第三部 『歪み歪歯車編』 暴力少女 埜逆崎櫻 1
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第三部 『歪み歪歯車編』 暴力少女 埜逆崎櫻
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パキィ、と小さな音が静かな夜に響いた。
手の平の中で斑玉は粉々に砕け散り、風に流れた。
上空には今にも落ちてきそうなほどたくさんの星が輝いている。
わずかに肌寒い空気の中すぐにそれは現れた。
戒音は結局あれから琉架の前に姿を見せていない。時折戒音が琉架を探す姿を見かけたけれど、だ。それは決意が鈍るからではない。櫻がそばにいる琉架はもう戒音が欲しい琉架ではないからだ。汚された宝物で喜ぶほど戒音の心は広くはない。
数秒時間が流れると星明りに伸びる戒音の影の輪郭がゆらゆらと揺れ滲み始める。
戒音の影から現れたそれは恭しく戒音に向かって頭を下げる。
「お呼びいただき、まことに光栄でございますよ、戒音嬢」
銀髪の青年は黒装に身を包んでいるせいか、その顔以外全て闇に溶けてしまっているかのようだ。
「それでは…ついに決断してもらえたのですね?」
「…うん」
さすがに部屋に呼び出すわけもいかず、戒音は今、寮の屋上に来ていた。袖はパジャマに通したままだ。
「では、こちらをどうぞ」
目の前に差し出された小瓶と杭を戒音はその手に握り締める。
「…本当に、大丈夫なんだよね」
念を押しているつもりのその言葉。だけどそれは自分に言い聞かせているのかもしれない。
青年はそれに気付いているのか、唇の端を楽しげに歪めながら両手を広げた。
「ええ、ええ、お任せください。私は常に女優である貴女が思い通りに動けるよう場を仕立て上げる者です。私の仕事は貴女が一番輝けるよう全てを巧みに配置し、整えることです。
全ては我が主の魔力を信じてください。必ず貴女のために最高の舞台を用意しましょう」
「…わかった」
「取りあえず今後貴方の舞台でどうしても必要な舞台装置、それだけは貴方自身に用意していただくことになります。もうお分かりかと思いますがあの時屋上で説明した魔法陣、その描き方となります。ところで貴方は魔法の方は得意ですか?」
「戒音は魔法を使わない、物理戦技のほうがメインだから…単純な目くらまし程度のものしか無詠唱はできないし詠唱を使っても他人の魔法を援護する程度の技術しかないよ」
その言葉を聞くと青年はにっこりと満面の笑みを浮かべた。馬鹿にされているとしか思えず戒音は口をつぐむ。
「あ、別に怒らせたいわけではないのですよ。ただ下手に魔法に詳しい方が我々の魔法を理解するのに妨げになると思ったものですから。それでは魔法陣の説明をいたしましょう。貴女が学んできた魔式とは根本が異なりますから間違えないように気をつけてください…」
青年が軽く腕を振るとその軌跡から複数の青白い光が蛇のようにのたうち回り身を絡み合わせていく。二重らせんのような決まった形を示すわけではない、お互いの線はただただ好き勝手に蠢いているようにしか見えない。これが、こんなものが魔法陣と呼んでいいのだろうか、それは戒音が知っている形からはあまりにも外れている。一定の、円や直線、そういう法則を持たずこんがらがった糸くずのようなその光は青白く光り、呼吸のように明滅する。魔族である戒音であっても薄気味悪さを覚えた。
「これが魔方陣だっていうの?」
「貴方たちの魔法とは違う理論で構築されていますからね。驚かれるのは無理がありませんがそういうものだってあきらめていただいた方がいいと思います。時間の無駄ですからね。そうそうメモなんかもやめてくださいね。貴方のお察しの通り私たちは真っ当な組織では在りません。それにこの程度の記憶力もないのでしたら我々の舞台女優は務まりますまい」
「随分な言い草だね。貴方たち、が依頼者じゃないの?」
「たしかに依頼はしましたけど、まぁこれがオーディション代わりということでぜひ飲み込んでください。なに、このオーディションさえこなしていただければ我々の主は貴方への最大限の支援を約束していますよ。貴方の素晴らしい未来のために我々だって協力させていただきたいのです」
そんな都合のいい言葉、どこまで信用していいのやら。本当は一文字たりとも信用に値するものではないのかもしれない。が、戒音を飲み込む黒い感情はそういう冷静な判断を求める思考が頭の裏側で動いているのを感じながらも無視することを決めた。踊らされているだけにしてもなんであれ『価値無し』に一撃を与えたい気持ちは収まらない。今は目の前のこの『魔法陣』と称されるものを記憶する。そのために目を凝らし、際限なく絡まり合った複雑な糸を思考の中で解きほぐしていくのだ。指を使うこともできないその作業は恐ろしく神経を使う。一つの糸の末端同士を繋いでいくだけでもすぐに頭がずぶずぶと重くなっていき思考能力が奪われていく。が、戒音の中にくすぶる薄暗い情熱はそれに抗い目の前のモノを脳裏に刻み付けようと必死だった。指一つ動かしていないはずなのに汗が身体を伝う。それをこともなげに見つめながら青年は薄ら笑いを顔に貼りつけていた。
夜は過ぎ去っていく。戒音を飲み込みながら。
「ごくろうさまでーす」
赫紗はがらがらと扉を上げた。そして次に上げたのは素っ頓狂な声だ。
「お、おおーこれはこれは。まさかこんなことになっているとはー」
最後まで扉を開けることなく、赫紗は固まってしまう。
「へ?」
「あ、赫紗…やめるようにいう、なのぉ」
きょとん、とした琉架は櫻に後ろから抱きついているし、櫻といえばなんとかそれから逃れようとしている。赫紗を見つけると助けを求めるように手を伸ばした。何頭以下、抱きかかえられたままじたばたと暴れるペットのような様相である。
「ちょうどいい、赫紗も抑えるのを手伝って」
「い、いやーさすがにそれはきついかなー」
まさかそんな命知らず、できるわけがない。相手は『価値無し』。無感情無慈悲殺すことをためらわない少女なのだ。そんなもの、取り押さえようなんて何をされるかわかったものではない。
「離す、離す、なの~」
でもぶんぶん両手を振って必死に抵抗する櫻にはみんなが彼女に抱いている無慈悲無感情という表現がまるで間違っているのかな、とも思わせられてしまう。
「ああ、もう、なにを嫌がるんですか、櫻さんっ!!せっかく人がかわいくしてあげようとしているのにっ」
「いらない、いらない、なの」
琉架の手には赤いリボンが握られていた。それには『タナトフィリア』が白抜きで書かれている。おまじないみたいな意味合いやポップでキュートな字体が魔都内のいまどきの女の子に人気で、外から隔離されているこんな学園内でも変わりない。赫紗もカバンの取っ手に結んでいる子や手首に巻いている子なんかを学園内で見かけたことがある。
「もう、じっとしてください、ただでさえ結びにくいんですからっ」
「頼んでない、なの。だいたいそんなのなんにもならないから、なの」
「…はー、やっぱり琉架さんは大物だわ」
なにやってるかわかったからこそ赫紗のつくため息はほんとに大きいのだ。しかし琉架はそんな言葉聴いていないのか逃げようとする櫻を一生懸命押さえつけようとするだけだ。
「もう、いい加減にしてくださいっ!!櫻さんも女の子なんだからちょっとはかわいくしようとか思わないんですかっ」
むしろいい加減にして欲しいのは琉架さんですよーと赫紗は強く強く思ったがそれを口にするのは『価値無し』にちょっかい出すぐらい危険な気もするのでやめた。
「別にわたし、かわいくなくていい、なの。殺すことができればわたしは充分、なの。かわいいはいらない、なの。
どうせ誰もわたしなんて見ないし、なの」
多分、本気になれば櫻が琉架の腕から逃げるなんてひどく簡単なことだ。でもそれだと力の加減ができないからきっと琉架は怪我するだろう。
そう思うと、赫紗はやっぱり琉架を尊敬の目で見てしまう。『価値無し』が琉架を傷つけるのをためらっているのだ。とてもあの真っ黒で飲み込む目玉をしていた『価値無し』とは思えない。
「む、そんなことはないです。かわいいとかわいくないだったらかわいい方がいいに決まってるじゃないですかっ!!ねぇ、赫紗」
「え、あー、うん、そだねー」
急に話の矛先を向けられ、赫紗はあいまいに頷いた。というかこのタイミングで話を振らないでほしい。
「それにわたしだってかわいい櫻さんのほうが好きですよ。わたしはずっと櫻さんを見てるんですから。いっつも見ている櫻さんがかわいいならわたしもうれしいですし」
その言葉に琉架の腕の中の櫻はちょっと大きく目を見開くと急にしおらしくなってしまった。
マジかー琉架さん無自覚たらしの才能もあったかーと赫紗は扉に背を預けたままため息を吐いた。
しゅるしゅる、と勢いを失った櫻はそのままおとなしく椅子に座る。
「…あれ、どうしたんですか?櫻さん」
「う…、ルカがそんなにいうなら仕方ない、なの」
「ふふふ、ついに観念したんですねっ!!任せてください、わたしがかわいく仕立て上げますからっ」
琉架は櫻の後ろに立って、その髪に指を通した。
「ところで、櫻さんはなんでこんなに髪、短く切っているんですか?」
櫻の髪は肩まで届くこともない短さで、おまけにただ、長くなることを拒むようにざっくりと切っているだけだ。だからあちらこちら、長さが不揃いでまとまり、というものがない。
「髪が長いと掴まれたりする、なの」
「もったいないですね。魔王様譲りの黒くて綺麗な髪なのに」
黒髪は魔族の中で最も少なく、魔王の血族を抜かせば旧家である『日向』、そしてあとは数えるほどしかいない。
「ルカも髪、黒い、なの」
「ふふ、そうですね、おそろいですね。でもやはり魔王様と同じ黒髪の櫻さんのほうが綺麗ですよ」
琉架は櫻の髪に指を通しながらさて、どういう風に結ぼうか、と思案していた。
もうちょっと長さがあればいろんな結び方もあるのだろうけれど。はっきりいって結ぶ必要がまったくない長さなのだ。
「ねぇ、赫紗、どこに結ぶのがいいと思う?」
琉架は赫紗を手招きする。
「琉架さんもそういう流行りもの、好きなんですね…ちょっと意外かなー」
呼ばれた赫紗は琉架の手の平の中のリボンを見つめる。
「これ?流行ってるんですか?」
「え、『タナトフィリア』ですよ?知ってて買ったんじゃないんですか?」
「いや、別に…ただ、この前外出たときに櫻さんに似合いそうだな、ってそれだけで買ってきたんだけど…流行ものだったのかぁ…なんかミーハーみたいで悔しいですね…」
「気にしなくていいんじゃいいんじゃないかなー?実際そういう初見さんだって引き付けるからの人気なんだし。それに櫻さんに似合いそうなのも確かだしねー。
とりあえず、両脇で結んでみます?」
「そうだね、そうしてみようか」
…。
とりあえずは結んでみたものの。
「…ど、どうだろうね、これ?」
「やっぱり短すぎるツインテールは違和感がありますね」
赫紗もちょっと顔を引き攣らせる。豚の尻尾みたいにちょろりと申し訳程度の髪の毛がなんだか見てるほうの気持ちを切なくさせる。
「…かわいくない、なの?ルカ」
櫻は頭を後ろに倒して琉架と赫紗を見上げる。
「いえいえ、これはこれが失敗ってだけですから。きっとわたしが櫻さんをかわいく仕立て上げますから大船に乗ったつもりでまっていてください」
「…わかった、なの」
櫻はまた顔を前に向けた。
「けど、どうするの、琉架さん。みつあみやポニーテールとか、そういうのまったく無理なんだけど」
「赫紗、これは発想の転換が必要なんです」
「と、いうからには琉架さんの口から素晴らしいアイデアがきけるんだよねー?」
「ふふ、発想の転換ですよ。髪を結ぶためのリボンじゃなくてリボンで結ぶための髪を探すんですっ」
「そ、それって全く解決になってなくないー?」
琉架さんは基本デキる女なのだが変なところで妙な自信を発揮するのが玉に瑕だ。が、まぁそれがツボにはまるときもあるので赫紗は琉架が好きだ。
と、いったもののどこを結んだところでなかなか似合うポイント、というものは見つからない。
「あ…、ひょっとしてここだと…ほら、ねぇねぇ、赫紗、ここが一番似合うんじゃないかな?」
「あ、たしかにここならワンチャンあるぞ」
「そしてほら、ここをこうすれば…」
琉架は指先で器用にリボンを弄ぶ。
「お、おおっ、すごいね、琉架さんっやるー」
赫紗は思わず感嘆の声を上げた。
「どう、どうなった、なの?」
興味深々、とまた櫻が頭を倒した。
「はい、櫻さん」
差し出された鏡をマジマジと見つめる櫻。そしてすぐにため息交じりのような声が漏れた。
「これ、なに、なの?」
そこには非難の色も混じっている。眼の色がマジだ。
「ええ、髪に結ぶところが無かったんでリボンを結んでネコミミっぽくしてみました。
どう、どう、かわいいですよね」
琉架は堂々と胸を張る。
「…」
鏡の中の自分を見つめて櫻は不満げに唇を結んだ。
「あ、あれ…ダメでした…?」
恐る恐る、琉架は櫻の顔を覗き込む。
「…」
やっぱりお気に召さないらしい。
「あ、あははは…その…もっと髪が長ければいろいろと他にもかわいいやり方があったんですけど…」
「じゃ、もっと髪、伸ばす、なの。そしたらもう一度、結んでくれる、なの?」
「え、それはもういつでも。お任せください」
「なら、今日はこれでいい、なの」
「まんざらでもないんだねー?ネコミミ」
「ち、違うなの!!別に気に入っているわけじゃない、なの。
…る、ルカがかわいいっていうから」
「え、あ…そ、そうですか」
琉架のほうが真っ赤になって言葉を失ってしまう。
「あ、あの、そのっ…とりあえず、勉強、やりますか」
「うん、やる、なの」
そうは言いながらも琉架はさっきの櫻の言葉に気をとられてぜんぜんうまくできない。単純な計算ミスばかり重ねておまけにそれを櫻に注意されるんじゃどっちが勉強を教えてもらってるんだかわかりやしない。ましてや最上級生で主席の琉架なのだから帰ってから大いに反省するのであった。