昔昔【グリム】
私たちの住んでいる孤児院は、毎日が騒がしくて、毎日が楽しかった。
困ったことに、マスターが今日は『しゅっちょう』だとかで家にいない。
「ねーえー!『カル兄さん』ーー!」
「……ん?どうした?グリム?」
そんな時は私の頼りになる兄、カルカトス兄さんに呼びかける。
「ご飯作って!」
「……あぁ、そっか、わかったよ、みんなに待っておくよう言っておいて」
「はーい!」
いつもマスターと一緒に料理しているカルなら、きっと大丈夫だろう。
黒い髪をかきあげると黒い瞳が顕になる。
その目で、隣にいる『アン』に視線を向け、こういう。
「アン、俺ご飯作りに行ってくるね」
真っ白の髪に、透明な白の瞳。
目と髪と肌の境界線、それすらがあやふやになるほどの白。
「……うん、わかった、怪我に気をつけてね」
「ははっ、わかってるさ」
「私も手伝うー!」
「あ!僕も!」
続々と、私を含め、たくさんの子供たちがカルを手伝おうとやってくる。
「みんなありがとう、それじゃ、ミリーは野菜を切って、ジャンはお肉を切ってくれ。
グリムは俺が今から書く調味料を持ってきてくれ」
紙を1枚貰い、蔵から持ってくるように言われた。
言われた通りに作業を進める。
料理の際の火は基本、魔法具や、魔法で行う。
がしかし、カル兄さんは『精霊魔法』で火を起こす。
「……うん、お願い出来る?…………うん……あぁ、わかったよ、それじゃ頼むね」
そういうと鍋の下に火が点る。
不思議だ。子供心ながらにそう思った。
そうして出来上がったご飯をみんなと食べたり、みんなと遊んだりしていた毎日。
私たちは特種な『病気』にかかっているようで、この人里離れた地で手術と、勉強をしている。
ただでさえ『弱い』私たちの体を、外の世界の人達と『同じ』ぐらいには強くなれるように手術の日々だ。
「……おはよう!我が愛しの子供たち!」
今日もマスターは元気だ。
今日はみんなで身体能力のテストだ。
いつも通り、私が1番だ。
……カル兄さんは、相変わらず最下位だ……
「うーん、カルカトス、やっぱり君は手術の効果がなかなか出ないね……うーん、不思議だ」
「ご、ごめんなさい」
不安げに、彼は謝る。
「なに、皆と違うのは悪いことではない……実は私も皆と同じって訳じゃないからね……」
「カル兄さん!あーそーぼ!」
「あ、グリム……でも……」
「ははっ、行くといいよ、グリムと遊んで体の使い方を学ぶといい」
「!はーい」
「という訳だ、グリム、是非遊んでやってくれ」
「はーい!わかりましたー……いこっ、カル兄さん」
妹の私が、兄さんの手を引くのは不思議な構図だ……
それから『20年』が過ぎた。
「……兄さん……」
「………グリム」
私たちの周りに『誰もいない』。
『いつもは一緒にいる彼ら』も『優しくて愛らしい彼女たち』も『いない』
そして、『優しいマスター』も『悪いマスター』も、本当に誰もいない。
理由は……簡単だ、私とカル兄さん以外には誰もいないからだ。
私たちの家の裏には、大量のお墓。
私たち二人の持つ剣は、赤、黒、緑、もしかすると白色かもしれない……まるで、ペンキの中に剣を落としたかのように、色とりどりだ。
「……もう、血って、呼べるかな?」
怯えるように、不安そうな顔で私の疑問を兄さんに問いかける。
いつも頼りになる兄さんはこんな時も、顔色ひとつ変えずにこう返した。
「……『血』さ」
その言葉だけで、私は泣きそうになった。
「……誰のよ……」
「……わかっているだろ……?」
「……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」
子供のように……あるいはそれよりも幼稚な、私の否定の言葉。
「……グリム……」
彼は私に何も言わない……彼が、私が、手をかけたのは、その剣に着いた鮮やかな血は……私たちの『愛した家族』の血なのだから。




