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 この吸血鬼とは冒険時代に四度対峙した。

 海辺にある切り立った崖の上の古城で、魔獣がうようよしている森の奥深くにある洞窟の中で、霧が立ち込める森の中の忘れ去られた街の廃墟で、とある魔術師達が集まる集会で。

 四度対峙し、四度とも引き分けで終わった。

 そして、今日は最悪の状況での再会だった。吸血鬼の方も、それに気づいたらしい。

 真っ赤な唇が笑みの形を作る。

 「久しぶりに会ったと思えば、随分貧相な武器と鎧だな。そんなものでは私は殺せない」

 吸血鬼は黒い翼を広げ、ゆっくりと地面に降りてきた。

 オレは短剣を握りしめ、じりじりと後退を続ける。

 吸血鬼の言う通り、オレは今、ほぼ丸腰状態なのだ。おまけに仲間もいない。こんな状態で吸血鬼と戦えば、確実にオレは死ぬ。

 ふと、頬に風を感じたかと思ったら、オレは地面に押し倒されていた。首筋に冷たい感触を覚えたとたん、のどが圧迫され、息が詰まる。

 吸血鬼がオレにまたがり、首を絞めようとしているのだ。オレは両手で抵抗しているにもかかわらず、吸血鬼は片手だ。

 白皙の傷一つない美しい顔に余裕の笑みを浮かべてオレを見下ろしている。

 その完璧なまでの顔が怪訝そうにゆがんだ。

 「お前、年を取ったのか?筋力が落ちているようだし、反射神経も鈍い……」

 「そうだよ……悪いか……」

 「ふむ……人間ってやつは活動できる時間が短いな。お前はもう隠居の身か?」

 喉の圧迫が少しだけ緩んだ。

 「……そうだ……」

 「そこの村がお前の死に場所なのか?」

 「……いちおう、そのつもりだ……お前が邪魔しなきゃな……」

 吸血鬼はオレから手を離し、立ち上がった。短剣だけは奪われた。

 オレは拘束から解放され、身を起こす。

 小さな足音がして振り返ると、古城から子供が顔を出した。歳の頃は4~5歳ほどか。

 ぼさぼさの黒い髪をしているが、着ているものは一見高級品で、なんだかちぐはぐとした印象を受ける。頬がこけていて、随分と痩せていた。大きな黒い目が印象的だった。

 「クレイ、来なさい」

 吸血鬼が子供を手招きする。

 子供はオレのことを警戒しつつも、足早に吸血鬼の元へと駆けた。

 「……おい、その子……人間の子供じゃないのか?」

 「そうだ。名前はクレイ」

 「……親はどこだ?どうしてお前と一緒にいる?」

 オレは困惑して聞いた。

 人間の子供が吸血鬼のような危険な存在と一緒にいるという事実に、かなり混乱した。さらに混乱することに、子供は吸血鬼の事を信用しているらしい。吸血鬼の後ろに隠れて、オレの事を見ている。

 吸血鬼もまた、子供の事を大切にしているようだ。驚くほど人間らしい顔つきをして、子供に微笑みかけている。

 「この子に親はいない。私が面倒みている」

 吸血鬼の言葉に、オレは言葉を失った。

 「ここに来たのはこの子のためだ。この地なら安全に暮らせると思ったからだ。お前もそうなのだろう?ご老人」

 「……オレはまだ30だ」

 「30年で隠居か。なんともせわしない人種だな。この子は5歳だ。色々と急がねばならんな」

 「あのな、隠居隠居って……いや、オレの事はどうでもいい。どうしてその子をお前が育てているんだ?その子の親は……まさか、お前が……」

 オレの言葉を聞くや否や、クレイがオレを睨んできた。その強い瞳に、オレは口を閉じる。

 「私とクレイは家族になった。私の世界ではクレイを安全には育てられないので、人里まで降りてきたんだ。お前はもう冒険者ではないのだろう?それならば、私といがみ合う必要はないはずだ」

 「……お前がオレの村の人に迷惑をかけないのであればな」

 「その気はない。食事すらここでするつもりは無い。この子に友達を作り、学校というところに通わせてやりたいだけだ」

 「…………昨日、村の子供たちを見ていたのはそのためか?」

 「ああ、ちょうど年の近い子供たちだったので、友達としてどうかと思っていた。しかし、あいつらは馬鹿そうだ」

 「子供なんて、みんなそんなもんだ」

 「クレイは違う。この子は頭が良い」

 吸血鬼の顔に、まるで人の親のような表情が浮かぶ。少し得意げにクレイの頭をなでる。クレイは目元を和らげる。

 オレはその姿を見て、どうしたものかと腕を組む。

 吸血鬼は危険な存在だ。

 こいつがその気になれば、一晩も経たずにオレの村は壊滅することになるだろう。

 しかし、吸血鬼はクレイを大切にしているようだし、クレイも吸血鬼を信頼しているように見える。

 「…………お前、名前は?」

 「ん?ああ、そう言えばお互い自己紹介もまだだったな。私の名前は……人間の言葉では少々発音が難しい。ステアと呼べ、人間」

 「オレの名前はケビンだ」

 「よろしくケビン。お前にはこの子のために働いてもらう。殺されたくなければ……わたしの言う事を聞け」

 ステアはそう言って、にやりと笑った。


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