第二部 『背中合わせ鏡』編 半透明少女 埜逆崎櫻 1
おはこんばんちは 久しぶりの東京は楽しかったゼロイチキングマンドットコムアンダーグラウンドかけごはんです。
半透明少女があそこで漂流しているよ!
ということで今日から2部です。
書き貯めに追いつかれないようにこれからも毎日更新できるように頑張りたい気持ちがあります。
おかげさまで今までで一番PVが多い ありがとうございます、
デビュー作クールガールズモノデッドの宣伝で投稿してるのにPV抜かれそうだ
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第二部 『背中合わせ鏡』編 半透明少女 埜逆崎櫻
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今日の午前中はずっと座学、つまりは戦術や指揮所、陣形についての授業なのはわかっていた。
普段の櫻であればまず授業には出ないような今日。
それでも櫻は今日は教室にいこうと思う。
学園指定のワイシャツとネクタイ、そしてスカートをはいて。
廊下を曲がるといつものように教室からは話し声がもれている。
櫻は教室の扉を開く。波が引くように話し声が消えていく。いくつも突き刺さる視線。
そしてその全てがすぐに逸らされる。これで『埜逆崎櫻』はいないことにされる。空気みたいなものだ。
それでも櫻は自分の席に腰をかけるとノートと教本を取り出した。
「…あ、マジで…」
「うわ…めずらしい」
「ほんとかよ…最悪」
櫻が授業を受けることは珍しい。すぐにひそひそとすでに教室にいた者たちはお互いに顔を突き合わせ聞こえないように喋りだす。
もちろん櫻にも届いているけれど何一つ好意的な意見はない。
他の者は授業が始まるまではだいたいお互いにくっつきあってしゃべりあう。一人だけずっと教本を開いて予習しているけれど、それはどこのクラスでも珍しい存在だ。でもそんな子でも時々クラスメイトが近づいてきてはなにがしかの会話を交わす。
それで櫻はこの教室のブラックホールみたいなものだ。櫻の周りには誰も近寄らず話しかけず、教室の喧騒を全て飲み込んでしまうかのように静かだ。
久々に授業を受ける櫻はこういうとき何をすればいいのかを忘れてしまった。
いつもなら森の中でぼんやりと眠るか、あるいはうろうろしているころだったから。
櫻はなんとなく筆記用具を並べ、新品に近い鉛筆の握り具合を確かめたり、ほとんど真白なノートをめくったりしてみた。
そうこうしているうちに授業の開始を知らせるチャイムが鳴る。
教壇側の扉が開き中年太りした教師が入ってきた。
「おい、お前らさっさと席に…」
言いかけた彼の表情は引き攣った。櫻と目が合う。櫻は目を逸らす理由なんて思い当たらないからそのままじっと教師のたるんだ顔を見つめるだけだ。数瞬、互いに目を逸らさない。先に変化が現れたのは教師の方だ。忌々しげにその顔を歪める。教師は目を背けると苦々しげにちっ、と吐き捨てた。
が、そのまま何事もなかったかのように教壇の前に立つと、クラス委員が号令をかけた。
授業中櫻はただ教師が書く文字列をノートに写すだけだった。文字の一つ一つは音にして声に変えることができるけれどそれが連なり文章の体をなしてくると櫻は地図もコンパスも無しに腐海を歩くのに似てさっぱりだった。
『敵に恐怖を与えるためにこちらを大軍に見せる方法』恐怖、それは怖いということだ。さて怖いとはなんだろう?考え出すときりがない。落ちるということに底はないみたいで一度考え始めると櫻はずぶずぶと思考の中に沈みこんでいってしまう。
それに関わらず『士気の高揚の秘訣』、『敵の戦意を削ぐには』、そういうことが櫻にはちっともわからないし意味がないと思う。誰だって言われたことをやるだけなのだ。殺せといわれたら殺されるまで殺す、やめろといったらやめる。そんな単純なことにどうしてこんなに意図を不明とする言葉を繋げていかないといけないのだろう。
ときおりジョークを交えて話す教師の語り口も櫻にはどこで笑っていいのかわからない。教室がどっと喧騒に包まれるたびに櫻はまるで自分の周りだけ柵か何かで囲ってあるのか、なんて思ってしまう。どうにも他の人には届いているものが櫻の周りだけ通り過ぎていっているとしか思えない。すぐ隣の席は国境より遠いし、教室の中の世界は櫻のわからないことばかりだ。
二時限目も三時限目も似たようなものだった。
ずっと教室の中にはみんながいて、櫻もその中の一人。いまは櫻も授業を受ける学生、その括りの中にいるはずだ。だけどそれで櫻はどうだろう?
見て見ない振りをしていた、いやってほど思い知らされたことばかり考えてしまう。いつだってまともに答えなんて出たことがないのに。
…これがさみしくないってこと、なの?
櫻は自分に問いかける。
もしこれがルカのいう『勉強より大事なこと』、つまり『誰かと時間を過ごすこと』というのならそれはなんて無意味なんだろう。それは櫻が今までずっと避けていたことをずっと耐えろといっていることに他ならない。立ち上がって歩き回ることも許さない雑音ばかりの空間。櫻は悲鳴を天上の調べとして愛好しているがそれ以外は静かな方を好むのだ。余計なことばかり考えてしまう。殺すのに必要ない余計なことばかり。
休み時間になっても櫻は席から立つ、ということをしない。ルカが大事なことといったからだ。ルカ、琉架、初めて櫻の手を握った他人。櫻はじっと手を見る。教室の喧騒の最中。
「で、だからさぁ~、あ、ひゃっ…」
ガッチャン。筆箱や鉛筆が床に散らばった。
「あ~あ…」
櫻のすぐ隣の席の女の子はしゃがみこんで拾い出す。
話すことに夢中になりすぎて振った手が筆箱に当たったらしい。
コツン、と櫻の足に何かが当たった。どうやら消しゴムが転がってきたらしい。
「あ~、ごめんね~」
拾っていた女の子も視線でその消しゴムを追い、そして徐々に顔を上げ、そして引き攣らせた。
櫻は感情なんて言葉をかけらも見つけ出すことのできないあの目で女の子をじっと見下していた。
女の子のほうもさっきまでは笑い声を上げてころころと表情を変えていたのにいまではまるでその視線で縫い付けられてしまったかのように身動き一つまともにできない。かと思うとぶるぶると肩を震わせ始めた。それはきっとおびえからきているのだけれど。櫻にはもちろんわからない。
「あ…あ…」
まるで言葉を取り上げられたみたいに女の子はそれしか言えなくなった。
さっきまで親しげに話していた女の子の友達も哀れみや同情を込めた目で女の子を見ている。
櫻は思わず腰にぶら下げた刀に手をやった。なんでだろう?戦場を思い出した。
彼女の刀で散るものはよくそういう表情を浮かべる。とくに彼女の刀と衣服が血に塗れれば塗れるほどそういう視線を投げかけてくるものは多い。そういうとき櫻はとても丁寧に刀を滑らせる。力任せに切り刻むよりもよく悲鳴を上げるからだ。
「…けひ」
耳鳴りがする。戦場でよく聞いた声だ。喉から絞り上げるように響く悲鳴。生温かい、血。
「う、ふぁ…」
女の子は見る見るうちに瞳いっぱいに涙を浮かべた。
それは櫻自身が気付かないうちに、櫻の唇が歪み引き攣るように持ち上げられ、笑いをこぼしたからだ。
その笑顔はただただ悪意に満ち溢れて。まるで惨劇の始まりを告げるかのようでもある。
けれど櫻はすぐに刀から手を離した。体の中でどくどくと何かが疼いているのがよくわかる。今すぐにぶった切ってしまいたかった。豚や牛と同じように、あるいは人のようにこれも切り刻まれるのを待つだけの生き物だったらよかったのに。だけどこれの赴くまましていいのは戦場だけなのだ。
櫻はそれを抑えるように長く息を吐いた。そして足元の消しゴムを拾う。
「…これ」
少女に向かって差し出した。
だけど少女は櫻の顔を見つめたまま動くことなんてできない。
「落とした、なの」
それでも少女はぶるぶると震えているだけだ。ただただその目で櫻を見上げる。
一向に受け取ろうとしない。櫻はしょうがないので握らせようと女の子の手を取った。
その瞬間。
「あっ、ひゃ、う、あぁぁぁぁぁんっ」
女の子はけたたましい声を上げて泣き出してしまった。
「う、うあ、あふ、ごめんなさいっごめんなさいっ…だ、だから、ゆるっ許して」
「許すって、なにを、なの」
櫻は小首を傾げて問い返すが女の子には届くわけがない。
「あ、あ…う…ひぃ」
女の子は一向に泣くのをやめようとしない。遠巻きにクラスメイト達が櫻と女の子を見ている。
だけどその誰もがあと一歩、を踏み込まなくて、あくまでも自分は外野、傍観者、という姿勢を崩さない。ただ矢のように視線だけが降り注ぐ。いつだって櫻はこんな目で見られてばかりだ。
異物。そして、汚物。
誰もがそんな風に見るのだから櫻はきっとそうなのだろう。
櫻は顔を上げクラスメイトたちを見回した。誰もが慌てて目を逸らす。ほんのいままでじっと櫻を見ていたはずなのに。
櫻はゆっくりと立ち上がる。
教室の中、固唾を呑んで皆がその動向を見守る。
櫻はそっと、手の平に握りこんだままの消しゴムを女の子の机に置いた。
「置いておく、なの」
そして机の上に広げていた教科書やノート、それに筆記用具を無造作に引き出しに押し込む。
櫻がドアに向かって歩き出すとすぐに人波がさぁ、と道をあける。
ドアをくぐるとき、櫻は中を振り返らなかった。それに二度と来ることはないのだろうと思う。