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無題  作者: ねろ
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逸れ者共の唱歌

さて、自問自答。

狂いに狂い、壊れに壊れたこの僕が、洞木 唯一と共に«何でも屋»として働くことが──つまりは、裏の世界に足を踏み入れることが、僕には果たして可能なのだろうか?



否。

圧倒的に不可能で絶対的に不可逆だ。

僕はあくまで一般人──いたいけな殺し屋の少女曰く、どうやら禍中(イレギュラー)の存在らしいのだけれど、その真偽は未だに不確かだから考慮しないにしても、今まで少なくとも一般人として生きてきた。

だから、だからこそ、洞木と同様に異能力を有した人間共が──それは最早人間と呼ぶことすら躊躇わざるを得ないような、文字通り«不羈(ふき)の才»の保有者達が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する裏の世界に片足を突っ込むことも、ましてや首を突っ込むことも、致し難い。


家族はどうするんだ?

友達は?学校は?

その他諸々、継ぎ接ぎで()()ぐな僕の心が、この世の全てを否定するようなその圧に、耐え切ることなど出来るだろうか?


それも否。

単純に出来るわけがない。

思考の余地すらなく、思慮の余裕すらなく、僕はその問いには首を横に振る以外に答える方法を知り得ない。


第一、考えてもみろ。

洞木 唯一──僕を助けた、助けてくれた、難儀な性格の彼が、何でも屋の彼が、本物である保証は何処にある?

可笑しいじゃないか。

何が鏡面の果て、水面の向こうだよ──その存在は狭間に決して越えられない壁を挟んで隔絶することで、そこで初めて互いに存在出来るものだろう。

表の僕と、裏の彼が出会えるはずがない。出会っていいはずがない。

思い出すほどに、想い出すほどに胸が苦しく、狂おしくなるような«過去»──どうにもならず、どうしようもなかったその過去。

僕という人間を、人格を完全に«終わらせて»しまったその過去の二の轍を踏むであろうことは、目に見えて明白。火を見るより明らかで、何も見ずとも明らかで、そこから目を逸らすことは決して出来ない。


だからって。

僕に再び、«ひとごろし»を犯せと言うのか。


その逼迫(ひっぱく)した選択を、退()っ引きならない選択を、抜き差しならない選択を──僕は選べるだろうか?

«選ばない»ことで逃避した僕に、«選ばない»ことすら放棄した僕に、その決断が出来るだろうか?


やはり否。

有り得ない。そこまで行くと空虚を掴むべくもない虚言、戯言。

頭のおかしな妄言、狂言でしかない──観客など誰もいない、暗澹にして惨憺たる死劇、喜劇めいた悲劇。

愚かしさがもどかしく、馬鹿馬鹿しさが捗々しい。


頭が痛くなってきた。脳に酸素が行き届かず、視界が薄暗く暗転しつつある。


そんな廃人が、狂人が、壊人が。

大嘘『突』きにして大嘘『従』きなこの僕が。

駄目な僕が、駄目なりに足掻いて、それでもやはり駄目だったその結末を眼前にして、何を思うだろう?


血が沸騰するのを感じる。体躯全身に軋むような痛みが走り、肉体が千切れるような感覚に襲われた。


それでも。

それでもでも。

やっぱり、諦めたくない。


既に終わったことにすら気づかず、「終わりたくない」なんて繰り返し。

「いつか見てろ」なんて躍起になっても、そのいつかはもう訪れない。


僕が。

終わった僕が、狂った僕が。

もう一度。


たった一歩でいい。


その一線を越えることで、その死線を超えることで。

再び『始まる』ことが、一体出来るのか?


「・・・・笑えねえよ、まったく。」

僕は諧謔的に笑いながらそんなことを言って、愚問愚答をここで漸く締めくくる。


否と答えるべきだろうけれど、NOと答えるところなのだろうけれど。


「言葉だけの嘲弄、愚弄──一級品で一流品の詭弁を弄することだけが、この僕の取り柄なんだからさ・・・・・・・。」


くるくると、狂々と回るその視界の中で手を伸ばし、その掌が虚空を切ったのを感じてから、虚ろな声でこう言った。


僕は。

僕の答えは。


「 」






何でも屋──洞木 唯一は己の珍妙なネーミングセンスで«命題(テーゼ)»と呼称しているらしいことを後になって僕は知った。

響きから分かるだろうけれど、ドイツ語だ。


そんで、僕はその«命題»のメンバーの一員と化したのか何なのかよく分からない状態で雑務を続け、そして普段通り«表の世界»でも通学を続けている内に──そんなくだらない両立を続けている内に1ヶ月が過ぎた。


ここで、その組織(チーム)のメンバーをそれぞれ紹介しておこう──と言っても、組織だなんて大仰に呼べるほど、大規模というわけでもないが。


「よお、新人クン。今日も白々しい目をしてんな。白くて白くて、死んだ魚みたいだぜ──くくっ。おっと、身構えるなよ。剣呑剣呑。」

そんなことを言って僕の肩をばしばしと叩くのは神凪(かんなぎ) 緋雨(ひさめ)さん。名前から性別を判じることは難しいが男性。22歳。

身長は199センチぴったりというかなりの長身。全体的にラフな若者の格好で、ストリートでスケートボードを悠々と乗りこなしてそうな見た目。

これでも殺し屋2位・«花火»の元幹部で、かなりの実力者──武器は無し。素手であらゆる人間を殺し()る戦闘狂。


「剣呑ってさあ、不思議な言葉よねー。剣を呑んだら痛いわよ。むしろ遺体よ。血が止まらないわ。」

そんな意味の分からないことを言って(一瞬なるほどと思ってしまった自分がいるけど)、書類の束をぺらぺらと捲る幼い少女が、朝比奈(あさひな) 夜月(よつき)ちゃん──«さん付け»で怒る、遊海ちゃんと同タイプ。なんと驚くべきことに、まだ齢11歳の可愛らしい少女だ。


彼女は殺し屋ではなく情報屋。

ありとあらゆる倫理観、一切合切の道徳観、人間としての良識、生物としての常識の全てを無視したえげつない情報屋だ。

加えて戦闘能力はそれなりに兼ね備えている才媛で、基本的にはサポート役。


「それほど恐ろしいって意味の言葉なんじゃあないのかよ。比喩ってヤツか?・・・俺的には死んだ魚ってより、生きた脱獄犯みたいな目に見えるけどね。」

失礼な比喩だ──まあこんな常軌を逸した人々に対して、余計な礼儀礼節を求める方が無体ってもんか。

彼の名前は桜木(さくらぎ) 葉落(はおち)くん。なんていうか、その。

何とも残念な名前だ。

桜木 葉落って。


「人の名前を残念って言うなよ、新入りくん・・・そういや、君の名前ってなんだっけな?物覚えが悪くてさ。困っちゃうよね、まったく。」


「まだ名乗ってないと思いますよ・・・・・僕みたいなヤツには名前なんて与える必要もないですからね。」

彼は心理と真理を同一視出来る放浪者。ワケあってこの組織に拾われた、僕と同い歳くらいの少年。

文字通り人の心を«読む»ことが出来る──それこそ小説の地の文が如く。何というか、読心という聞こえは異能力でなく超能力という言葉の方が幾分か正鵠を期したように聞こえるが。

ただ悪戯以外にそれを使うことはほとんどなく、曰く「シリアスな場面で使うとつまらない」という、彼なりの拘りがあるらしかった。


「お前ら、サボってんじゃねえよ・・・・・・今は不況なんだから、小さい仕事もなるべく拾えっての。」

響くような声で皆をそう一喝した彼が、皆もご存知(?)洞木 唯一。

«命題»のリーダーで、全能にして万能。

殺し屋ギルドの連中とも渡り合うことが出来て、そして縦の繋がりも横の繋がりも、加えて奥の繋がりも全てを網羅する、僕の対極と言えよう男。


プラス僕。

所詮はモブキャラ止まりの主人公。

異能力も持たない凡人。


以上5人、«命題»のメンバー。

彼ら──というか僕らは、日本国内の何処かにひっそりと事務所を構えていた。解消すべき、解決すべき問題(トラブル)を抱え込む者だけが辿り着ける、奇妙な場所に。




そして時計の針は回る。

僕はもうすぐ知るのだった。


生きるべくして生きる者の渇望。

死ぬべくして死ぬ者の切望。


«何でも屋»の熟す依頼の内容。

真偽すらも不確かな、証明すべき«命題»。

その実態について。

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