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第一話

「いくか?」


そう訊ねているようだが、それはただ確認を取る為、一種の儀式的な言葉だ。

その事を訊ねた本人は軽い旅荷物を手に持ち、家の外で待っている。

訊ねられた俺は、自分の意思に関わらず行かねばならない。

どうせ行くなら自発的にと、それなりのやる気はあるけれども。前向きに行こう前向きに。

なかなか重い自分の旅荷物を背負い、立ち上がる。


「よいしょ。じゃ、行ってくる」


振り返り、玄関で見送ってくれている妹にそう告げる。

家に妹一人残して外に出ないといけないのは不安だが、こうする他無い。

向かいのおばさんは昔からお世話になっているので、今回も頼らせてもらうことになるだろう。

何時も恩を受けてばかりで申し訳ない。

このたびが上手くいったらちゃんと恩返しをしたいと思う。

腰の重みに手を添える。――大丈夫、大丈夫。


「きっとにぃなら勝てる! 目指せ優勝!!」


やー! と腕を振り上げながら叫ぶ我が妹。

必勝と書かれた旗を振り回しながら見送ってくれている。

しかし、自分の実力にイマイチ自信を持っていない俺は少し返事に困る。


「おい、とりあえず”頑張る”くらい言っとけ」


「あぁ、そうする」


肘で小突かれ、素敵なアドバイスを受けたので実行する。

――とりあえず無難に、精一杯頑張る。とは言ったが、聞こえていただろうか。

相変わらず旗を振り続ける我が妹。多分聞こえてねぇや。


「よし、行こうか」


「了解。――悪いな、つき合わさせて」


「――言ったろ、これは正当な取引だ。どっちが上で、どっちが下とかそういう関係じゃない」


「わかってる。だけどな、俺はやっぱりお前に感謝してるんだ」


妹さんにもな。

黒髪を太陽で照らしながら、笑顔でそう言う同行者。


「囚われのお姫様。ちゃんと救うんだよ? 勇者様!」


「だから俺は勇者なんて柄じゃねぇっつうのに」


クスクスと笑う妹に不貞腐れたような表情の彼。


「まぁ、全部嘘じゃないな。大筋は似たようなものだし」


彼はさらわれた自分の恋人を探しているらしい。

恋人というと彼は酷く照れるが、話を聞く限りではどう聞いても恋人である。

さらわれた恋人を取り返しに行く。まさに御伽噺のようなお話なのだ。

恋人をお姫様に変換すればまさにそのまま。大筋が間違っていないというのも妥当だろう。


「お前まで――はぁ。俺の味方はいないのか」


大げさに溜息を吐く相棒。

口元がにやけてるんだから締まらないな。


「――よし、じゃあ行こうか」


「おう。長い旅の始まりだ」


拳をぶつけ合う。痛い。この馬鹿力め!

くすくすと笑う妹。――くそぅ!


    ◆ ◆ ◆


「――行き倒れ?」


どさりと何かが倒れるような音が庭からした。確認してみると、そこには一人の男が倒れている。

行き倒れ。――な訳がない。よく考えるまでもなく、ここは中庭だ。

普通に道を歩いている限り、ここに入るような事態にはならないはず。


「誰だよ?」


「――」


返事は無い。死んで――はいないようだ。よかった。

朝から死体を見るだなんてそんな事態にならなくてよかった。

ほっと一息。

しかしこの男。見れば見るほど不自然である。

先の中庭の件もそうだが、着ている服は見た事がない形をしているし、髪の色もこの付近では見ない色だ。

そして、一際存在感を放つ一本の杖。見た目こそはただの木で出来た短い杖だ。

だが、何故かそれが目に付いた。

面倒ごとは嫌なのだが、ここに放置していたら妹に何を言われることか。

思ったよりは体重は軽い。まぁ、これも朝飯前の軽い運動だと思えば。

普段使わない部屋に連れて行き、横に寝かせる。

これからは店の準備だ。

簡単に掃除を、ドアを開け換気を、商品の整頓を。

風が看板を撫でて揺らす。そこには『ランスター』と刻まれてあった。

ここは鍛冶屋であり、武器屋であり、農具店である。


     ◆


自分がこの店を継いだのは十二の頃。今から六年ほど前のことだ。

当時の自分は店の手伝いこそしていたものの、工房に入ることは許されていなかった。

親父が言うには三年早いとの事だったが、まぁ確かに高温の炉を使用するのだから危険な作業ではある。

理由を聞いたところ、


「ただでさえ熱い部屋なのに男増えてどうする。お前が入るのは俺が引退する三年前くらいからだ」


との事。ひでぇ。

母親にそのことを尋ねたら、このことは一種の伝統らしい。

15になったら店を継ぐ。

最初から親父のほうもそういってくれたら俺も憧れたかもしれないのに。

これまた母が言うには恥ずかしかったのだろう。だって。

全く、カッコイイ親父だよ。


そして、その次の年。

両親は旅行から帰ってこなかった。


馬車の事故。

一言でまとめられた言葉に、当時どれだけ理不尽を感じたものか。

何歳になってもバカップルな両親の、毎年のお楽しみ。結婚記念日のちょっとした旅行。

たまたま前日の雨で地盤が緩んでて、たまたま馬の調子が悪くて、たまたま橋が揺れた。

崖に落ちてそのまま。死体は見つからなかったらしい。

鍛冶、というか武器屋の連合みたいな所からの連絡だった。

俺一人、妹一人を残していなくなってしまった両親。

それから俺はハンマーの継承儀式を済ませて、その連合に顔を出して――


この店の主になった。


最初こそ両親の作っていた武器を売っていたが、数が無くなれば売るものは無い。

これも知らなかったことだが、両親は結構な量の貯金をしていてくれていたらしい。

一生、は無理だが五年くらいなら節約すれば生きていけるぐらいのお金。

それを使ってご飯を食べて、近所の家のおばさんが色々とくれて。

その間にただハンマーを振った。

最初の三年は本当に悲惨だった。打っては折れて、曲がって、砕けて。

鍛冶とはイメージである。と親父は言っていた。

その意味に気がつくのに三年。ただ打てばいいというものではない。

鍛冶は魔法技術である。イメージを込めて打つことで形を創り、創造する。

師がいれば最初からその方法を知っていたのだろうが、こっちは独学だ。仕方が無い。

やっと簡単な武器と、農具は作れるようになった。

で、一年に一度あるとかいう鍛冶師の祭典。剣製大会とやらに呼ばれるが未熟を理由に欠席。

そもそもまだまともに武器を作れないし。

しかし、去年までは同じ理由で欠席していたが、そろそろ段位を上げないと金銭の入手が辛くなるみたいだった。

たしかに、農具の整備などでお金は入手している。お得意さんも出来た。

だが、やはり武器と比べると値段が少ないのだ。

親が残した金もそう多くはない。

故に今年は出場しよう、とそういう事になった。


     ◆


「にーぃ。朝食できたよー」


「今行くー」


カウンターの軽い掃除を終えた丁度いい時間。奥から妹の声が聞こえた。

その声に軽く返事を返し、その場へと向かう。

うん、いい匂いだ。

自分ではこんな美味しそうな朝食は作れないだろう。

そう思いながら自分の椅子を引き、座る。

机の上にはトーストにスクランブルエッグ。それにちょっとしたサラダが置いてある。

何時もの朝食。これで朝が始まったことを感じる。


「うまそうだ」


「当然。――でもたまには違うもの作りたいかなぁ。でもにぃがこれが朝食だって言い張るから」


「金も無いしな。わかってて言うな」


「はーい。美味しい朝ごはんの為にも勝ってきてよね!」


「頑張ります」


はっきり言って自信が無いんだけども。

だってまだ素人みたいなもんだし。でも出るだけで第二位に上がれるのだ。

二位に上がれば低級の魔石も扱えるようになり、武器製造の幅が広くなる。


「うん、うまい。再来週には家出るからな。ちゃんとお隣のおばちゃんの言う事を聞いて真面目にする事」


「りょーかいりょーかい。でもにぃが大会に出てる姿も見たかったなぁー」


「我慢我慢。流石にお前を守りながら旅に出るのは無理だから」


「ちぇー」


「諦めなさいって」


実際俺の戦闘力はチンピラ二人に勝てる程度。

軍の兵士に勝てるなんて思ってません。ちゃんとした訓練受けてるんだから、あっちは。

俺だって訓練をしていないわけじゃあないが、本職には勝てない。

チンピラ相手でもそれこそ”殺し”をやったことがあるようなやつには勝てないだろうし。

素人以上玄人未満って所か?


「一本くらい金使って武器作っとくかなぁ」


と。考え事をしながら食べていたからか、何時の間にか朝食は全て胃の中。

どうせならもっと味わって食べたかったぜ。


「何時までもボ〜としてないで働く! 私は家のことやってるからね」


「了ー解」


まだ開店時間ではないが、追い出されるように店のほうに戻る。

――なんか忘れてる気がするんだけど。なんだったか。


あぁ。金かけて武器作るかってやつだな。

練習として今まで作ってきた武器は鉄くずを再利用したものだ。

コストは安くなるが、作り手の情報が混ざる為に良い作品は滅多に作れない。

稀に情報が上手く噛み合わさり素晴らしい出来のものができるらしいが、真偽は定かではない。

故に手を加えられていないものから作ろうと。そういうことだ。

材料そのものはある。だが、イメージが。創ろうとする武器の形が思い浮かばない。

鍛冶は魔法である。

精神力と想像力と腕力で物質を加工し、イメージに近づける。

ハンマーにはその力があり、鍛冶師に必要なものは出来て当然という精神力。

そして遥か昔から数え切れないほど作られてきた武器のイメージ。設計図。


「無難にナイフでも作っとくか。護身用に一本綺麗なやつ」


と呟いた時だった。

悲鳴。それと何かが落ち、割れる音。

耳を貫く高音の声が俺の耳に届く。妹の声だ。


「レフィー!?」


カウンターを踏みつけ飛び越える。汚れなんて気にしている場合ではない。

生まれてずっとこの家で暮らしているのだ。迷う事無く最短の道で妹の元へ向う。

走り、それでいて慎重に進む。しまった。商品の一つでも持って来れば良かった!

しかし今更取りに戻るようなことも出来ない。この廊下を右に曲がった先、もうそこまで近づいているのだ。

今更だが忍び足で角に寄り、頭だけ一瞬出して状況を確認する。

水浸しの床。腰が抜けたのか座り込んでいる妹。頭から突っ込むように床に倒れている侵入者。


あれ?

もう一度、今度は比較的長く確認する。

水浸しの床。泣きじゃくる妹。頭に大きなたんこぶを作っている青年。


「なんだこの難解な事件は」


ここまで来てやっと思い出した。

そういえば朝こんなの拾ったな、と。


     ◆


「いや、ホントにすまない。家の妹にいきなり撲殺されそうになったんだって?」


「いや、あの。倒れていた俺を助けてくれたんで。気にしてませんし、いいですよ」


「しょぼーん」


何時も妹が騒がしい我が家だが今日に限っては別の要因で騒がしくなっている。

いや、妹が騒がしいということなら別の要因ではなくなってしまうのだが。

一応今回騒がしいのは珍しいお客さんが来たからである。

これがいいことなのか悪いことなのかは分からないが、今のところ特に目立った事件はない。

精々が床に飛び散った花瓶の破片の回収と、水の片付け位だろう。


「俺の名前は、ゲイル。そう呼んでくれ」


「またにぃったらそれなの? 私はレフィオナだよっ! レフィーって呼んでね」


「俺は真。火野 真だ。マコトって呼んでくれればいい」


ヒノマコト、か。聞いた事のない名前だ。

服装も見たことがなければ、珍しい黒髪に同じ黒の瞳。

旅行者にしては荷物が少なく、何処からか逃げ出したというには汚れがない。

――そして右手で握り締めている木製の短い杖。

喋って、実際に音を出しているのは口なのに。なぜかそこから離しかけられているような感覚。

朝それが目に付いた理由がここで理解できる。


「どうかしたか? これ、そんなに珍しい?」


「あぁ、珍しいな。魔法礼装アーティファクトだろ、それ」


「あー、質問を質問で返すようで悪いんだが。いいか? 先に聞かせてもらって」


「順番が変わるだけだろ? 問題ないけど」


「じゃあ遠慮なく。――これってもしかして有名だったりする?」


魔法礼装アーティファクトのことならそのとおり。その杖の事を指すのなら、そうでもない」


「じゃあもう一つ質問してもいいかな?」


「いいけど」


「ここ、どこだい?」




「は?」






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