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第二部 『背中合わせ鏡』編 半透明少女 埜逆崎櫻 3

 気軽に行くにはちょっと遠すぎる。それでも足を止めずに琉架はここに来ていた。

 森の入り口。静かな空気、それが教室と違う。

「櫻さん?」

 一歩踏み込むだけでまるで日常から踏み外したような空気が琉架を包み込む。

 ここから先は琉架が知っている世界の外側に繋がっているような気がして。そしてその中心に櫻はいるのだ。

「櫻さーんっ」

 琉架は闇雲に森の中を練り歩いた。ときおり聞こえる鳥の鳴き声。少し薄暗い。

 そこに、櫻はいた。初めてあったときと同じように、塞ぎこむように木の根元にしゃがみこんでいる。

 ただ伸びることを嫌うようにばっさりと無造作に切り払った短い髪。表情はここからは窺えない。

「櫻さん」

 琉架は再び呼びかけてみるが櫻はピクリともしない。琉架は一歩二歩、櫻に近づいていく。

「……」

 いよいよ琉架が櫻の目の前に立つと、やっとで櫻は顔を上げた。

 どんよりと曇った目にはしっかりと琉架の顔が映りこんでいる。

「…櫻さん、あれだけいったのに授業には出てないそうですね」

 もっと気の利いた言葉を言いたかったのにまず琉架の口をついて出たのはその言葉だった。

「…………」

 櫻は何も応えず、かといって目や口元、そういった顔全体の表情で何かを訴えることもなかった。

 さっきと寸分たがわぬ、感情という色を塗り忘れたような無表情と無感傷さでじっと琉架を見あげたままだ。

 透き通って見えるのだ。そう、全てが透き通って見える。

 琉架が櫻に惹かれてしょうがないのは全て櫻のこの表情のせいだ。櫻の表情に何一つ櫻の意思を感じられないから琉架は鏡を見たって気付かない自分の中に渦巻いているものを櫻の瞳の中に見つけて思い知らされてしまう。

 いまだってそうだ。琉架が櫻に言いたかったことは、授業に出ないことを責める言葉じゃない。けっきょくは櫻のことをきちんと理解せず、自分の気持ちだけを押し付けようとした前回の言葉を謝りたかったのだ。

「でた、なの」

「え?」

 唐突な櫻の言葉に思わず琉架は間の抜けた声を上げた。

「授業は一度出た、なの。でもさみしくないってことは、余計なこと、なの。

 わたしはさみしいの方が好き、なの」

「授業に出たら…さみしくなかったんですか?」

 琉架は驚きを隠せずにいった。ならどうして櫻は授業に出るのをやめたのだろう。それにさみしいが好きって意味がよくわからない。

「琉架は言ったなの。誰かといることがさみしくないことだって。

 だから私は授業に出た、なの。教室の中にはわたし以外にも人がいてわたしは一人じゃない、なの。

 でもそれが余計なこと、なの。わたしはわたしについて考えることが苦手、なの。

 教室にいるとそのことを考えないわけにはいかないから余計、なの」

「それは…さみしくないってこととは違いますよ」

 琉架はそっと、櫻の肩に手を置いた。櫻の言葉を待たなくてもわかる。あんな教室ではむしろ逆に孤独を深めてしまうに決まっている。誰も彼もが間違いなく櫻をまともに見ようとしない。

「じゃぁ、なに、なの?」

「す、少なくともっさみしくないってこととは違いますっ!!

 わ…わたしも上手くいえないですけど…それは、それは違いますよ」

「なら、琉架はうそつき、なの」

 櫻はじっと琉架を見つめた。真っ黒で全てを映す櫻の瞳。うわぁ、とり殺されそう。琉架は真っ先にそう思った。でもいっそ吸い込まれたい、とも次には思う。

「え、まぁ、つきましたよっ!!そりゃぁ嘘の一つでもつきましたよっ!!

 嘘は女子の特権ですからね。

 で、でもですねっ、櫻さん、これだけはわかっていて欲しいんです。

 結果的には嘘になったけど、ほんとは嘘をつく気はなかったんですっ」

 もはやへたに取り繕っても琉架が櫻に仕向けたのは孤独の再確認作業に他ならない。ならば、といってむしろ開き直る琉架はどうだろう?

「…いいわけ、なの?」

 櫻は小首をかしげた。

「ふっ…そうとっても一向に構いません。

 でも私は自分の嘘の責任はとります」

 琉架はひるまずに言う。

「責任…なにをする、なの?」

「櫻さん…このままじゃ非常に出席日数が足りません。留年しちゃいます。というか教師からの心証もすこぶる悪いあなたなら一つ二つ理由をつけて退学、上層部もわざわざそれを拒むようなことはしないでしょう。

 だから、だから、わたしが櫻さんを進級できるように取り計らいます。

 櫻さんは何も不安を感じずただただわたしに任せていればいいんです」

 琉架は自分が何を言っているんだろう、え、あれ、と他人事のように驚いていた。でも高いところから淀みなく水が流れるように、琉架の言葉はすらすらと続いていく。

「勉強ができないなら、わたしが教えて差し上げますっ。

 そしてきちんと他の子と同じぐらい勉強ができれば櫻さんだって進級する権利はあるはずです。

 だって櫻さん、戦技のほうは成績いいんですよね?」

「魔法を使った戦技以外は恐、なの。魔法を使った戦技は劣、なの」

「え、え、恐…つまり特のその上をいくわけですね…さすがといっていいのでしょうか…

 魔法が劣なのはしょうがありませんがそれ以外が恐なら総合評価は上以上を付けざるを得ないですから…戦技は大丈夫ですね」

 さすがに琉架もそれにはうろたえた。ある程度は覚悟していたけれどそこまでずば抜けていたとは。恐なんてもともと成績の基準に入っていない。恐という評価はそもそも与えることを前提としていないのだ。1学年の中で一人も出ないこともある。というよりもそもそも恐という評価が使われたのは長い学園の歴史でも2度しかない。今現在学園最強として君臨する『赤』の代表ですら特評価におさまっている。

 琉架のいっていることを半分でも理解しているのか?櫻のぼんやりさんな目からはそれすら窺えないけれど。でも櫻はコクコクと頷いた。

「でも、わたしはもう授業、でない、なの。いまさらでても出席日数足りない、なの」

「その点についてももはやわたしに考えがありますから。

 だいじょうぶいぶいですね」

 ピッと琉架は人指し指を立てた。

「ルカ…それ、古い、なの」

「なッ…なにをなにをなにをっ!!なにをおっしゃりたいんですかっ!!ちょ、ちょっと櫻さんのほうが年下だからってオバサン扱いしないで欲しいですねっ!!」

 琉架は立てた人差し指をそのままズビャァンと櫻に突きつけた。

「そこまでいってない、なの」

 トツトツと櫻は応えた。

「な、ならいいんですけど…すいません、取り乱してしまいました」

 琉架はぽりぽりとほほを赤くしながら自分の頭をかいた。

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