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城の中に入ってみると、外の様子からは考えられないほどに、綺麗に整えられていた。
壁には宗教画まで描かれている。
床も壁も天井も染み一つない。
「これ、お前が全部やったのか?」
「そうだ。これくらい、私ほどの魔法使いなら朝飯前だ」
ステアは自慢げに胸を張り、そう言った。
そう言えば、むかし、この吸血鬼と対決した古城も、こんなふうに美しく整えられていた。
「さて、授業の続きだ。クレイ」
ステアの言葉にクレイはこくんと頷き、奥の部屋へと向かった。着いた先はキッチンのようで、大きなテーブルに肉や野菜が乗っていた。
「授業って、料理?」
「違う、魔術だ」
ステアが視線で示した先に、黒くて大きな本があった。
クレイはその本の前に立ち、木でできた杖を持ち、何やらブツブツと呟き始めた。
魔法の言葉、呪文だ。
本に書かれた文字は、ケビンには読めなかった。おそらく、古代文字で、今はもう、読める人間はほとんどいないはずだ。
「え?クレイはこれを読めるのか?」
「一部だけだがな。こいつは頭が良いと言っただろう。簡単な呪文ならばすぐに覚える」
ステアの鼻の穴が開いている。
どうやら、よほど、このクレイという子供を気に入っているらしい。
クレイが呪文とともに棒を振り、かまどに向けた。
チリリと音がしたと思ったら、小さく煙が出てきた。
「おお!すげえ!」
「成功したか!?」
ケビンと一緒にステアも身を乗り出す。
クレイも、大きな目を一層大きくして、かまどを見つめた。
しかし、煙はそれ以上昇らず、消えてしまった。
「……また、失敗か……」
ステアがため息とともに呟いた。
その時、小さくクレイの肩が震えた。
「お、おい、そんなふうに言うなよ、まだ子供なんだぞ」
「ふん。子供だからなんだというのだ。吸血鬼の子なら、この年になれば杖の一振りで竈でお湯を沸かすこともできる」
「そりゃあ、吸血鬼の子供の話だろう?この子は人間……」
ケビンの言葉をさえぎるように、再びクレイが呪文を唱えだした。
しかし、何度やっても火はつかない。
ステアはクレイが失敗するたびに、「今のは発音が悪い」とか「もっと集中しろ」と発破をかけている。
クレイの呪文が10回目を超えたところで、ケビンの腹の虫が大きな音を立てた。
「なあ、今日は諦めてこれで火をつけないか?」
そう言って、マッチを取り出すが、ステアがそれを取り上げて、水がめの中に放り投げてしまった。
「クレイが火をつけられるまで食事は無しだ」
「ええ!?いくらなんでもそんな……こんな良い肉があるのに、腐っちまうぞ?」
「問題ない。氷結の魔法をかけてある。あと二、三日くらいなんとかなる」
「二、三日って……ちょっと待て、この修業はいつからやってるんだ?」
嫌な予感がして、オレはクレイを見る。
ぼさぼさの髪で隠れてはいるものの、クレイの頬はこけ、手足は棒切れのように細い。
よく見れば足元はふらつき、目に力が無い。
「今日で三日目だったか?」
「……食事はしてるんだよな?お前がちゃんと作ってやってるんだろう?」
オレは願うようにして聞いた。
しかし、吸血鬼はあっさりと首を横に振った。
「それでは修行にならない。魔法の修業は自分の身の回りの事から始めるのがセオリーなのだ。人間ならば火をおこし、食事を作れるようにならないと」
「つまり、この子は三日間何も食べていないのか!?ふざけんな!こんな修行は終わりだ!どけ!」
ケビンはステアを押しのけ、かまどの前へと向かう。マッチは捨てられたものの、火打石は持っている。
「邪魔をするな!」
「いいや、する!このままじゃあ、クレイが死んじまうぞ!」
「何を言っている。この程度で死ぬか!」
「死ぬんだよ!」
「やめろ!!」
オレとステアの争いに、甲高い声が割って入って来た。
見ると、クレイがオレを睨みつけている。
「修行の邪魔をするなよ。オレは魔術を使えるようにならなきゃいけないんだ!」
血の気の薄い顔なのに、その口調は驚くほど強かった。
「ほら、クレイもこう言っている。こいつはやわじゃない。そう簡単には弱音を吐かない強い子だ」
「いや、そうだとしても……」
オレが言いつのろうとすると、クレイが近寄って来て、オレの服の裾を掴んで、扉の方へと引っ張り出した。
「出て行ってよ!邪魔だ!」
頼りない力で必死にオレを引っ張ろうとしている。
オレはクレイのその力よりも、気迫に押されてキッチンを出た。
キッチンの扉は閉められ、カギをかけられた。
「な、なあ……修行したいのはわかるけど、食べないと本当に死ぬぞ?」
オレは扉の向こうから声をかけてみたが、返事は来なかった。