昔昔?
「……兄さんは……どうしてそう……平気なの……?」
「……それは……」
否定して欲しかった。
『俺だって動揺している!』そう、無神経な言葉をかけた私に掴みかかるぐらいに、強く否定して欲しかった。
「……『それは』……?それはって何よ!?何か知ってたの!?」
私の思いは、彼につかみかかることで、奇しくも現実のものとなった。
思い描いた構図と登場人物が逆なことを除けば。
「……やめろ……グリム」
つかみかかったその手を、払う……事は出来ない。
私の方が強いのだから当たり前のことだ。
「……理由を話してくれたら、離すよ!兄さん!なんで!?」
「……今、聞くことか?」
「……え?」
「今の俺たちの目的は……弔ってやることだ、今はそれだけだ」
兄さんの後ろにある『異形の骸の山』は私の後ろにもある。
それを、私から視線をはずし、後ろに向け、そう問いかける。
「…………っ!」
確かにそうだ……けど、納得できない……!
「……終わったら……聞かせてね……?」
せめて、知りたい
「…………」
「……ねぇ!?」
「…………」
黙々と作業をする彼は、私なんて世界に存在しないかのように、声なんて聞こえていないかのように、作業を進める。
「……私じゃ……足でまといかな?」
薄々感ずいていた。
彼が何をしようとしているのか。
きっかけは本当に、些細なことだった。
些細なきっかけが、運命の歯車を大きくずらした。
「……どういう……意味か、わからないね」
「……そう、わかったわ」
足でまといだと、そう遠回しに告げられたようで……少し悲しかった。
「……ねぇ、兄さん……」
「……なんだ?」
「なんであの日『あの手術』を受けたの?死にたかったの?」
「……いや、違う……ただ、アンの代わりになるためだ」
「『アンは死んだ』でしょ!?」
「っ!?違う!死んでいない!」
「いい加減目を覚まして!そのお墓の下に眠っているのがアンじゃないなら!誰がそこで眠っているのよ!」
「アレがアンな訳が無いだろう!?」
「じゃあどこにいるのよ!?」
「いつでもすぐそこにいるんだ!!」
「……そんな根性論は聞きたくない!」
「違うっ!根性論だとか!そんな概念的な話じゃない!」
「なら!何の話なのよ!」
「……落ち着いて……2人とも……」
「ひっ!?」
私たちの、この言い争いを仲裁したのは……白い髪に透明な白の瞳、病的なまでに白い肌……眼と髪と肌の境界線が無くなるかのような、そんなあやふやな存在。
「……あ……ぁあ?アン……?」
「アンっ!?なんで出てきたっ!?」
「あなた達の喧嘩が見るに堪えないからよ……落ち着いて、あそこに埋まっているのは私じゃない」
「で、でも……あの時!暴走して!?」
「……確かに、あの時私は暴走したことになったわ。
でも、私が死ぬとお思い?」
何故だか、その言葉には、私の今までの考えが、いかに馬鹿な事かと後悔させるほどの『説得力』があった。
「私は、今、あの時の暴走状態で、自我も保てるし、いつでも入れ替われる……克服したのよ」
「……克服……?」
「マスターの言葉で言うなら『覚醒』した、ね」
そういうと、これみよがしに、あの日のように姿を変える。
透明なベールが、泡のように溢れ出し、彼女を覆う。
その泡が弾け、いつか見た『水』になる。
水は透明で、本当に水かさえ、怪しく感じる。
触れても、水の質感は感じられない……まるで今度は世界との境界線が亡くなったかのように。
「くすぐったいわよ、グリム」
その水は……よく目を凝らしても見えない輪郭は、魔力の線で姿を捉えられる。
「……人?」
「!えぇ、よくわかったわね、体の形は人寄りなのよ
まるで、透明になったみたいだわ」
「……アン、この際言っておく、もう俺に関わらない方がいい……これは警告じゃない……」
「なら、なんなの?」
異形の姿から、元の美しいアンに戻り、首を傾げ、質問する。
可愛いと、その動作ひとつに惚れ惚れする。
「……なんだろうな……強いて言うなら『愛』か?」
「あ、愛?」
「そうだな、好きな人、大切な人、守りたい人が傷つくのなんて見たくないからな……だから、関わるなと言っている」
「好きで、大切で、守りたいのなら、関わるなって言うのは無理でしょ?
好きなら、その言葉を伝えるために
大切なら、抱きしめて離さないために
守りたいのなら、離れたりしないで?」
「……ダメだ、そもそも、アンなら、俺が守る必要も無い……そもそも見えないし、バレても得意の次元魔法があるだろ?」
「……それでも近くにいたい」
「……ダメだ」
私そっちのけでドラマが始まっている。
「……わかったわ、カルは、そう言ったらもう曲げないものね」
意外に話は直ぐに纏まった。
「……グリム……お願いがあるけど、いいかな?」
「お願い……?」
「今彼が着けてる指輪をいつか外すこと……それと、マスターの元でスパイというか、いつか裏切って……最後に……」
「……えっ!?」
「私は本気なの……さようなら、2人とも……私は逃げるわ」
異形の姿をして、消えていく。
ほんとうに、もうどこに行ったのかなんて分からない。
「……さ、マスターを迎える準備をしよう……最後の、手術が待っている」
「……うん」
『精算』の手術。
この体に施された手術を、そのまま『別の身体に』引き継ぐ。
およそ5歳の身体に引き渡されるだろう。
まぁ、それは彼だけだ。
「……兄さんは、どうしてそこまで、力が欲しかったの?」
「……ないと何も出来なかったから」
「今なら、なにか出来そう?」
「……できるさ」




