始まりの依頼
ここから本格的に始動します。
睦月求のなんてことの無い似非心理学者としての日常が崩されたのは、丁度世間がゴールデンウィークとやらが終わってからだった。
梅雨と呼ばれる時期に入り、昼間から深夜まで容赦なく雨が降る陽気が増えてきた頃の事だった。
「ええ、貴方は何も悪くありません。仕事の上司に意見を述べるのは、やはり職場の雰囲気を考えて難しい事なのは重々承知していますよ」
「ですが…私は仕事と妻とならば…妻を取りたいのに…私は…」
相談者の男は仕事の忙しさと、妻を振り回しているという罪悪感に苛まれ、ここにやってきた。
31歳。既婚で、子供はまだない。深夜に帰ってくる事が多く、度重なる休日出勤により妻との時間が取れなくなってしまって、妻との会話もなく少しずつ亀裂すら感じるという事だった。
初めは、仕事を変えるべきだという旨を伝えた占いを設けたが、今やっている仕事を手放しで辞められない、上司にも新人の頃の恩があるという訳で、中々転職も薦めづらい状況になってしまった。
ならば次の手として、上司に掛け合って有給を消化し、その有給を消化しているうちに、職場のブラックさに気付かせ、転職を促すという戦法に出ているものの、当然そのような会社は有給を使用するという文化が消滅している職場である為、有給を消化したいという旨を伝える事も出来ずに今ここでグダグダと悩んでいるに至っている。
正直、睦月求はめんどくさいと思っていた。
自分はカウンセラーじゃない。勇気を与えるヒーローでもない。誰かが行動を起こしてくれるのを待っている者に待つのは、怠惰を貪ったツケのみだ。そんなツケを今更グチグチと悩んでいても仕方が無いだろう。
そう思ってはいるものの、中々辞めれないという事情は理解出来る。昔は少人数で頑張ってて、いい上司だったと言っていた為、数年前まではベンチャー企業として、大きい夢を持って楽しく仕事をしていたのだろう。ただ、急激に会社が大きくなるにつれ、そうも言ってられなくなっただけに過ぎない。
合わなくなったら辞めればいい。そう睦月求は思うが、1度乗った船、1度載った博打が降りれないのと同じような何かに縛られているのだろう。
「貴方の中に答えは出ている筈です。今大事にするべきものは何か。答えとは常に1つしか選べないものなのです。貴方の手相では、この会社の出世はここで止まっている。では、貴方の妻との関係はどうか?」
「…………」
「ここで、終わらせる訳にはいかないでしょう?その為にここに来た筈です」
「……そうだ。俺は、その為に」
そう言った男は何かを決めたように此方を見ていた。
「ありがとうございます。俺が、変わる時なんですね。妻を、守りますよ」
「ええ、きっとその判断は間違ってないと、私が保証しましょう」
男から、頼んでもないのに相談料というものを頂き、今日の仕事はこれで終わりだろうと整理していると、1人の少女がこちらを見ていた。
相談者か、はたまた見ていただけか。どの道、あちらから話かけて来ない限りは無視で良いだろう。
少女の外見年齢から察するに14~18程であろう。制服を来ている所から中学生か高校生かのどちらかである事は容易だった。
無視でいいかと決めつけたその時だった。
「あの、手相占いって、人探しも出来ますか?」
「人探しですか?それでしたら他に適任がいると思いますよ?」
迷った。迷ったが、この少女が間違いなく個人の範疇を越えた何かを頼もうとしていたのは理解出来た。
「手相占いはなんでも分かるんじゃなかったんですか?」
「何を言いますか、個人の手で世界崩壊の日を占うなんて無理な事ですよ。それと同じ事です」
「でも貴方はさっき手相占いとは関係ない所の話をしていましたよね?」
正直、めんどくさいタイプと会ったなと思った。確かに先程の男性との会話は既に何回か相談を経てという段階だったのもあり、手相占いの範疇ではないだろう。
しかし、それを聴いていたというのもまためんどくさい。
「そうかもしれないね。だけどもお嬢ちゃん、君の捜し物…いや探し人かな?を見付けるのは私の仕事じゃないよ。私の仕事は手相占いとそれからわかる生活相談であって、警察や探偵じゃないんだ」
少女は何かを言いたそうに此方を睨む。
「……警察や、探偵に頼れるなら頼っています」
「へぇ、それじゃあ私も無理な事だね。諦めるといいよ」
「両親を探して欲しいんです!」
情に訴えかける戦法だろうが、知ったことではない。この依頼はきっと碌でもない依頼だ。
「尚更警察案件じゃないか。私はまだ未成年誘拐の罪で捕まりたくないんでね」
「警察は頼れません。何度も掛け合ったのに、何も答えてくれなかったんです」
さぁどうするか。正直、仕事自体は受けても構わないが、1つ懸念があった。
その懸念とは、少女はなぜ両親と離れ離れになったのかという事。理由によってはまた再開しても、再度捨てられてより、孤独になるのではないかという懸念だ。
私はカウンセラーではない。似非心理学者だ。壊れた少女の心を治す言葉は持ち合わせていない。
少し、少女には悪いが、見捨てさせて貰うしかない。
「何度も言うけど、それは私の仕事の範疇じゃないよ。どうしても探したかったら親身になってくれる人でも探すんだね。今はSNSの発達も凄まじいものなのだから、そういうアプローチもあるだろう?それじゃあ、私はこれで」
その場をそそくさと立ち去る。これで正しかったのだと自分に言い聞かせ、今日の夕食は何にしようかと考える。
去り際、少女が何かを呟いたが何かは聴き取れなかった。
そして、後日。
再び手相占いを営んでいる所に、少女は現れた。少女は前よりも隈が酷く、ふらふらとしていた。
「お願いします。詐欺師さん」
「大概しつこいね君も。それと私は詐欺師ではない。似非心理学者と言って欲しいね」
「どうしてもダメですか」
「……受けても構ないがね、理由は2つある。ひとつは両親に会っても、君の望む結果になる可能性は薄いこと」
2つ目の理由を紡ごうとした時だった。
「何か勘違いをされているようですね。詐欺師さん。私は両親に会いたいですが、その後はどうだっていいんです。ただ、『私を捨てた理由』を知りたいだけなんです」
「………なるほどね。そして、もう1つの理由だが、君がこの依頼を頼むに当たって、費用を工面できるほどの財力があるとは思えないから」
「………」
「まさか、毎年貰えるお年玉とかで賄えるとか思っていたかい?…費用は2000万。その財力は君にはないだろう?」
正直、たかが女子中学生、いってても女子高生の1人がこんな財力を持っていないという意味を込めての発言だ。
この発言で、風俗デビューなんかされても寝覚めが悪いだめ、その方面に突っ走りそうであったら止めるが。
「わかりました」
それだけ言うと少女は学生鞄を開く。
中から出てきたのは、通帳。
「ここに、2000万あります。足りないかも知れませんけど、まだ8000万あります。お願いです、詐欺師さん」
困った、というのが私の思った事だった。なにせ、彼女は私の言った事を斜め上の方向で突破してきたのだ。無理難題をひっかけて、諦めさせる作戦が、かえって私の首を絞める事になった。
そもそも私は楽して稼げるという点や、口先だけで生きてきたという点からこの仕事をやっているというのに、自分から火の中に飛び込んで行くのはなんだか面白くない。
だが、しかし。しかしだ。私にもモットーはある。例えば損をしたと思わせても恨みは買わないとか、女子供を泣かせないとかだ。
そして、1度受けるとそう言葉で言ったならば、それは守るべきである。そこを違えてしまうのは、絶対に超えてはいけない一線なのだ。
「自己紹介がまだだったね。特技は意味の無い批判。好きなものはバーナム効果を知らない奴。嫌いなものは中途半端に知識を持っている奴。休日に行うのはペットショップで犬と猫の観察。年齢は26歳。つい先日、相談相手から500万の相談料を頂きました。睦月 求です」
少女はしばらく呆気にとられていたが
「と、特技は歌を歌うこと。好きなものは責任をちゃんと持てる人。嫌いなものはすぐ諦める人。休日に行うのは一人カラオケ。年齢は16歳。つい先日、3億円の宝くじを当てました。風見 弥生です」
こうして、奇妙な依頼が始まった。
拙い文ですが読んでいただきありがとうございます。
各キャラクターといっても2人だけですが、スペックを纏めると
睦月 求
男性。年齢26歳。髪の色は黒髪。客に悪印象を与えないように爽やかな格好でいることが多い。
得意な分野は臨床心理学、社会心理学。発達心理学も多少勉強している。
風見 弥生
女性。年齢16歳。高校生。髪の色は黒髪。一人カラオケが趣味で、よくカラオケに行っては高得点を連発する。学校の皆で行くカラオケも好きなようだが、周りの流れとか気にしないで歌える一人カラオケの方が気が楽という所から好きなようだ。
得意な分野は英語と国語。逆に理数系は全滅なタイプ。
ここまでありがとうございます。