食事と確証バイアス
「ただいま。この時間となると天下のコンビニと言えど、クソみたいな品揃えになるね」
睦月求はさも自分の家のように風見弥生の家に入り、開口一番そう言ってのけた。
「お、おかえりなさい…」
風見弥生はたどたどしくそう答える。何も言わなくても、『おかえり』という言葉を発するという事が少ない、或いは無かった家なのだと睦月求は再確認する。
わざわざ玄関まで、出迎え開口一番の軽口にすら反応せず、ただ『ただいま』と『おかえり』のやり取りをするだけで、精一杯だったのだろう。
「スープも種類が選べる状況じゃなかったから、ポトフになってしまったけど構わないね?」
「構いません。その程度でしたらお腹に入ると思います」
「えらく他人事の様な言い方だね。それじゃあ温める為に、レンジを借りるよ」
睦月求はさもここが自分の家かの如く振る舞い、テキパキと食事の準備をする。食事の準備とは言っても、大した事はなく、レンジで温めているうちに飲み物を入れたりといった基本的な事だ。
風見弥生はテーブルに買ってきた弁当や、カップスープ、飲み物が置かれていく様をただじっと見ていた。
「さて、いただきます」
「……いただきます」
静かな食卓であるが、食べる気はないと先程言った風見弥生は存外食べれるみたいであった。
「美味しいかい?」
「……」
「なんとか言ってくれると嬉しいんだけどね。お互いの趣味の話でもするかい?自己紹介した時のさ」
睦月求は自己開示する様で自己というものは極力出さないようにしている。何時だって彼の話す『主体』は相手の話題であって自分の話題はあまりしない。だからこそ、睦月求は現在の風見弥生が到底趣味がカラオケの女の子に見えないのだ。
「カラオケが趣味って言っていたよね?君のテンションの問題だろうけど、些か君の今の状態を見ると俄には信じ難くなってくるんだけどもね」
「……別に。カラオケは好きですよ。ココ最近は行ってないだけです」
「君のあの自己紹介なんだけど、何かと何年前単位の出来事が多い気がするね。3億円が当たった時もそうだけどもね」
風見弥生は黙ってスープを飲む。いや、食べると言った方が正しいだろう。兎に角、小さな口で買ってきた400円もしなかったであろうポトフをやけに丁寧に食べている。
「まぁいいさ。食事の席で話してもしょうがない事もあるもんだしね。丁度趣味の話をしていたんだし、少しは私の趣味の話をしてもいいかな?」
「…動物、好きなんですね。意外です」
睦月求はそりゃそうだと感じる。この話口調からして、趣味は人間観察ですーって言った方が胡散臭さが余程ない。それどころか、ペットショップの犬猫観察なんて、一般受けしそうではあるものの、こんな似非心理学者が動物好きですと言ったところで説得力に欠けるというものだ。
人は、職業や人種などで都合のいいように情報を理解してしまう事が多い。
例えば、『黒人がスポーツ上手』という風潮なんかそうだ。それは、オリンピック等の世界的な体育系イベントの際に、上位に上がってくる確率が高いという所から勝手に、『黒人は皆運動上手』という事実を思い込んでしまう。
しかし、黒人でも運動が苦手な人はいるだろう。ただ、そういう人たちはごく一部の例外という扱いを受け、『運動上手な黒人』が現れると、やっぱり自分は間違っていなかった!と考える人が殆どなのだ。
私達の脳は、思った以上に世界を偏見な見方で見ているという事だーーー
という事を長々と睦月求は語る。
「という訳だ。確かに意外かもしれないが、私は本当に動物好きだよ。動物は嘘をつかないからね」
「…………」
風見弥生は睦月求をじとっと見つめる。
「失礼だと思いますけど、正直あなたの趣味が意外ですって言っただけで難しい話されても困るんですけど。さては貴方も友達いませんね?」
「友達か。ふむ。どこからが友達という定義は置いておいて、確かに、それは的を得ている」
「そういう喋り方だと思います。もう少しくらい素直に言えないんですか」
「これが私の性分さ。私に死ねって言っているのかい?まぁ、少しは勉強になっただろう?」
「……まぁ、それは」
風見弥生は確かに睦月求の話は鬱陶しそうに聞いていた。だが、決して『もういい』と言った話を拒絶するような反応は取らなかったのだ。
「私に食事が彩るような会話は期待しない方がいいさ。金もらって漸くやる事ができるくらいなんだからね」
睦月求は口が回る。これが風見弥生が彼の事を詐欺師と呼ぶ理由に他ならない。
「…そうですね。でも、久しぶりに誰かと食べると、ご飯の味があった気がしました。ありがとうございます」
「例には及ばないさ。寧ろ、3食寝床は他人任せにしたい私からしてみれば、一緒にご飯を食べるくらい造作もないよ」
風見弥生は少しだけ顔を緩める。
「また明日も一緒に、ご飯です。依頼にはないですけど、いいですか」
「構わないよ。あぁ、使ってない部屋使っていいかい?ついでに寝床にもしたくてね」
「構いません。父の部屋を使って下さい。……その、ありがとう、ございます」
風見弥生は夜は嫌いだ。
お風呂に入り、奇妙な事から共に協力する事になった人の事を考える。彼は自身の事を似非心理学者と言うが、どう考えても語り口は詐欺師のそれだった。
だが、彼にも心地良いと感じる所はあったのだ。
不登校であったことを否定せず、直接的には言わなかったものの『1人にしないよ』と言ってくれた気がした。
でもこれはきっと彼を都合良く解釈してるからに過ぎない。自分が一人ぼっちである時間が長すぎて、きっと彼に期待してしまっているんだろう。
でも、でも。
明日を少しでも楽しみだと思っているのは、間違っているのだろうか。
基本的には22:00更新で進めて行こうと思います。
毎日更新は中々難しい所もあるので、自分のペースでゆっくり進めて行けたらなと思ってます。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。