54
土を盛って畝を作り、種を蒔く。
しゃがんで作業していると、頭上から甲高いヒバリの鳴き声が聞こえてきた。
「早いなあ。まだ、寒いだろうに」
隣の畑で仕事していたおっちゃんが、ぽつりとつぶやいたのが聞こえた。
空を見上げると、高く青い空に、小さな雲が漂っている。
吹く風はまだ冷たいが、日差しはだんだんと暖かくなってきている。
しゃがみっぱなしの腰を伸ばすと、あまりの気持ちよさに変な声が出た。
「おっちゃーん!ケビンおじちゃーん!」
名前を呼ばれ振り返ると、ローワン、ミック、ジャックの三人組が笑顔でこちらにかけてきた。
「吸血鬼が来たよ!」
三人ともニコニコ顔だ。
「コウモリがいっぱいだよ!」
「あの怖い顔のおじちゃんもいるんだよ」
空を見上げると、遠くに黒い塊が見えた。ゆっくりと近づいているようで、だんだんと大きくなる。
「お、メイヤーさんたちだな」
「あれ?もう帰って来たのかい?早いねえ」
近くにいたおっちゃんやおばちゃんたちも、笑顔で空を見上げている。
「師匠、帰って来た!?」
少し離れた場所で種まきをしていたクレイが、駆け足で近づいてきた。メーラも一緒だ。
クレイを年下扱いして兄貴ぶろうとするメーラだが、空を見上げ、両親を見つけたメーラの顔には、無邪気な喜びがあふれていた。
二週間ほど、ステアとメイヤーとタロルは、吸血鬼の会合とやらで留守にしていた。
その間、クレイとメーラの世話を任されたのはオレだった。
メイヤー達がこの村に住み始めて、まだひと月も経っていない。メーラはクレイと一緒にこの村の学校に通い始めた。
メーラの事を怖がる子供もいたが、反対意見は上がらなかった。
クレイがいたからだ。
クレイとメーラは、基本仲が悪い。
原因はメーラがクレイを子ども扱いしたり、一度ステアに破門されたにもかかわらず兄弟子風を吹かせたりするからなのだが、クレイもクレイで負けていない。
メーラに後れを取ってなるものかと、今まで以上に魔法の勉強に打ち込み、ついでに体も鍛え始めた。
クレイとメーラは、基本、ステアがいないときは魔法の使用は禁止だ。
なので、喧嘩するとなると素手での取っ組み合いとなる。
メーラはクレイよりも体が大きい。長い手足をぶんぶん振り回す。クレイは小さい体を活用して、そんなメーラの懐に飛び込んで頭突きをかます。
メーラの入学前から、二人の仲の悪さは村でも知れ渡っており、体の大きなメーラにも負けない戦いをするクレイを見て、他の子供たちは安心したらしい。
そして、最大の功労者はミルドレッド先生だった。メーラと子供たちの間の垣根を、できるだけ早く取っ払うにはどうしたらいいかと、ステアやオレの所にまで相談に来てくれた。
オレとしては、子供はほっとけば勝手に仲良くやるだろうなんて考えていたが、メーラの場合は吸血鬼という明確な違いがある。
一歩間違えれば、子供たちはメーラを異質の存在として見てしまう。
異質のものと仲良くしようとするか、排除しようとするか。
排除しようとすれは、それは人間と吸血鬼の間に溝を作ってしまう。しかし、この村では吸血鬼を受け入れようという、大人たちの良い空気が流れている。それを感じている子供たちならば、きっとメーラとも仲良くなれるはずだ。
そのためにも、なにかいいきっかけを作ってやれないかと、ミルドレッド先生は考えてくれたのだ。
そこで、村を上げての野球大会をやることにした。大人も子供も入り混じっての野球だ。
平和で退屈なこの土地では、こういう集団でできるスポーツが人気だ。近くの村のチームと試合することもある。そういう時は、まるでお祭りのような騒ぎになる。
メイヤーとタロルも加わり、2チームに分かれて、試合をした。
この試合が大当たりだった。
メーラは運動神経が良い。ボールの扱いには慣れないようだったが、バットを振らせれば一級品で、その日は何本もヒットを出して、チームの仲間を大喜びさせた。
メイヤーは、その身に似合わない俊足をみせてくれたり、長身のタロルは守備で活躍してくれた。
野球大好きの村人たちは、大盛り上がりして、その日の打ち上げでは、まるで昔からの知り合いのように、楽しく酒を飲み交わしていた。
こういう訳で、メーラは今や子供野球チームの期待の星だ。
もちろん、クレイも負けてなるものかと、野球を練習し始めた。
魔法の勉強も、野球も、学校の勉強も、家での家事も、クレイとメーラは競うように学び、めきめきと腕を上げている。
一時、ステアから離れるのを嫌がっていたクレイだが、ステアが長旅に同行させてからというもの、次第にそれも無くなっていった。マックスの助言のおかげかもしれないと、オレとステアは考えている。
マックスと言えば、結婚前にミッシェルが妊娠してしまい、大慌てで新居の準備を進めているそうだ。結婚式は子供が生まれた後にやることにしたようで、オレたちも招待されている。
空に浮かぶ黒い塊が、次第にはっきりと見えてきた。
中心にはステアとメイヤー、そしてタロルがいる。
子供たちが手を振ると、彼らも手を振り返してくれた。
「師匠!おかえりなさーい!!」
クレイが笑顔で、そう叫ぶ。
ふと、クレイのズボンの裾が短くなっている子に気付いた。
よく見ると、上着の肩幅も窮屈そうに見える。
(ああ、背が伸びたのか……)
オレは一歩下がって、クレイを見る。
初めて会った時は、がりがりに痩せていて、青白い頬をしていたのに、今はまるで違う。
健康的に肉が付き、体つきがしっかりしている。頬には赤みが差し、目も生き生きと輝いている。
(これから、どんどん大きくなるんだろうな……)
何故か、嬉しいはずなのに、鼻がつんとして泣けてきた。
今夜はステアと一緒に酒を飲もう。
クレイの背が伸びたことを伝えれば、あいつは大喜びで新しい服を用意することだろう。
(まさか、吸血鬼と一緒に子育てすることになるとは、思わなかったなあ……)
ステア達が、ゆっくりと地面に降りてくる。子供たちが駆け寄った。
理屈っぽい所もあるが、クレイを愛し、教育に情熱を燃やす良いパートナーだ。
駆け寄るクレイに、両手を差し出し微笑むステアを見て、オレはそう思った。




