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無題  作者: ねろ
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鋭刃・切裂 遊海

たった今の今まで、現在(いま)現在(いま)まで、洞木と共に座って会話を交わしていた僕にとって、彼女の姿は随分高圧的に映った。


元々女性にしてかなりの長身である彼女が、その肉食獣のような鋭い睨眼で座っている僕を見下ろしている。


その言い知れぬ表情に対して、脆弱で貧弱で軟弱な精神(メンタル)の持ち主である僕は萎縮しないでもないのだけれど、そんな些事に構う風もなく、とにかく不意に唐突に、切裂 遊海はそこに現れた。


ボロボロになったセーラー服から一転、今はグレーのTシャツ姿にスリムジーンズを履いているだけの、何ともシンプルな格好。


「その説明には、語弊がある。語弊があり、誤解があり、誤植がある。」

彼女は突然口を開いて、あまり感情を思わせない無機質な声色でそう言った。


「誤植はねえよ」

洞木が即座に返す──今のは果たしてボケだったのだろうか?


「それなんだけど、訂正する前に1つだけ聞きたい。切裂・・・さん?」

ばしっ。

殴られた。

痛えよ。


「遊海ちゃんと呼んで」


「・・・・・・遊海ちゃん。君は何故、僕を殺そうとしたんだ?」

洞木がいろんな意味で絶句しているのを横目に見据えて、そしてそれは無視して、僕は切裂────遊海ちゃんに訊ねる。


1つ1つの単語を区切るように、幼い子供に何かを言い聞かせるように、ゆっくりと。丁寧に。


遊海ちゃんはそこでふう、とわざとらしく溜息をついて、僕をまじまじと見つめてから無機質なままで答える。

「言ったでしょ。私は私情で動く殺し屋──気に食わない奴は、気に喰えない奴は、殺すのよ。」


「違うね。それだったら僕にあそこまで執心する必要は無い。君の発する殺意を感じた僕だからこそ言えるけれど、あれは正直言って、異常だよ。異常でないなら異形だ。君は何らかの目的があって、僕に近づい────」

そこまで言ったところで、僕の耳元で大きな金属音が鳴った。


がきん、と。


頭の中で火花が散って、妙にクラクラする──とか、そんな暢気なことを(のたま)っている場合でもなかった。

遊海ちゃんは僕の背後の壁にナイフを突き立て、顔を近づけて威圧してきたのだ。


「はは・・・・・・笑えねえよ、どんな壁ドンだ?遊海ちゃん────。」

こんな状況でも軽口を叩けてしまう自分は、実はそれほど己の命が惜しくないのかもしれなかった。


ちくしょう。

無駄にカッコいい系の女子といった風貌の遊海ちゃんだと、割と様になる。


ときめくぜ。

無駄に。


「オイ、何やってんだ切裂・・・・・・ああ、遊海さん?ちゃん?・・・まあ何でもいいけどよ、残念ながらここで(バト)るわけにはいかないぜ──落ち着けよ。」

遊海ちゃんの腕は、少し横にずらせば僕の喉をかっ切れるくらいの位置に深々と鋭利なナイフを突き立てていた。その力の入った腕を洞木が掴み、どうにか力で抑えつけている。


暫くの間、2人は剣呑な目つきで睨み合った後──2人共、多分読者のみんなが想像している以上に視線の圧が半端じゃない──漸く遊海ちゃんが壁からナイフを引っこ抜き、(あからさま)に舌打ちをしてから(可愛げのない女の子だ)それを収納した。

牽制合戦の緊迫した空気が和らぎ、僕はまたも一命を取りとめた。胸を撫で下ろす──安堵。


「失礼。少し熱くなりすぎたようね・・・話す、話すわよ。」

僕をビシッと指さして、彼女は続ける。


「あんたは自分が表の世界の住人だと思っているでしょう?──それがまず間違いなのよ。勘違いで、思い違いなのよ。」

・・・・・・・・・・?


なんだって?


ぼくが?


「馬鹿な、そんなハズはねぇよ。こいつと俺は、言わば左右対称(シンメトリー)。だから相手がどういう奴かぐらい、自分の事のように分かるぜ・・・こいつは間違いなく表の人間だ。」

洞木はそう反駁する。

自分の事のように、というのは。

決して比喩なんかでは、ないのだろう。

多分。

わからないけれど。


「じゃあ、何処に属すると言うんだ・・・遊海ちゃん。僕は一体、何処の世界にいるんだ?」


「禍中」


「─────────────────────────────────────────────」


「え?」


遊海ちゃんは、それが会話の中でごく自然な返答であるようにそう返すのだ。短く。一言で。端的に。


脚色することもなく、誇張することもなくそう言った。


躊躇することもなく、遠慮することもなくそう言った。


それが必然のように、それが自然のようにそう言った。


それが信理であるように、それが真理であるようにそう言った。


遊海ちゃんは言う。

遊海ちゃんは言う。

遊海ちゃんは言う。

遊海ちゃんは言う。

遊海ちゃんは言う。


僕は禍中が何かすら解っていないのに──それでも洞木の話を聞く限り、それは誰にも解るものでは無いだろうけれど、理解はまだしも把握すらもまともに出来ていないのに、それだけで。

その宣告だけで。その宣言だけで。


自分という存在が壊れたような気がした。

実に呆気なく、実に味気なく。


ぼくは。

ぼくという人間は。

ここで。

圧壊し、決壊した。


込み上げる胃酸の不快な味に耐えかねて、思わずその場に蹲る。


「なに・・・え・・・・・・?」


「«禍中»で生存する人間が表の世界に突如現れたから調査するよう、私は«鴉»のボス──旭川(あさひがわ) 黒羽(くろはね)から命じられた。だからあんたを追跡したのよ。」


「言いたいことは全て言った。私は満足したからこれで帰る。快復するまでここで休ませてくれたことに関しては・・・そうね、追ってギルドの方から礼が届くわ。ありがとう。それじゃ。」

遊海ちゃんはそう言うと、突然窓から身を投げる。

──────ように見えるだけであって、その実、ビルとビルの隙間を風のように駆け抜けることで()っくに遠くの遥か彼方まで消えていた。


「チッ・・・・・・つまらなくなってきやがった。別にいいよ、お前。もしお前が«禍中»から現れた奇妙な奴でも、俺の対偶であることに変わりはないし、俺の相棒(パートナー)であることには変わりない。今まで何の不都合もなく表で生きてきたんだから、これからもそうしろよ。」

温情なのかなんなのか、洞木は僕にそういう慰めの言葉を投げかける。出会ってまだ数時間しか経過していない人間に言うべきことでもないけれど、柄にもない感じがして気持ち悪い。

でもまあ、そんな彼の気遣いを有難く感じないというわけでもないのだった。


「・・・ありがと、洞木。」


「なあに、礼には及ばねえ。」


「礼には及ばねえが──依頼は依頼、仕事は仕事だ。あの女からお前を助けた時の報酬、日本円にして300万円。それはきっちり払ってもらう。」

待て。

今とんでもなく恐ろしいこと言いやがったぞ、コイツ。

マジで?

そんなお高いの?


「助けてくれとは言ったけれど・・・第一、お前に頼んだわけじゃないじゃん。そんな暴力的な金額が一介の高校生の身に降りかかるって予め分かっていたなら、命を諦めてたかもしれない。」

嘘です。

諦めなかったと思う。

しかし齢16にして300万の借金持ちとは、何とも悲しい話だぞ。


「シリアスな場面を汚すようなこと言うなよ、お前・・・。じゃあわかった。300万円は俺の方で帳尻合わせっつーか、埋め合わせっつーか、とにかく何とかしておくよ・・・だからその代わり、だ。」

遊海ちゃんが先程僕に対してそうしたように、洞木は僕をビシッと指さして、そしてまたもニヤリと不敵に微笑んだ。


「お前、ここで働け。」


それはつまり。

洞木だけでなく。

その相棒である僕も、とうとう«何でも屋»の称号を背負うことになる、という意味だった。


何も出来ないのに。

何も出来ないから。

なんでもやる。


たしかになかなか、つまらなくなってきた。

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