第二部 『背中合わせ鏡』編 半透明少女 埜逆崎櫻 7
おはこんばんちは 木曜から泊まり込みの仕事なので自動更新で続きを投げていくつもりなんですがそこで書き貯め分を食い尽くしそうです。。。
エンドまで限度無しラストまで休まず投稿のつもりだったんですが陰りが見えてきましたねぇ
が、僕はまだまだ敗北してないぞ!!
なるべく更新が滞らないよう明日明後日そのまた明後日になっても頑張っていきたいのでこれからもよろしくお願いします。
ちなみにですが時系列的にはなろうデビュー作のクールガールズモノデッドが僕個人の歴史の中では最新作ですので気が向いたらよろしく思います(久しぶりの宣伝
「ここ、立ち入り禁止だよー」
「は、はわっ、ご、ごめんな…って、赫紗」
びくっとしながら振り向いた戒音は安心するどころではない。今二番目に会いたくないのが赫紗だ。
「それにしても…まさか『紫』が屋上でサボるとは思わなかったよー。学園中歩き回ったせいで足がつらい、マジでつらい」
疲れたアピールなのかスカートからのびた膝をさすりながらながら赫紗は戒音に近づいてくる。
けっきょく逃げ場はない。いつものように突き放された青空を仰ぎながら戒音はため息をついた。
そしてガシャリ、と金網に身体を預ける。
「見つかっちまったッスか…」
赫紗も戒音の隣に身体を預けた。
「なんで『紫』にもう来ないの?」
「だって…ルカ先輩、『価値無し』と」
「でも、『価値無し』は話してみるとそんなに悪い人じゃないと思うけどねー」
「赫紗までそういうッスか…じゃぁ戒音は一人、悪い子ッスね」
「んーそういう問題ではないというか」
赫紗は口ごもってしまう。だけど戒音にはどうしても『価値無し』を受け入れられない。『奇郷人』というよりも精神的歪を抱えてきた戒音は一生懸命周りに合わせようと努力してきた。
でもあの『価値無し』はそんなことを絶対にやらない。ただひたすら自分の思うようにやってきた。それは戒音に言わせれば甘えだ。そんなのに琉架が掻っ攫われていったのは屈辱だ。
というのは建前かもしれない。本当はそこまで自分を貫いている『価値無し』がうらやましいのかもしれない。だって戒音は周りに迫害されたくないから合わせようと演技している。『価値無し』はそういうことを全て受け止めて、なお我を貫く。琉架もひょっとしたら嘘に塗れた戒音よりは自分に正直に生きているから櫻を選んだのかも。
だから、なおさら、戒音は『価値無し』と向き合いたくない。嫌いだし、自分の汚さ、いやらしさを自覚させられてしまう。
「あ、そうだ、琉架さんが心配してたよ」
なにか言おう、なにか言おう、と必死で赫紗が探してきた言葉がこれだ。
「ほ、本当にっ!?あ、あ、ほんとッスかっ」
思わず地が出てしまって戒音は慌てて口を押さえる。
「んーなんか言い過ぎたって後悔してる感じ?ちょっと元気もないし。口には出さないけど戒音の席チラチラ見てるからなー」
それは少し嘘だけど赫紗は本当に戒音が心配だ。さっき戒音が振り向いたとき、心臓がきゅっと縮み上がった。別人、といわないまでも明らかに疲労が見え、やつれていた。
「そ、そうッスか…ルカ先輩が…」
ポリポリと戒音は照れくさそうに頭をかいた。
「わたしたちだけだとあの部屋はちょっと広すぎるよー。
それに戒音は琉架さんの嫁自称するならやっぱりいつもそばにいないとだよねーなんだかんだでうるさいぐらいであの部屋はちょうどいいんだ」
ニコリ、と赫紗は笑った。
「ッスね…す、戒音はルカ先輩の嫁ッスからねっ!!あ、琉架センパァイッ!!待ってて、今あなたの嫁がやってまいるッスよー!!」
「はいはい、頑張って」
ポン、と赫紗は戒音の背を押した。
「…さて、これで戒音と琉架さんが仲直りしてくれると丸く収まるんだけどなー」
まぁ、でもきっと大丈夫だろう、と赫紗は戒音の背中を見送りながら無責任に思った。
「ルカ、ルカ」
「ふぁ…はぇ…?」
肩をつつかれて琉架は目を覚ました。ぐしぐしと口元をぬぐってからきょろきょろと辺りを見回す。どうやら気付かないうちに寝てしまっていたらしい。
窓の向うはもう夕暮れ。赤い。
「見る、なの」
じゃん、と櫻は琉架にお手玉を突き出した。
「えい…よ…と…」
ぎこちないながらも三つのお手玉は櫻の両手を行き来する。
「よ…それ…えい…」
そしてお手玉はストスト、と櫻の手の内に戻った。
「できる、なの」
少しだけ、得意そうに櫻は胸をそらした。
「え、えと…まさか、ずっと練習してたんですか?」
「……」
「……」
一瞬、時が止まったかのような空白が部室内に広がった。
「う…うん、なの」
櫻は決まりが悪そうに目を逸らした。
「あらあら、やっぱりできなかったのが悔しかったんですかぁ?」
「べ、別にっ、そ、そういうわけじゃない、なの」
櫻は慌ててお手玉を背中に隠した。そしてばつが悪そうにうつむく
「なに恥ずかしがってるんですか。櫻さんにもそういうところ、あるんですね」
からかうように琉架は櫻に顔を寄せる。
「ルカ…嫌い、なの」
ほほをちょっと膨らませて櫻はそっぽを向いた。
「そんなこと、言わないで。
でも、それにしても早いですね、普通はそう簡単にできないものなんですけど」
「そ、そう、なの?私、上手いなの?すごいなの?」
櫻が琉架を見つめる目。それはいつもと違ってなんだかちょっと幼い。
「ええ、すごいです。さすが櫻さんですね」
琉架は背伸びをして櫻の頭をなでる。
「……わたしはやればできる子、なの」
櫻はくすぐったそうに目を細めて少しだけほほを染めた。
「じゃ、そのやればできる子の試験はどうだったか見てみましょうか。すいません、眠ってしまって…
答え合わせが始まるまでヒマでしたでしょう?すぐにやりますから」
「あ、あ…」
櫻は慌てて目の前で手をぶんぶん振る。
「どうされました?試験終わってから練習してたんですよね?」
「そ、その…あう…」
琉架は櫻の机まで行って解答用紙を覗き込む。
「さ…さ~く~ら~さ~ん?」
ゴゴゴゴゴゴ、と櫻の解答用紙を片手に琉架は振り向いた。その解答用紙、名前以外は全て空欄で。
「ごめんなさい、なの…」
「も~…ったく。明日はきちんとやってくださいね」
「は、はい、なの」
「まぁ…先に遊んだのはわたしですし今日はお手玉ができたから特別に許してあげます。でも次はなしですからね」
その言葉にちょっとだけ、櫻の表情が嬉しそうに和らいだ。
「と、もう時間も遅いし、今日はこの辺りにしておきますか」
琉架がカバンを掴もうとすると櫻はその袖を引っ張った。
「そ、その…」
「どうされました?櫻さん」
「うた…うた、教えて、なの」
「うた、ですか?」
「ルカ、投げながらうたってた、なの。それ、わたしもうたいたい、なの」
「あらあら」
思わず琉架のほほが緩む。きっと、出会ったばっかりの櫻はそんなこといってくれなかっただろうから。
「じゃぁ、一緒に歌いましょうか、櫻さん」
コクコクと櫻は頷いた。
「ひとつ 引かれてきた淵の
ふたつ 深みに身を沈め
みっつ 満たした夜の夢は」
「ルカ、早い、なの。もっとゆっくり」
「はいはい。じゃ、また最初からいきますね。
ひとつ 引かれてきた淵の…」
琉架が戒音と仲直りしたがってくれている。その言葉を聞くと戒音はもういてもたってもいられずにすぐに部室に駆け出した。もう夕暮れに近い。まだ琉架は残ってくれているだろうか。でも、一秒でも早く。やっぱりあんな得体の知れないやつの言うことなんて。そうだ、戒音には琉架がいるのだから。そうすれば大丈夫なのだ。
でもいざ扉の前にたどり着くと戒音はしり込みしてしまう。どんな風に切り出せばいいのだろうか。いつものように元気良く?でもいまの戒音はそれにもあまり自信がない。見ず知らずの男にも見透かされた自分の演技では今度こそ琉架の前でぼろを出してしまいそうだ。
胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。落ち着くまで何度も何度も吸って吐いて吸って吐いて。
ようやくノブには手をかけることができた戒音はそっと教室の中の様子を窺った。まだ琉架はいるだろうか。
「……ぁ」
明りのない教室は夕焼けで赤く染められていた。そして今部屋にいる二人の人物をまるで絵画のように切り取っている。完成されたその風景。そこに何かを足してしまっては蛇足になってしまう、ということが理解できた。
琉架は笑っていた。それは戒音には見せたことのないような穏やかな笑みで。そしてその隣には『価値無し』がいる。『価値無し』の表情はよく見えなかったけど琉架となにか歌を歌いながらそれは…姉妹のようにすら思えた。
戒音は音が鳴らないようにただただ丁寧に扉を閉めた。胸に手を当てる。バクバク、バクバクと心臓が鳴り響いている。先ほど緊張で高鳴っていた心臓は今は身体をめぐる激情に突き動かされている。ああ、もう、呪いだ。呪い呪い呪い呪い!!!呪ってしまいたい。
『価値無し』、『価値無し』、『価値無し』、『価値無し』、『価値無し』、『価値無し』、『価値無し』!!!!
…やっぱり、だめだ。あれがいる限り、琉架の側に戒音の居場所はきっとないのだ。こんなに近くにいるのに、こんなに近くに。
戒音は割れそうなほど目を蒼くして、それでも泣かなかった。嗚咽一つ漏らさない。だけど戒音の中では何かが割れた。粉々になったそれは拾い集めてもどうにもならない。握りしめた尖った破片は誰かを刺すためにあるのだ。
戒音は壁に身体を預けた。この一枚向うに琉架はいるのに、なんてこの一枚は分厚いのだろう。もう届かない、届かない。きっと琉架とは元に戻れない。いま戒音が教室に入っていったって戒音は『価値無し』ごと琉架を受け入れられないし、きっと琉架もそれは許さないだろう。でも櫻を受け入れるなんて!何もないはずの『価値無し』が!『奇郷人』以上に迫害されるべきなのに。なのに!櫻は戒音がほしいものをすべて持っているのだ。くだらない心理的な駆け引きの外で自由に生き、唯一感情を動かされてしまう琉架の隣まで。赫紗だってもう櫻のことを悪く言わない。駄目だ…なにもかもがおかしくなってしまった。なにもかも奪われてしまった。なにもかもが『価値無し』のせいで。