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第一部 『人刺し人形』編 無感傷少女 埜逆崎櫻 7

夢野久作は神…青空文庫で気軽に著作のほとんどが読めるので読んでみてね!!おすすめ訊かれたら答えられます!!

 …ゆらり、と男はグラスを揺らした。中で波打つ琥珀色の液体はギリギリの所でこぼれるのをやめる。

 彼は椅子に座っている。その椅子は男一人が腰掛けるにはあまりに大きく、背もたれも異様なほどに高い。肘掛のところには宝石を鏤めた意匠を凝らした細工が施されている。

 椅子の後ろの壁には旗が掲げてあった。旗は中心に火の鳥を模して記号化したものが描かれている。

 ただ、不死の象徴であるはずのその火の鳥の図は力なくうなだれ羽根を折っている。なぜならその図の中の火の鳥は胸元にグッサリと槍が突き刺さっているからだ。

 この絵図が指し示しているのは『鳥刺し男』、まさにそのものだった。

 『鳥刺し男』はこの世界で最もポピュラーな神話だった。そして人間側と魔族側、どちらも崇拝する宗教の根源の一説。この世界の創世から現代までありとあらゆる時系列において世界を見守り続けた火の鳥。火の鳥はそのままこの世界の象徴とも母親とも言われる。

 だけどそのことに疑問を持ち続ける男がいた。ひょっとして火の鳥は世界を見守ってなどいないのではないか?その時系列を超越した神秘的な能力をもってして、この世界を自分の都合のいい方向へと常に捻じ曲げてきたのではないか?あるいは見世物として災害、戦争を引き起こすことすら可能なのでは?男はずっとそのことを考え続ける。今のこの俺の思考ですらあれには見透かされ、都合のいい方向に改変されているのかもしれない、知れない、シレナイ SIRENAI 死礼那異。グルグルと巡り時として自分が何を考えているかすら男にはわからなくなる。それこそ気が違うほど思いつめた男が至るのはひどく簡単だ。

『刺せ。

            刺せ。

    刺せ。

                          刺せ。

 刺すんだ』

 そして男は鳥を刺した。死なないはずの火の鳥を殺した。その瞬間世界は闇に包まれ暗澹と悲劇に満ちたグランギニョルの幻想怪奇に満ち満ちたといわれる。

 そんな張本人は鳥を刺した丘で死ぬまで笑い続けた。

『俺は自由だ!!これが自由だ!!見たか!!クソ鳥めっ!!アハ、アッハッハッハッハッハッハッ…

 ………

 …オヤ、オカシイな、俺はサッキからなにをコンナに笑っているんだ?

 ナンだ、この槍?アア、そうだ、ソウダ。俺は鳥を刺してやったんだ。

 アハアハアハ、鳥ごとき鳥ごとき鳥ごときごごごごゴトキに好きにされてたまるか!!

 見やがれ、見やがれアハハハハこれ、これが俺だ。これが、俺、これが俺……

 ……ナニがそんなにおかしいんだ?アア、いけねぇいけねぇ、タシカ俺は鳥を刺したんだ。アハアハアハ』

 聞くのもおぞましい笑い声を響かせ続けながら。

 火の鳥がわずかに残された一枚の羽からその身を再生するまでの永い永いときの間そのグランギニョルは続いたといわれる。

 以降、『鳥刺し男』は神話上最大の罪人として人々からも魔族からも軽蔑と怨恨を注がれ続ける象徴だ。

 そんな『鳥刺し男』を象徴する旗が男の後ろには掲げられている。

「デ、先日の骨拾いの森での薄汚い魔族と語るのも憚られる人間どもの戦い、ドウだッた?」

 男の前では銀髪の青年が膝まづいている。彼は顔を上げずにきわめて事務的にものをいう。

「ええ、魔族軍二千と人間軍三万がその森で邂逅しました」

「フン、魔族め、ヤタラメッタニ自信があッたと見える。ガ、いかに腕に覚えのある精鋭の軍でもサスガにその数の差は埋めきれないだろう。人間側の勝ちか。つまらん。イクラ魔力、そして身体能力で利があるからといッて奢りすぎだ。人間は糞のクセに後から後から沸いて来やがる。数にものをいわせてくるからな。まさにクソ虫だ」

「残念ながら貴下の推量の度外視の出来事が起きました」

 青年はそこで初めて顔を上げ彼の主君たる少年を見つめた。そうだ、彼よりもずいぶんと年下の少年があの立派な椅子に座っている。

「ナンダ…?魔族が勝ったのか?それほど大層な作戦が?それとも新種の魔法でも開発したか?いや、三万の軍勢を相手にするような大規模魔法、使えばコチラにもその余波が多少なりとも来るはずだしな。ということは策で勝利したか。ナルホド…その策士は誰だ?いずれは我々の目的の壁になりかねない」

 そこでぐっと少年はグラスを煽って少しばかりとろけた目で青年を見下ろした。偉そうな物言いの割にはアルカホールにはそんなに強くはないらしい。

「……」

「オイ、早く言え。それともその策士のことを探ッてくるのを忘れたか?

 ハハハ、まさかキサマに限ってソンナコトはあるまいよ。キサマは優秀、ダカラ俺が拾ッたんだ。

 本当は調べが付いているんだろう?」

「策士、ということであれば軍を率いていたのは白の九翠将軍です」

「白式九翠…か。たびたび聞く名前だな。あのロートルの…タシカにアレは優秀な方の将軍だが、ダカラといッてここまで劇的な策を思いつくようなヤツとは思えないんだが…」

「僭越ながら申し上げます。策などありませんでした。ただの直接対決でした」

「ア…?馬鹿にしているのか?」

「それも二千対三万ですらありません。一人の少女が三万、全て残らず死体の山と変えました」

 少年は考え込むようにグラスの中に残った液体を見つめる。そして再び青年に目を戻した。

「デ、その女は?オマエのことだ、調べ済みだろう?」

「はい、少女の名は『埜逆崎 櫻』です。魔王の第一子でありながら血統図からは外されております」

「理由は?」

 さっきまで少年はとろけた目だったのに急に面白いおもちゃでも見つけたようにらんらんと輝かせ始める。

「それは『価値無し』だからです。平たく言えば忌み子ですね。生まれつき不吉の印を背負った子供です。

 また、『価値無し』は特徴として一切の魔力を持たない代わりに魔族でも目を見張るような特異なまでの、身体能力を持つそうです」

「ハッ、ハハハハッ!!ソ、ソイツは面白れぇじゃナいか!!最高だ!!捨てられるヨウナ忌み子が大量殺戮兵器きりさしころしに成り下がッてる、ハハハハ、面白い、面白い、傑作だッ」

 額に手を当てると少年は身をそらして高笑いを続ける。

「…わかッてるだろ?」

 ボソ、と少年は呟いた。青年もそれにうやうやしく頷く。

「ええ、引き続き調査に当たります」

「アア、それで引き込めそうであれば引き込め。アトはソイツの周りで面白そうな出来事があればソレも逐一報告しろ」

「全ておおせのままに」

 青年はすぐに姿を消した。少年は楽しそうにもう一度グラスに液体を注ぐ。

「モシその女が手に入れば…計画は十年は縮まるナ…アハアハアハ」

 呟いた声は誰にも届かない。それで構わない。いまは心底面白いのだから。

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