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第一部 『人刺し人形』編 無感傷少女 埜逆崎櫻 3

 櫻は真っ白いワイシャツにストライプのネクタイ、そして折り目がきっちり付いたプリーツのスカートの制服を着ている。これを着るのも2週間ぶりだ。

 櫻が送り込まれた軍部養成学校は同じ兵士養成でもエリートコース、つまり指揮官を養成するコースだ。敷地内には一般的な学校と同じ校舎やグラウンド、それに学生たちが住む寮。そして戦術の実技を行うための訓練場等がある。森や川を想定した野外、市街地を想定した建物が並ぶ地域、そのため学校の敷地は歩き回るには一日じゃとても足りない広さを持っている。

 そして櫻が住む寮もエリートコースに合わせたのか魔王都にでも近づかないと見かけないような立派な作りだった。ただその豪奢さは人間の建物が彫刻や石像で示すのと違って魔族はそれを様々な突起や捻じれで示す。魔族の価値は美しさよりも不安や恐怖を煽るデザインのほうが好まれるからだ。寮から出ると空の高さは今日一日の暑さを予感させた。寮から櫻が属する滅課程の校舎はさほど離れていない。校舎も寮と同じようなデザインだが規模はさらに大きい。骨を利用して造られた正門をくぐると櫻はすぐに教室に向かう。教室にはすでに誰か来ているみたいで廊下の角を曲がったばっかりなのに色んな話し声が耳に飛び込んできた。

 そして櫻は自分の教室のドアを開ける。

 一瞬にして喧騒が引いた。誰もが幽霊を見るような目で櫻を見つめる。

「…」

 櫻は何もいわずに自分の席に向かうとカバンを置き黒板の上に貼り付けられた時間割を見た。

 午前中の授業は戦術関係で埋まっている。午後に二時間ぐらい戦技が入っていた。

 櫻は椅子から立ち上がる。

 午前中の授業は出る必要がない。だって誰も櫻を指揮官にしようなんて思っていないことぐらい気付いている。もしそうであれば誰が3万の軍勢にたった一人で立ち向かえというだろう。

 櫻に必要なのは戦技。誰かを率いて敵を倒すんじゃなく、自らの力で敵を斬る技術だ。

 すぐに櫻は教室を出た。

 そして教室にざわめきが帰ってくる。

 死に損ない、忌み子、欠陥品、聴きなれた言葉が耳に入ってくる。しょせんここも戦場と変わらない。誰も櫻を必要としていないのだ。


「む…なにこれ」

 一人の少女は山と積まれたファイルをめくり続けていて、はた、と指を止めた。

 生徒にあてがわれるには多少立派なつくりのその机は、七つある学園執行組織『紫』の長のためのものだ。

 学内には指揮能力を養う、という目的のために学生による執行組織が認められていた。そしてそれは言葉通りの意味に限らず、学生達はいずれ訪れる軍人生活の中で必ず、上司、部下、あるいは同僚として再会することになる。その時に向けての人間関係構築、お互いの能力、適性把握の目的もあった。

 組織はそれぞれ色を名として与えられ『紫』はその中でも一位となる組織だ。そしてその分与えられる仕事も多い。

「赫紗、赫紗、この学生のことなんだけど…」

 ファイルから顔を上げた少女は傍らのメガネをかけた女学生に声をかける。

「琉架さん、どうかしたー?」

 琉架、と呼ばれた少女は4年生で最上級生。魔族では珍しく、真っ黒い髪をしている。背中まで流れる黒い髪は艶々と光る。袖から覗く細い腕、同じくスカートからのびる白い足、軍人を育成するこの学園の生徒とは思えない、非力な印象さえ与える身体つきをしている。戦場を兵をもちいて駆け巡るよりも顔色悪くピーキーな超兵器を開発しては高笑いするのがふさわしいタイプだ。実技の成績が悪いというわけでもないが琉架が本領を発揮するのはやはり書類仕事、そして戦術立案等の頭脳労働だ。そんな琉架に間延びした返事で答えるたのは隣にいる一つ下の学年の赫紗だ。赫という文字を与えられているのに碧色のショートカット、角ばったフレームの眼鏡の下の眼は眠そうに瞬きしている。彼女も違う意味で鍛えられた身体とは程遠い。凹凸のはっきりとした身体は制服のサイズが合っていないのか胸とか尻のラインがはっきりと見えてしまうモデル映えのする体型。ネクタイのストライプの色の組み合わせ学年と所属がわかるようになっている。制服の中に柔らかいを特別たくさん詰め込んだようなスタイル抜群なのが赫紗だ。やる気に乏しい間延びした話し方をする彼女だが彼女も座学の成績は上位だ。

「あのね、ぜんぜん出席が足りないんだけどなにか知ってる?」

「寝坊とかサボりじゃないんですかー…いいなーうらやましいなー」

「本気で言ってるなら怒りますからね、赫紗」

「怒ったらだめだよー、で、だれ?そんな琉架さん怒らせた不届き者ー」

 赫紗は琉架の肩越しにファイルを覗き込んだ。ちなみに出席が足りない理由を病欠などではなく寝坊とサボりに限定したのは学生とはいえ軍人、そもそも病弱であったり極端に体力がない魔族などは入学のチャンスすら与えられない。

 学園執行組織『紫』は主に生徒の素行の指導にあたる。規律違反等を取り締まり立派な軍部要員に育て上げるのが目的だ。もっとわかりやすく言えば学園内警察である。そして遅刻、サボりももちろんその対象だ。

「うぁ…こ、この人は…」

 赫紗はすぐに顔を引き攣らせる。

「どうしたの、赫紗?」

「へぇ、だれだれ、みせるッスよ」

 横からもう一人の学生も身を乗り出してファイルを覗き込む。右目の周りに赫い流炎の模様が刻まれた学生、戒音は二人より頭一つ小さい。3人の中では一番年下の2年生となる。彼女の背中にまとめられた一束の灰色の三つ編みが揺れる。少年のような子供っぽさを残した外見はいかにも後輩、という感じだ。ちなみに琉架より背の低い戒音だが胸やお尻は戒音のほうがちょっと大きい。件の人物を認めると戒音は微妙な表情をする。

「あっちゃぁ…ルカ先輩、この人はしょうがないッスよ、関わらない方が身のためッス」

「ほっておく?なにばかなことをっ!!そんなことすれば『紫』の名折れじゃないですかっ!!

 そんなの、魔王様に申し訳が立ちませんっ!!指導はするに決まってますっ」

 バシィ、と琉架は机をたたいた。逃げ腰な二人の態度が気に食わないらしい。

 七つの学園組織の中でももっとも権力を発揮するのがこの『紫』。通称『独立の紫』と呼ばれるほどこの学園では特異な機関だ。学園執行組織といえど形式上彼らの長におさまるのは基本この学園の最高権力者、学園長だ。理由はいろいろあれど一番単純な理由の一つは同じ学生、として本来ならまだ階級の上下がない彼らに上位者の命令である、という権力の理由付けを与えることが大きい。が、琉架の率いる『紫』だけは違う。『紫』の長は現魔王『望』であり、魔王直属機関なのだ。組織上の系列図でいえば琉架に与えられた権力は学園長と同列なのである。さすがにそれは組織図の上でだけだが。とはいえ琉架がこの学園でどれだけの力と影響を持つ立場にいるかは明らかである。

 琉架は物心ついた時から魔王に心酔している。多かれ少なかれほとんどの魔族は絶対王政を自然に受け入れる、魔王を崇拝する。琉架の心酔はそれ以上で戴冠〇周年という節目で作られる記念品という名のグッズを買いあさり、生まれる前に作られたものなら現金を積むこといとわず、直々に人間を退けた戦跡の後を聖地(

魔地といった方がふさわしいかもしれない)巡り。今ではそれを拗らせに拗らせ『紫』の任命式で直接魔王に会えると知ってからは猛勉強と訓練の果てに首席で学園に入ったほどなのだ。

「で、でもこの人ー…」

「ルカ先輩、知らないッスか?チョー有名ッスよ。チョー!!」

「チョーチョーうるさいですねっ!!そんなに蝶々が好きならひらひらしてればいいじゃないですかっ!!」

「名前見てよー」

 赫紗の指さしたところを見て琉架はさらに怒りで身を震わせた。

「埜逆崎…櫻…、なっ、ふ、ふざけているんですかっ!!魔王様の苗字を名乗るなんてっ!!」

 バターンと琉架はファイルを閉じるとそぅいっと壁に投げつけた。

「え、センパイ、ホントに知らないっすか!?常識ッスよ、常識!!いまどき子供だって知ってるッスよ」

 あんぐりと戒音は開いた口がふさがらない。

「琉架さん、その人はその苗字で間違いないんだよー。だって、彼女、長女だから。魔王様の」

「え!?で、でも魔王様の子供は死尽様、に滿様だけでしょうっ!!」

「あ~…うーん、それはその…まさか本当に知らないのー?」

 もごもごと赫紗は口ごもる。いまや誰も殆ど口にすることがなくなるほど浸透したと思ったのにそれを知らない人がいたとは。だが公式で語られることのない櫻という少女の存在は誕生こそ公開されたもののその後一切の情報、そして公の場に姿を現すことがなかった。世間一般の魔族たちの間では不幸があった故あえて発表していない、というのがいつの間にか定説になっている。事実入学してくるまでこの学園の学生はだれ一人櫻が生きていると思っていなかった。

「『価値無し』の櫻、殺されはしなかったけども魔王の系譜からは外されてるってウワサッスよ」

 代わりに戒音が説明する。そのあとに赫紗が詳しいいきさつを付け加える。

 入学してきた少女、櫻は覚えてきたばかりの言葉を唱えるようなたどたどしさで魔王の姓を名乗り、最初に行われるテストにおいては一切の魔力を発揮せず、引き換えの超常の身体能力を見せつける。それは都市伝説程度に語られていたあの話、


 夭折したとされる長女は健在であるがその存在は隠蔽されている。なぜなら彼女は魔王の血筋でありながら『価値無し』だからである。

 

 そんな笑い話にもならない不敬だからと口にするのもはばかられる話が事実と認めることになった。

 櫻の話題は瞬く間にその年に入学した学生の間を駆け巡っていった。なのに琉架がその存在を今まで知らなかったのは学園を不在にしていることが多い櫻、多忙なる『紫』の長である琉架、そしてルカ先輩ならわざわざ言わなくてももう知っているよね、という周りの思い込み、見事にすべてがすれ違った結果だった。

「で…でもだからといってこの学園に属する以上、魔王様のために勉学に励むのは当然のことですっ!!魔王様の血を引くならなおさらっ!!わたしたち、魔族の規範とならなければいけないんですよ!よりによって出席が足りてないとか『価値無し』なのに生かしてもらっているっていう気持ちが足りなすぎますっ!!

 本来なら爪の一枚まで国のため、魔王様のため役立てるためにささげるのがわたしたち、魔族の理想の姿ってものなんです!そう、生まれつき魔王様への隷属を許されているその至上の幸せ、それが理解できていないというのなら改めてその身に教え込んでやるしかないのです!」

 拳を握って意気込む琉架をしり目に戒音はぶんぶんと顔の前で手を振って否定する。

「いやいや、無理ッスよ、いくらルカ先輩でも。向うは『価値無し』ッス。結果見えてるっス。

 ワンパンで沈むルカ先輩を見たくないっス」

「ど、どうしてそういうこと言うんですっ!?相手はなんだかんだまだ一年生なんですよ?それに引き換えわたしは最上級生、なおかつこの学園で最もエリートである『紫』のトップオブヘッドなんですから。いったいどこに負ける理由があるっていうんですか」

「でもルカ先輩、戦略戦術の成績はずば抜けてても身体動かす方はそこまで得意じゃないッスよね。それに『紫』の長だって言っても単純に武闘派ってことで言えば学園最強率いる『赤』には敵わないっスし、ぶっちゃけタイマンだったらまだルカ先輩より戒音のほうが強いっていうか」

「ど、どうしてそんなこと言うんです!?ちょっと自分が戦技優秀組だからって自慢ですか。わたしだって一般魔族よりは強いんですよ!!」

「この学園に入って一般魔族より弱かったらそれこそ大問題と思うッス。でも相手は『価値無し』それもその中でもさらに規格外といわれる化け物っスよ。多分一般魔族とルカ先輩の差なんてあっちにとっては定規の目盛りで測れるほどの差ほども感じられないというか」

「む…ちょっと容赦なく言いすぎでしょ。わたしだって戦技よくないの気にしているのに。戒音、あなた後で覚えておきなさい。

 いえ、それよりだからといってこの学校にいる以上、魔王様に逆らうものはたとえ誰であろうと許せません。何事にも屈さず属さず使命を全うするのが『独立の紫』の誉れ、相手が化け物だろうと臆してなどいられますか。必ず指導して見せます。

 赫紗っ!!その『価値無し』がどの辺にいるかわかるっ?」

「え、あ…本当に行くんですかぁ」

「冗談なんていうわけないでしょうっ!!

 ほら、早く」

「あ、はぁい…」

 しぶしぶと赫紗は立ち上がる。琉架が言い出したことは覆らない。それが『紫』のルールだ。

「戒音っ!!あなたもですからねっ」

「う…わ、わかったッス!!ルカ先輩がそういうなら戒音はどこにでもついていくッス!!

 そうッスよね!!ルカ先輩が『価値無し』ごときに遅れを取るわけがないッス!!

 スイマセン、センパイを見くびってましたっ!!なんてたってセンパイは破戒の住人ッスからっ!!

 うぉぉぉっ、センパイ、戒音、戒音はチョー興奮するッスよっ!!またセンパイの歴史に一ページ伝説が書き加えられるっ!!」

「あ、あのですね…戒音…いい加減その破戒の住人っていうの、やめてくれませんか」

「なにを謙遜してるッスか、センパイ!!センパイは常に戒音達のやれないことを平然とやってのけるじゃないッスか!!そこに痺れる、憧れるっ」

「も、も~。戒音はいちいち言うことが大げさなんですよ」

 とまんざらでもない顔をしていた琉架は急にまじめな顔になると戒音に向き直った。

「あ、でもだからといってさっきわたしを侮辱したこと、許してないですからね。先輩に生意気な口をきいた後輩を指導するのも『紫』の立派な仕事ですから。

 あーでもルカ先輩よりお強い戒音ちゃんにはどんなお仕置きも平気で耐えちゃうんだろうなぁーこれは先輩の意地を見せるためにもとっておきのお仕置きをやらないとなー」

「先輩…じょ、冗談ですよね?」

「ふふっ」

「その笑顔が怖いっス!!!!!」

「放課後終わっちゃうよー行くなら行こうよー」

「あ、そうですね、赫紗。戒音で遊んでるヒマなんてありません」

「戒音で遊んでたんスか!?ひどい!!」

「ひどくないよー」

「ひどいと思うほうがひどいんです」

「なんなんスかそれ、もー!」

 赫紗の言う通り放課後は有限ではない。善は急げと琉架は『紫』の腕章を袖に通すと二人を引き連れ教室を出た。

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