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無題  作者: ねろ
8/81

蟷螂・有栖川

気づけば。

僕たちは古びた廃工場の中にいた。

グレーの壁には傷や(ひび)がいくつも見当たって、少し衝撃を受ければすぐに倒壊しそうなほどに脆弱さを感じ取るのは容易だ。

どんなに危機察知能力に乏しい人間でも、この建物を見て不安にならない人間はそういないだろう。


この奇妙な空間移動の正体も有栖川という男の«魔法論理(マジカルロジカル)»ってヤツか・・・・・・?

僕らを«蟷螂»の領域内(テリトリー)へと追い込み終わってしまった以上、たとえば僕らの歩いている場所を街中の歩道に見せかける必要も無いのだし。


であれば──。

であるのならばこの工場ほどに、 適した場所 はないだろうな。

室内には何も無く、その上これほどまでに広い場所ならば、やはり適切すぎるほどに適切だ。


何にって?

もちろん、決まっている。



「殺してやるよ、今度こそ。」

その声と共に、緋雨さんと謎の男・有栖川は駆け出した。


「「うおおああああアアアアアッ!!」」

2人は鎖が断ち切られた獣のように地を勢い良く踏み鳴らし、尋常ならざる広大な空間を駆動して攻防合戦を開始する。隕石のような両の拳と空間操作の技術(テクニック)が何度も何度も衝突を繰り返す。

その様は破壊衝動と殺人衝動を限りなく如実に表現していたように思う。


暫く一進一退の戦闘が続き、その場から抜け出した緋雨さんは左手の人差し指でゆっくりと壁に触れる。

「────────«破壊(ブレイク)»ッ!!」

その名を叫ぶと、まるで爆弾でも爆発したかのような勢いで壁が消し飛び、そしてその床にはガラガラと大岩が落下する。

瓦礫──というべきだろうか。

僕は体勢を低くして頭を手で覆うような真似こそしたものの、緋雨さんは次々に襲い来る落石の中でも瞬きひとつしなかった。


辺りは砂煙に包まれ、次に当然──。

「食らえええェェェェッ!!」

煙幕の中から岩石が砲弾のように飛んでくる。それはさながら獲物を殺すという明確な意志を持った生物のように、真っ直ぐに有栖川へ向かう。


「ふふっ。相変わらず元気ですね──全く、腹が立つほどに。」

ニコニコと余裕そうに微笑む有栖川がそう言うと、彼の痩躯の背後から、突然に黒い濃霧が出現した。その霧は、と言うより寧ろ、その«煙»は、次々と飛んでくる岩石をフリスビーを口で咥えてキャッチする仔犬のように捕え、次第に岩石の外面の全体を這うように包み込み────。


「ばあん」

その全てが同時に、木っ端微塵に粉砕した。粉砕なんて生易しいものではない──それは破砕。

砂のような、塵のようなものがぱらぱらと床に落ちる。


「緋雨さん!」

僕は駆け寄ろうとして立ち上がる。


「おおっと、危ないですよ。下がっていてください。」

またも有栖川の背後から黒煙がこちらに向かって走る。

飽くまでも紳士のような慇懃な口調で、幼子に注意を促すように言われたのが余計に業腹で僕は抵抗しようとしたが、暴れれば暴れるほどその煙は僕の身体を締め付ける。


締め付けて、縛り付けるのだ。


抵抗するのも不可能だと安易に思わせるほどの、そう言うどうしようもない重力のようなもので。

「ぐうっ・・・!」

いや、しかし────。

«魔法論理»のことを鑑みるに、これも所詮は錯覚か。

視界を欺き黒煙を見せて。

動けないと勘違いさせる。

そう考えればかなりの応用力を誇る能力だ・・・やれやれ、僕は無事にここから帰れるのだろうか?


「ふうむ。にしてもアレですね、神凪 緋雨くん──私達の間柄がどんなものなのか、彼に説明してやらないのは可哀想では無いですか?この有栖川にとって君は、いつまでも不倶戴天の敵であることを知らないままに、この虐殺を見るのはやはり勿体ない。」


「・・・・・・・へえ?」

緋雨さんは面白そうに返す。

そりゃあそうか・・・彼にとって、楽しくない戦闘なんて、面白くない戦闘なんてないのだから。


「なあ、お前よ。冗談だと思って聞いてくれ・・・説明してやる。有栖川とは何者か。そして」


「俺とは一体、何者か。」

彼の語りが──訥々と語るには些か重すぎるような、思い出話が、始まった。


「俺と妹──つまり俺たち神凪兄妹が初めて担当した任務は、今回と似たようなものだった。つまりは他の殺し屋をぶっ壊すことだったのな。ギルドではない非公式の殺し屋なら、そう少なくないんだぜ。

「しかしその道中、依頼とは一切無関係な他チームが俺ら2人を襲来したんだ。多分、人数が少ないし年端も行かないガキだしで侮ったんだろうよ・・・全く愚かだ。

「そして奴らは俺らに完敗した。笑っちまうね──しかし俺らは1つ、大きな失敗をしたんだ。油断してた。完全に奴らを壊滅させたと思ったんだけれど、実は1匹だけ、瀕死の状態で逃しちまったのさ──それがこの男、有栖川だ。」


僕は思わず彼を振り返る。

今となっては目を凝らさないと分からないけれど、たしかに彼の首や顔には無数の傷らしき筋が走っているのが見えた。


「要は有栖川、アンタ復讐しに来たんだろ?何年か年を跨いでさ・・・ヤケに仲間意識の強いところだったもんな。馬鹿げてるよ。お前らの活動の背景(バック)には元々財閥が絡んでたから、大枚はたいて逸れ者を、つまり単独で活動する非公式の殺し屋を集めて«蟷螂»なんて名前の殺し屋ギルドを組んだ。

「全ては、俺と妹を捜し出して殺すために。そのためなら何の犠牲も厭わずに、(しらみ)潰しにザコい殺し屋から消していった──多分、そうしてある程度問題を起こせば俺らが反応すると思ったんだろうな。水溜まりより浅はかな考えだぜ、有栖川。いくら足掻いたって、お前に俺は殺せない。」

そこまで彼の語りを聞いた時──僕は、視界が大きくブレた。脳が軽く揺れて、目の前がクラクラする。


首には、大きな掌の感触──!?

しまった、油断していた!


「ぐ・・・・・・・があ・・・・っ!」

僕は身体を引き寄せられ、有栖川に首を絞められていた。


「腹が立つな・・・その余裕がムカつくんだ、お前ェ・・・!!」

有栖川は虚脱感を漂わせるような声色で、しかしそこには憤怒だけを詰め込んだような声色で言う。


「728──覚えているか?僕らがお前たち姉妹につけられた傷の合計の数だ。深さも形もその位置も、完全に僕は記憶している。」

有栖川は僕の首にかけている手に、再び力を強く込める。


「これからお前とこのガキを" 全く同じ方法 "で殺す。殺してやるよ。このガキの方が簡単そうだな?異能力も何も持たない一般人の青年──表の世界の住人か?痛めつけるにはやり甲斐が無いけれど、邪魔者は先に消した方がいいしな・・・くくっ。」

有栖川の革靴が塵へと粉砕された瓦礫に擦れることで音が鳴る。

僕は抵抗する気にはなれなかった──そりゃ酸素が行き届かないし、呼吸は出来ないけれど、苦しいけれど。

体は全く動かすことなく、僕はせいぜい呻くだけだった。


「あのさあ有栖川。お前、観察眼が皆無なのな。あの時も俺らの実力を外見だけで決めつけたから見誤ったってのによ・・・またやるの?そのくだらねェ失敗(ミス)。────正直言って、もう飽きたぜ?」


「な・・・!!」

有栖川の手が少しだけ緩んだのが実感として分かった。こいつは明らかに動揺している──メンタル最弱かよ、まったく。

メンタル最悪の元殺し屋とメンタル最弱の元殺し屋。

笑えねえ冗談だ、畜生・・・。


「私の──ぼ、僕の何が違う!!このガキはさっきから一切戦闘に参加しないだろうがよッ!!ええ?オイ・・・なんなんだ、コイツはッ!」


「明らかに人も殺したことの無いような甘ったれたクソガキだ!こいつに何かが出来るハズねぇんだよ・・・なのに、なのにっ。なんで・・・・・・!!」

有栖川は激昂していた。理性を完璧に完全に喪失し、それは緋雨さんに向けた言葉より、自分の不安を無理矢理に拭う自問自答にしか聞こえなかった。




・・・・・・・・・・・・・。

ああ。

自問自答、ね。

なるほど。

得心がいった。




「そいつはなかなか手強いぜ、一筋縄では行かねえよ・・・新入りのクセにどこか肝が据わってるからな、いっそ«最強»と言っちまっても間違いじゃない。」


「ソイツは妹のことをちゃんと思って生きてるんだよ・・・昔の俺を思い出したんだ。」

緋雨さんは言う。

幼かった舞姫さんを庇うことで、全てから自分の存在を消した自分の姿を。

殺し屋としての誇りと信頼を«壊して»まで、妹の尊厳を本気で守ろうとした自分の姿を。


決して美しくなどはなかった、自分の姿を。


「でもさ有栖川、よく考えてみ?──他人を傷つけて妹を守った俺と、自分が傷つくことで妹を守ったコイツじゃあ、どっちが強いかなんて明らかだと思わねえ?どうだい?なあ・・・・・・。」

怪しげな微笑を浮かべて。

緋雨さんは言う。

悲痛そうな、苦痛そうな表情を浮かべて。

有栖川は何も言わない。


「僕は」

そして、ついに僕も言葉を発した。

緋雨さんはそこでニヤリと微笑んで目を伏せ、有栖川は慌てた顔で、心底不安そうな表情でこちらを向く。既に首にかけられたその手には全くと言っていいほどに力が入っておらず、故に僕は容易に呼吸が出来たし、喋ることも出来たのだ。


「僕は異能を、一応持ってはいるんですよ・・・使わないだけで。使おうとしないだけで。」


「使いたくないんですよね・・・使うとそれだけで、«たったそれだけ»で、皆死ぬんです。いやいや、脅しじゃないですよ?────はは、恐ろしいですねえ・・・もしかしたら有栖川さんのかつての仲間を殺めたのも、緋雨さんでも舞姫さんでもない、この僕かも知れませんよ?」

まあ、嘘ですけど──と僕は続ける。

冗談ですけど。

冗談みたいな話ですけど。


「お前は」

有栖川は僕を床に勢い良く叩きつけて、そして仰向けの胴体を強く踏みつけた。


身体の内部から、メキメキと音が聞こえる。


「お前はァッ!!」

多分、既に数本肋骨が砕けてるんじゃあないのか・・・?本音を言わせてもらうと、かなり痛いんだけど。


くそ。

痛え。

しくじったか。


「ハァ、ハァ──・・・ッ。動くなよ、貴様・・・・・・折れた肋骨は凶器だからな。臓器の安全は保証されてないんだぞ・・・!」

息も絶え絶え、必死に僕への攻撃を続ける有栖川に対して。


「オイ、新入りクン。万が一の事があったら" 救急車くらいは俺が呼んでやるから "思う存分、やっちまえよな。」

緋雨さんは場違いなまでに呑気な声で呼びかける。


うーん。

緋雨さんがそう言うなら、やっちゃってもいいのか。

第1話にしては重いエピソードだなあみたいなことをついさっきまで思っていたくせに、第1話と言い訳しても全然庇えないくらいに浅い話になっちまうぜ、こんなの。


「!? ・・・おい、お前。これから僕に、何を、するつもりなんだよ・・・?」

陽気なトーンの緋雨さんの声に本気で怯えきったような調子で有栖川は僕に訊ねる。先程の余裕ぶった気色悪い化けの皮は剥がれ落ちていて、もうとっくに真摯さも紳士さも全然感じ取ることが出来ないのだった。

なので僕は教えてやることにした。


「ネタばらし──いや、種明かしですよ。」


次回、やっと主人公の秘める能力が明かされます。

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