだ。
炎を辺りに撒き散らかし、それに合わせて振り続ける黒い炎は消えることはなく、ひたすらに蝕み続ける。
ドーム状の形態に変化し、炎による一酸化炭素中毒を目論む内部破壊攻撃も備えられている。
信ぴょう性をもたせるために、性能のその全てを紙に記し、手配書の横に貼ってある。
今、辺りの話題はそれらに包み込まれている。
「……五十層、来たぞ」
今日も今日とて五十層。
2週間に今日でなるのかな?いつも通りフレイさんは前へ進み、俺たちの方へ振り返る。
「ありがとうございます、私は、やっと私の未練を見つけました」
「……へ?ほ、本当ですか!?」
その言葉はあまりにも唐突で、それでも俺たちを喜ばせた。
「それで?未練って!?」
「私の未練……それは……」
そう勿体ぶると、体の端から光が零れる。
「ほら!あってます!私の未練!私の未練は!『誰かに構って欲しかった!』『私だけを見ていて欲しかった!!』んだ!!やっぱり!」
本当に嬉しそうだ……結局、本当に聖魔法を使えるかなんて、分からなかった、本物かどうかなんて、俺達には到底及ばない話だ。
けど、これは分かる。この人はいい人だ。
だから、聖女じゃなくても、聖女の名を騙っているだけでも、俺たちはきっと彼女を昨日と同じように迎えられる。
「ありがとうございます、皆さん……私のこんな我儘の為だけに」
「いえ、あなたと会えてよかった」
「私もです、皆さんといられてよかった……生前と同じぐらい……いやそれ以上に楽しい数ヶ月間でした」
「……もう、お別れかな?」
光で顔が見えにくくなってきた。
「はい、そのようです……それでは皆さん…………さようなら」
その瞬間、背中に鳥肌が立つのかわかった。
彼女の笑みを見て、鳥肌が立ったのだ。
美しいから、その慈悲の笑みに鳥肌が立ったのだ………違う、その彼女を覆う光を塗りつぶすほどのその『ドス黒い悪意の笑み』
「〈擬似聖剣〉ォ!」「危ない!」
2つの声が、同時に響いた。
そして、1つ、2つと滴る音が聞こえる……血が滴るその音が。
「ジャンパァ!?」
目の前に突如現れた……いや違う、俺の後ろにいたジャンパーと入れ替わった……!?
そして、そのジャンパーの胸に……光の刃……?
「じ、ジャンパー……?ふ、フレイ……さん……?」
「りぃ……だ……」
「〈聖激〉」
剣が膨れ上がった。
そう思った瞬間には本能的に避けていた。
レーザーが、その横を通り抜ける。
ジャンパーの体に空いた穴はさらに広げられた。
「ふ、フレイさん……何を……?嘘ですよね……?」
目の前で起きていることは理解出来る。
『フレイさんがジャンパーを殺した』
だが、それを俺の全細胞が否定する。
マスターの手をつけたその部分まで、そこまでもが否定する。
「これが聖魔法〈擬似聖剣〉とそこからつなげる〈聖激〉
騙されましたねぇ!?!?!!皆さんん!!」
げらげらと笑い続ける。
「聖女様……!」
「んぁー?やめてよその呼び方ァ、私、そうやってヤレ聖女がどうの、それ聖女がなんだの言われるのやなの」
「何を……言っている」
「私の未練の話ぃ、聖女じゃないって、世界の皆に認めさせること」
「……は?」
そんな願い叶うわけがないだろ……!?
「自分勝手にも程があるだろ……!」
そう言葉を漏らすと、フレイは目が溢れんばかりに見開き、口は不気味に口角を上げ、言葉を吐く。
「自分勝手!?それは私のセリフだよ!
聖女がなによ!?私だって一般的な女の子よ!?
私だって普通に過ごしたいわよ!!
みんなと同じように学校に行って、みんなと同じように意味の無い会話をして!みんなと同じように叶うはずのない夢を語って!みんなと同じように夢に向かって!みんなと同じように恋をして!みんなと同じように笑って!泣いて!悩んで!苦しんで!そして!みんなと同じように支え合いたかった!!」
怒涛の勢いでまくし立てる。
その口は今なお不気味につり上がっている。
「私が何をしたって言うのよ!?ただ生まれてきただけ!ただ!力が!あっただけ!
欲しかったなら誰かにあげた!捨てられるのならすぐに捨てた!でも!私が辞めたら家族に!国に!人類に!世界に!迷惑がかかるって言われ続けてきた!
聖女なら苦しんじゃいけない!?苦しむ人を助けるのが聖女なんだから!?聖女が自分勝手に生きちゃいけない!?皆を照らす太陽が自分勝手じゃいけないの!?
英雄も!剣聖も!魔王も!王も!みんなみんなみんなみんなみんな、私よりも自由で幸せそうだった!私は!したくないことも、人類のためだからってしないといけない!
私が生きるその意味は!私の為じゃなくて!私以外の誰かのため以外に生きることは許されない!
だから!私は!君のめざす英雄なんて!どーーーーーっでもいいっ!!!」
後半の密度やべぇ




